:: 君との色んな距離、±0。 | ナノ

01:気になる存在なんです


今日も俺のデスクの斜め前に座る彼女は豪快に欠伸をしていた。一応口元に手を当ててはいるが、眉間に深く刻まれる皺と細められる目元で隠しきれていない。
しているのかしていないのか分からないくらい薄く施されているメイクは必要最低限と言ったレベルだろう。同世代の女子社員の様にバサバサと上を向かせた睫毛でも、不自然に目元に書き足されたラインも無ければ瞼をキラキラさせる事も無い。
そんな彼女からは人工的な香りがほのかに漂う。だけどそれも他の女子社員の様に甘ったるいものでは無くて嫌みの無い爽やかな香りだ。本人いわく香水を付けるのは煙草の匂いを少しでも誤魔化す為だとか。確かに彼女はよく喫煙室に出没し、時間の許す限り煙草の火を灯し続けるヘビースモーカーだ。

そんな彼女こと須藤真奈美さんの事が気になって仕方ない今日この頃。

真奈美さんは俺の二つ上の26歳。しかしこの会社では6年も先輩である。大学を卒業して入社した俺と違い彼女は高校卒業後この会社に入社。初めは事務の仕事をしていたそうだが、仕事が出来るうえにソツが無くて、入社三年目に戦力としてこの部署に異動になったらしい。
入社して2年。彼女の仕事ぶりを見てきたが、彼女の同期(大卒で入社した彼女より4歳年上)よりも頭一つ分は仕事が出来る人だと思う。俺なんかがそう思うってことは、もちろん上層部からも彼女の仕事ぶりは評価されていて。だけど当の本人は自分がそこまで評価されてる事をさらっと受け流してる様な感じで、あまり出世とかどうこう考えていない様だ。
そこが同じ様に仕事をして結果を出した時の、男と女の考え方の違いなのかもしれない。

とまぁ、そんな風に彼女の普段の達振る舞いや仕事が出来るという事で職場の人達は彼女を女性として扱う事が少ない。
この間も「女子社員は掃除、男性社員は荷物の移動」と部署内でレイアウト変更を行った際に、彼女は腕まくりをして男性陣と一緒に重たい棚の移動などを手伝っていた。
年に数回、不定期に行われる部署内の飲み会でも上司達は彼女に焼酎で飲み比べを挑む。そして一次会で見事に潰れるのは決まって上司だ。

欠伸が豪快で、化粧っ気が無く、ヘビースモーカー。仕事が出来て、腕っ節が強くて、酒にも強い。

そんな真奈美さんの事が気になって仕方ない。
それは羨望の眼差しとかでは無く、ひとりの女性として。


「佐倉君が今日の飲み会の幹事だっけ?」


社内にチャイム音が鳴った定時過ぎ。パソコンモニターの隙間から顔出した真奈美さんに話しかけられた。
佐倉というのは俺の名字。ちなみに下の名前は健吾だが、会社では皆から名字で呼ばれている。


「はい。19時からいつもの所で。」


今日は不定期に行われる部署内での飲み会。大学時代の友人にこの飲み会の話をしたら「おまえの会社ってなんかマメだな。仲間内とかじゃなくて部署内でやるんだろ?」と言われた事がある。
だけど部署内全てのメンバーが揃うのは歓送迎会と忘年会くらいだ。それ以外は酒好きの仲間内で飲むのに近い。それでも毎回入れ替わり立ち替わりメンバーは変化する。
俺はと言うと仕事の都合だとか急用が出来ない限り毎回の様に参加している。俺が入社する前はどうだったか分からないけど真奈美さんも同じ様にほぼ毎回参加していた。


「19時か。ごめん、あたし開始時間に間に合わなそうだわ。」
「どうしたんですか?」
「ちょっとトラブル。本当になんで今日に限ってかな…。でもそんなに遅くならないと思うし、終わったら行くからキャンセルしなくていいから。」
「そうですか。分かりました。早くトラブル解決する様に祈ってます。」
「ははっ、ありがとう。」


そう言ってくしゃりと笑う真奈美さんの顔は仕事してる時の真剣な顔と少し違って、少しあどけなくて可愛らしい。


「えー、すーちゃん遅れるの?」
「ちょっとだけね。速攻で片付けてすぐ行くし。」


俺の隣、真奈美さんの向かいのデスクに座り、会話に入ってきたこの人は小林愛実さん。名前からして可愛らしい彼女は名前だけでは無くテレビに出てくるアイドル並に容姿もずば抜けて可愛い。実際小林さんを狙ってる男性社員は数知れず。いや、その人気は社内に留まらず取引先の営業からうちに来る宅配業者のセールスドライバー、あらゆる人達からのものであり高嶺の花といった存在である。確かに小林さんは凄く可愛いと思う。しかし、だからと言って好きかと聞かれたらそれはまた別の話。小林さんは外見だけじゃなくて性格もお茶目で良い人だと思うけど真奈美さんの様に気になる事は無かった。

皆は真奈美さんを「須藤さん」と名字で呼び、小林さんを「愛実ちゃん」若しくは「愛実さん」と下の名前で呼ぶ。当の本人達はと言うと真奈美さんは小林さんを「マナ」と呼び、小林さんは真奈美さんを「すーちゃん」と呼びあっている。
「まなみさん」と言えば俺の中では「真奈美さん」になるのだが、皆と逆に呼ぶのも何だか可笑しいし、後輩の立場として職場ではどちらも名字で呼ぶ様にしてる。と言っても職場以外で真奈美さんと話す事も無く本人に「真奈美さん」と呼び掛けた事も無いのだが。
そんな「まなみさん達」は同い年。小林さんは地元の女子大(誰もが知ってる有名なお嬢様学校だったりする)卒業して入社したらしいので仕事歴で言えば真奈美さんの後輩になる。元々うちの職場で上下関係というものは有って無いに等しい事もあるし、何よりも同い年で同じ名前の二人はまるで学生時代からの友人の様に仲が良い。


「それじゃあ私は佐倉君と先に行ってすーちゃんを待ってるね。」
「え?…俺とですか?」
「おっ、佐倉君モテモテ〜。そのまま飲み会すっぽかして二人でデートとかしないでよ。」
「あ!良いね。佐倉君が迷惑じゃなければソレもありかも…。なーんてね。」


こうやって二人によくからかわれるのは日常的で。当人達にとっては冗談でしか無い会話なのだが、二人ともお願いだから止めてください。周りの男性陣の目が痛いです。群を抜いて仕事が『出来る女』の真奈美さんと、社内外から絶大に人気のある『可愛い女』の小林さん。そんな二人に挟まれる俺は入社二年目のどこにでも居る平凡な男性社員なんですから。

何よりも、冗談とは言えど気になってる人から他の女の人と良い感じに仕立てられるのは胸が痛むってもんです。


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