:: 小さな世界で繋がった二人 | ナノ

04:誰かの為、は君の為(Side R)


会う予定は無かった。ただ思いの外課題が早く片付いたのとバイトまでの時間が大分あったから、亜璃の顔を見に行こうと思った。
家を出る前に電話をかけてみたが繋がらない。だけどこれは珍しい事ではない。10回のうち半分有るか無いかの割合で亜璃は電話に出ないのだ。理由は携帯なのにそれを携帯しないから。しかも常にマナーモードにしているから着信にもなかなか気付かない。運良く彼女の傍にあれば着信を告げるイルミネーションや振動ですぐに気付くが、手元に無い場合は携帯の存在を思い出した時にまとめて確認する様な人間なのだ。
そんな訳でただ電話に気付いてないだけかもしれない。今日はどこに行くなどの予定も聞いてなかったし家に居ると思う。もし不在だったらバイト先付近でたまにはブラブラして時間を潰すのも有りだろう。
そんな事を考えながら亜璃の家へ向かう途中に雨が降り出した。自分の家を出る時に雨が降りそうだと思って持ってきていたビニール傘を広げる。ポツポツと雨粒がビニールに当たっては弾け飛ぶ。

雨が降ると常にではないが亜璃と初めて会話した時の事を思い出す。変わった子だと思った。だけど不思議と心が惹かれる子だとも思った。そして雨の中笑う彼女の顔は今でも胸に焼き付いてる。

なんて思い出しながら歩いていたら雨足は弱まり始め、あっという間に彼女の家の前まで辿り着いていた。ベランダには洗濯物が出しっぱなしになっている。もしかしたら雨が降る前に洗濯物はそのままにして出掛けてしまったのだろうか?なんて思いながら彼女の部屋の前まで行ってドアノブに手を掛ければカチャッと簡単に空いたドア。
これも良くあること。流石に出掛ける時は鍵を掛けてる様だが、女の子の一人暮しなんだから家に居る時もしっかり鍵を掛ける様に言ってるけど中々実行されない。洗濯物も出しっぱなし、鍵も開けっ放し。今日ばかりは口煩く言わなければと思いながら部屋に上がって亜璃の姿を探すと、ソファの上に小さく踞った彼女を見つけた――……。



これまで風邪をひいたなど聞いた事も無かったが、まさか部屋に体温計も薬も無いとは。本当は直ぐにでも病院に連れて行くべきだろうが、一度嫌だと言ったら亜璃は言うことを聞かない。とりあえず急いで簡単に食べれそうなものや、薬、体温計、冷えピタなど彼女の部屋に無い物等を買いに出掛ける。その前にベランダに出しっぱなしになってる洗濯物をひとまず室内に移し、玄関の鍵は俺が持ってるこの部屋の合鍵で外からきちんと締めた。

歩いてすぐの所にあるドラッグストアで解熱剤と風邪薬に体温計や冷えピタに水枕、それから隣のスーパーで氷とヨーグルトやプリンや缶詰のフルーツなどの食料を買って急いで亜璃の家に戻る。
その途中で思い出した様に携帯を取り出し、バイト先に申し訳ないが今日は休むと電話を入れた。高校時代から続けているバイトを急に休むと言った事は今までも一度も無く、店長は突然の事に多少驚いたが「分かった」とすぐに了承してくれた。

今度は自分で鍵を開け静かにベッドに近づくと、少し眉を寄せながら荒く掠れる様な呼吸で亜璃は眠っていた。買い物に行く前に額に乗せたタオルはすっかり温かくなってしまっている。そのタオルで顔に滲む汗をそっと拭き取り今度は買ってきたばかりの冷えピタを額に貼った。
突如訪れた冷涼感に一瞬眠っていた亜璃の顔が歪んだが、すぐにまた元の顔に戻って寝息を立てる。それから買ってきた体温計を取り出し熱を計ってやる。眠る亜璃は額だけでは無く首や身体中が熱い。熱を計り終えるまで片手で体温計を押さえながら亜璃の頭をただひたすら撫で続けた。やっとピピッと電子音が鳴り響き体温計を抜き抜く。


「39.4℃……。」


予想はしていたが、やはりその高過ぎる体温表示。だけどやっと寝付いたばかりの亜璃を起こすのもいたたまれなくて、家の中にあるブランケットなどをかき集め布団の上に掛けてやる。それから買ってきた水枕に氷を入れタオルでくるみ亜璃の頭の下に敷いてやった。
それから買ってきた食料を冷蔵庫に入れたり、作り慣れないお粥を作ったり、雨に濡れてしまった洗濯物をもう一度洗い直して干したりと、亜璃が寝ている間に一通りの事を済ませてからベッドに近づくと先程までよりは幾分か寝顔が穏やかになっていた。
すっかり温くなってしまった水枕と冷えピタを交換し亜璃の寝顔を眺めていたら、ゆっくりと亜璃の瞼が開いていく。


「…………り、ん?」
「熱、39.4℃もあったよ。喉渇いてるだろ?ポカリ買ってきたから持ってくる。」


冷蔵庫に入れていたポカリを持ってきて亜璃に手渡すと、ゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に飲み干した。空になったコップにもう一度ポカリを注ぎ手渡すと今度はゆっくりとそれを飲み干した。


「美味しい。」
「薬飲むために何か食べて。ヨーグルト、プリン、お粥。どれなら食える?」
「…お粥、凜が作ってくれたの?」
「うん。」
「じゃあ、お粥が良いな。」
「温めて持ってくるから。待ってる間に汗かいてるだろうから着替えておきな。」
「うん。」


キッチンに向かい、先程火加減が分からなくて少し鍋を焦がしてしまったお粥を温め直す。こんな風に誰かの為にお粥を作ったのは初めてだ。
薬の様に症状を和らげるものではない、ただ食べやすくしたお粥。それでもコレに彼女の熱を下げる効果が生まれます様にと願った。










「37.3℃。……すげぇ回復力。」
「汗いっぱいかいたし、凜が色々やってくれたお陰だね。」


お粥を食べて薬を飲んでからもう一眠りした亜璃の体温は一気に下がった。驚くべき回復力に言葉も出ない。当の本人である亜璃の顔色も先程までが嘘の様にケロッとしている。


「凜。」
「んー?」
「ありがと。」
「……素直だな。」
「素直だよ。」
「そっか。」


二人で笑い合ってコツンと額を合わせた。俺より少し高い体温が伝わってくる。


「あ、」
「え?」
「あのさ、俺が来たから良かったけどあのまま誰も来なかったら薬も何もない状態ってどうなの?」
「それは、結果的に凜が来てくれて結果オーライ?」
「あとはいつも言ってるよな?鍵開けっぱなしは止めろって。」
「あれ?開いてた?」
「……はぁ。」
「ちょっと、あからさまな溜め息とか酷くない?私これでもまだ病人だよ?」
「完全に熱下がったら説教ね。」
「……あっ、また寒気がしてきた。熱上がってきたかも。」


悪びれる様子もなくそんな事を言う亜璃に呆れつつ、愛しさも込み上げてくる。
だけど開けっ放しの部屋や、体調が悪くなった時に薬も何も無いのは良くない。やっぱり熱が下がったら少しきつく言う必要があるだろう。
今は早く完全に彼女の体調が良くなる事を願いながら、もう一度眠りに就こうとしている亜璃の頬に一瞬触れるだけのキスをすると、じんわりと唇に熱が伝わってきた。


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