:: 君との色んな距離、±0。 | ナノ

07:つないだ手


【受信メール1件】

XXXX/XX/XX 09:38
From 須藤真奈美
Sub おはよう
――――――――――
今から家出るね〜(^o^)/


【送信済メール】

XXXX/XX/XX 09:40
To 須藤真奈美
Sub Re;おはよう
――――――――――
おはようございます。
それじゃあ俺もそろそろ出て
ホーム中央のベンチで待ってますね。





土曜日の朝。そんなメールのやりとりをした後、ポケットに携帯と家の鍵を突っ込んで、財布と煙草が入ってる小さなバックを腰から揺らし、耳には長い事使ってる音楽プレイヤーから伸びたイヤホンを差し込み駅へと向かう。

彼女から先日の仕事のお礼として都合の良い日に何か、と言われ正直必死で考えた。そんな中ふと思い出したのは以前、真奈美さんが絶叫系の乗り物が好きだと言っていた事。そして俺自身も絶叫系の乗り物が好きだという事。「日頃のストレス発散」と銘打ってテーマパークへ誘ってみたところ「いいね!あたしも久しぶりに絶叫乗って騒ぎたい!」と返事を貰ったのだ。
一駅分しか離れていない俺と真奈美さんの家。そして目的地であるテーマパークまでは電車移動の方が楽だろうと言う事で、彼女が家を出るタイミングで連絡を貰い、自分も駅へと向かった。

改札を抜け、駅のホームで彼女が乗ってくる電車を待つ。
真奈美さんにとっては単なるお礼かもしれないが、俺にとっては彼女との初めてのデート以外の何にでも無い。逸る鼓動が煩い。気分を紛らわす為に音楽プレイヤーのボリュームを上げた。ランダム再生していたプレイヤーから流れてきたのは今は解散してしまったバンドの曲。やっぱりこの人達の曲好きだな、なんて思いながら瞼を閉じてつい聴きいってしまう。
1曲終わって次の曲も同じバンドの違う曲。2曲目のイントロが終わった所で左耳からイヤホンが抜かれ、振り返ればいつの間にか俺の真後ろに居た真奈美さんがそのまま自分の耳へとイヤホンを差す。


「あっ、」
「しぃーっ。」
「……はい。」


おはようとか、挨拶も無しにそれだけ言って二人で曲が終わるまで黙ってメロディーひとつひとつを溢さない様に聴き入った。メロディーひとつひとつ、ヴォーカルの息遣いまでも聴き拾う様に。
そのまま目を閉じて大きく息を吸い込んだら、吸い込んだ空気に真奈美さんの香りが混じっていた。いつもの人工的だけど爽やかな香りとはまた違う、シャンプーや石鹸、洗剤、それから彼女が吸ってる煙草の匂い。そういった真奈美さんが纏う日常の香り。
イヤホンから伝うのは何度も聴いた曲。それは今までと違ったメロディーに聴こえる様な、だけど聴き馴染んで心から安心出来る様な、心が温まるメロディーが身体の中に吸収されていく。

最後の一音が静かに鳴りやんだ所で真奈美さんは何かを思い出す様に大きく深呼吸して、静かにイヤホンを耳から抜いた。俺もそんな彼女につられる様に耳からイヤホンを耳から外し、音楽プレイヤーにイヤホンコードを巻き付けポケットの奥へとしまいこんだ。


「おはよう。」
「おはようございます。」
「ホームに降りて健吾君探したら目を閉じて音楽聴いてるんだもん。」
「気付かなくてすみませんでした。」
「ううん。あの曲久しぶりに聴いたなー。」
「真奈美さんもあのバンドの曲聴くんですか?」
「最近聴いて無かったけどね。でも昔はライブとか行ってたよ。」
「そうなんですか?俺も結構行ってましたよ。」
「本当?じゃあもしかしたら会場とかで会ってたかもしれないんだね。もう行けなくなっちゃたけどさ。」
「ですね。ライブのアレンジとか結構好きだったし、もう見れないのは寂しいです。」
「ねっ。…さて、思い出話も程々にして行こうか?遊ぶ時間減っちゃうし。」


