:: 君との色んな距離、±0。 | ナノ

08:青空と流れる雲に見下ろされながら


風を切り裂くコースターは、重力に逆らうかの様な動きで乗客を揺らす。
後方からは「きゃー!!」とか「わぁー!!」と悲鳴に近い叫び声が聴こえる。こんなにも楽しいのに。
先頭に居る俺と真奈美さんは安全バーも握らず二人で手を宙に彷徨わせながら、「あはは!!」と大声で笑いながら数分のスリルを味わっていた。
締めくくりと言わんばかりにコースターはぐるりと回転し、ゆっくり失速していく。

冷静さを取り戻してハッとしたのは繋いだままの手。
ギギギッ、ガタン。と音を立てて止まったコースター。そんな音を聴きながら「勢いって凄いな。」なんて思いながら握りしめていた手の力を緩めた。


「楽しかったですね。」
「うん。今日一番だったかも。」


子供みたいな顔をして真奈美さんが笑ってる。手を握った事に触れる事も無く。困らせた訳では無い様だ。いや、手を握って困るとか中学生じゃないんだから。

あれ?なんかこんな事前にもあった様な。
あぁ、そうだ。初めて本人に向かって『真奈美さん』って言った日。俺じゃ無くて真奈美さんがそれにちょっと動揺して「変に意識してごめん。中学生っかってのね。」って言ったんだった。
実際、今の中学生がこんな風に自分や相手の行動を意識してしまうのかは分からないけど、自分の行動ひとつひとつを思い返しては、真奈美さんにどう思われたかを気にするのは、恋というものはいくら大人になったとしても人を臆病にするから。
だけど臆病になるだけでは無く、たくさんの感情だって与えてくれる。

係員が安全バーを上げてくれ、ゆっくりとコースターから降りると少し足がふらついた。それは恐怖からくるものなんかでは無く、大声で叫び全身でスリルを楽んだ事から来た満足感を伴った疲労感だろう。
ふらつきを堪えて真奈美さんの方に目を向けると、俺以上にふらふら歩く彼女の姿。だけど俺の方に振り返った彼女はさっきまでと同じ様に笑顔を浮かべている。


「ははっ!ちょっと、はしゃぎ過ぎたね。一旦休憩がてらお昼にしようか?」
「そうですね。」


よろつきながら二人並んで、フードコートまでを歩く。「あのアトラクションもおもしろかったね」とか少し前を思い出したり、「天気が良い」とか日常会話をしたり、今日の事や遊園地とは関係の無い話をしたり。
さっき繋いだ手は互いにぶらぶらさせたまま。だけどほんの少しだけ二人が並んで歩く距離が縮まっている様な感がする。フードコートでフランクフルトやハンバーガーなどのジャンクフードを買い、木陰のベンチに腰を降ろしてちょっと遅めの昼食にした。


「いただきます。」


パチンと手を合わせて、バケットから自分の分を取りだす真奈美さん。食事の際に「いただきます。」「ごちそうさま。」と必ず手を合わせて言う所、「おはよう」「お疲れ様」などの挨拶だってきちんと相手の目を見ながらする所。
彼女のこうゆう小さな当たり前の様な行動も好きだったりする。


「いただきます。」


俺も真奈美さんと同じ様に手を合わせてから、ハンバーガーを取り出し齧り付いた。
少しへなっとしたバンズに挟まれているのはハンバーグ、レタス、トマト、ピクルス、味付けのケチャップ。至ってシンプルで何処にでもある普通のハンバーガー。そんなハンバーガーを滅多に食べない訳では無い。むしろちょっと遅くなった仕事の帰り道なんかに晩飯としてだったり、小腹が空いた時にはよく買って食べる事が多いくらいだ。そんないつものハンバーガーと本来大して変わらない筈なのに、今日は特別美味しいと思えた。


「美味しいね。」
「え?」
「こうやって外でのんびり食べるの。いつもより美味しく感じる。」


真奈美さんはエスパーなのだろうか…?まるで俺の心の中を読む様なタイミング。
いや、俺の心を読んだとかじゃなくてきっと彼女も同じタイミングで俺と同じ事を思った。


「……真奈美さん。」
「ん?」
「ケチャップ付いてます。」
「え!?何処??」
「唇の端っこ。」


そう言って、まるで鏡にでもなったかの様に彼女の唇に付くケチャップの位置を自分の唇に触れて教えてあげると、ペロリとその箇所を真奈美さんが自分の舌で舐めとる。
指摘した早々は恥ずかしそうだったのに、恥ずかしげも無くそうやってケチャップを拭った真奈美さんは純真無垢な子供の様に見えた。


「ん、ホントだ…。」
「真奈美さんって、初めはしっかりした女性だと思ってたけど実はそうでも無いですよね。」
「は?何急に。喧嘩売ってるの?」
「いいえ。入社した時は年上のしっかりしたお姉さんって感じだったし、実際仕事してる姿とか本当にかっこいいし。でも仕事の合間だったりこうやって見せてくれる顔は年相応っていうか、もっと無邪気だったりして。俺が勝手に思ってたより真奈美さんとは目線があまり変わらないのかな、ってまた勝手に思ったりしてます。」
「……健吾君は、思ってたよりずっと大人だったよ。」
「俺ですか?」
「うん。入社して来た時は年下の男の子って感じで。でも仕事覚えるの早くて、気付いたら追い抜かれるんじゃないかって思うくらいしっかりしてた。」
「そんな事ないですよ。俺なんてまだまだです。」
「ううん。仕事が出来るっていうのは年数や経験値より、飲み込みの早さとかどれだけ機転を利かせられるかだと思うんだ。それが出来てるもん。健吾君は。」


まさか今このタイミングで仕事の事を褒められるとは思って無くて。だけどそれは憧れでもある職場の先輩からの言葉として純粋に嬉しかった。


「それとね、仕事だけじゃなくて健吾君はしっかり…っていうのか、何て言えば良いかな。……頼もしいなって思えるし、一緒に居て落ち着くって感じ?」
「……疑問形なんですか?」
「んー?どうだろうね。」


へへっと笑って、この話は終わりと言わんばかりに再び真奈美さんがハンバーガーに齧り付いた。
俺も隣でハンバーガーに齧り付く。そして見上げた空は青く澄み渡っている。


「真奈美さん。」
「ん?」
「遊園地ってこんなに楽しかったんですね。」
「え?初めてじゃないでしょ?」
「遊園地は初めてじゃないですけど、こんな風に散々思うがまま絶叫系に乗ったのは初めてです。」
「あー、分かる。あたしも今まで一緒に来た人が苦手だったり、平気って言ってても2、3回でギブアップしたり。うん。あたしもこんな楽しい遊園地初めてだよ。」
「ハンバーガーも美味しいですしね。」
「そうだね。」
「天気も良くて気持ち良いですね。」
「うん。」
「……俺も、真奈美さんと一緒に居ると落ち着きます。…疑問形じゃなくて。」
「…え?」
「真奈美さんと一緒だと今まで普通だった事も二人で共有してく事で、初めてする事みたいに楽しいです。」
「………うん。」


「好きです。ずっと、好きでした。」


片手にハンバーガーを持ったままの告白。
後になってムードの欠片も無かったこの瞬間に、今までずっと胸の中にしまってた想いを言ってしまった事を後悔するかもしれない。
だけどそんなムードがどうこう考えてるよりも先に出た言葉は、ずっと俺の中にあった気持ち以外の何物でもなかった。

たった二文字の、だけど二文字なんかでは収まりきらない感情。
簡単に言えなかった言葉が、嘘みたいに溢れた。


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