タイミングを見計らったかの様にホームにやってきた電車に二人で乗り込んで目的地へ向かう。車内は通勤ラッシュと比べればどうって事の無い、だけど休日の昼前と言う事もあってか少し混雑している為、入口の傍に二人で並んで立ちながら目的地まで電車に揺られる事にした。
吊皮を握り、流れる景色に目を向けながら昨日の仕事の話なんかを少ししながら、ふと横目に彼女を見下ろしてみる。今日の真奈美さんは会社で見るのとも、何回か見たことがある私服とも違ってカジュアルだけど可愛らしい服装をしていて新鮮だなとか、職場で姉御的存在になってるが年相応かそれよりも少し幼く感じる。薄手の上着の下には襟元にキラキラした装飾がある白いカットソー。黒のショートパンツにあまりヒールが高く無くて歩きやすそうなロングブーツ。小ぶりなショルダーバックを肩から下げ、耳元には少し大きめのピアスが揺れている。
車窓の外を眺めながら、一昨日のテレビ番組で放送していたドキュメンタリーで小林さんと昨日盛り上がったと話を続ける真奈美さん。


「…似合ってますね。」
「え?」
「服装。そうゆう格好初めて見ますけど、似合ってます。」
「…ありがと。」


そう言った真奈美さんの耳がほんのり赤く色付いたけれど、それ以上会話を続けるのも何だか気恥かしくて全然違う話題を振ったりしながら、自分も照れ臭い気持ちを誤魔化した。

テーマパークに着いて、フリーパスを入手した俺達は次から次へと絶叫系のアトラクションに並んだ。話を聞いていた通り真奈美さんは悲鳴を上げて乗るのではなく、笑い声を上げながらアトラクションを楽しんでいる。そんな彼女の隣で俺も同じ様に笑い声を上げる。こんな風に楽しくテーマパークで過ごすのはいつぶりだろう。
小さい頃に家族とあまりこういったテーマパークに来た記憶はあまり無い。多分それは親父もお袋も絶叫系のアトラクションが苦手だったからだと思う。そして友達、今まで付き合ってきた彼女とは何度か来た事があるが、やっぱり友達しかり当時の恋人達は絶叫系があまり得意では無くて、テーマパークに来たとしても絶叫系のアトラクションに乗るのは1回かせいぜい2回くらいだった。
テーマパークのデート言えば園内に居るキャラクター達を見かけて握手や一緒に写真を撮ろうとをねだったり、小さな子供でも楽しめるアトラクションに乗ったり、閉園前にパレードを見たり。それはそれで、当時好きだった彼女と過ごす時間は楽しく感じたけれど、やはり自分の心の奥で満たされていない部分があったのかもしれない。それに気付く事は無かったけれど。
こうやって自分が好きな絶叫系のアトラクションを心から一緒に楽しんだりする事は無かった。童心に還った、とはまた違う。幼い頃から今日まで知らず知らずに我慢していた分を取り戻す様にアトラクションに夢中になっている自分。


「楽しいね!!」


今日何度目になるかも分からないアトラクションの頂上到達間際。隣で真奈美さんが大声ととびきりの笑顔を俺に向けてくれる。

こうやって同じ空間で、同じ時間を、同じ様な気持ちを共有出来る。そんな人の存在。
よくありそうで、実はそんな人との出会いなんか多くは無い。

この人ともっとこれからもたくさんの時間を共有したい。
そう思いながら空に向かって、彼女に向かって、俺は大きな声を上げていた。


「…楽しいです!!」

そして、無意識的に握りしめたのは彼女の右手。
風に曝され続けてる筈なのに指先までとても温かく、初めて握りしめた筈の手の温度は何だか懐かしいと思わせ、俺を包み込む。

そのまま繋いだ手を空に向かって上げ、俺たちを乗せたコースターは急降下を始めた。


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