ソファに寝転がったまま窓の外を見上げれば、どんよりと厚い雲が東の空を埋め尽くす。雨が降ってくる前に洗濯物を取り込んでおかなきゃ。そう思うのに体が重い。頭が痛い。気持ち悪い。動けない。どうやら自分で思っているよりも身体はダウンしてしまっている様だ。 このまま洗濯物が雨に打たれてしまったらもう一度洗い直そう。面倒だけど、今起き上がるよりは大したこと無い。それにしても頭が痛い。寒気もする。熱もあると思う。寝たい。だけど頭痛と悪寒と倦怠感が邪魔して寝れそうにも無い。 風邪をひいたのなんていつぶりだろう?凜と出会ってからひいた覚えどころか瑠璃が生まれてからもひいた覚えもないや。つまりは10数年は確実にひいていない。むしろ物心が着いてからひいた覚えが無いかも。 今の私って病人かつ、さみしんぼのひとりぼっち。 病は気からって言うけど、これは気付いた時には手遅れの状態で。体が弱ると気持ちまで弱る。普段は気にしない様にしてる事まで頭の中をぐるぐる。 今日は凜と会う約束も実家に帰る予定も元々無い。だから凜も家族も私から連絡が無くても何とも思わない訳で。あぁ、私が今こうして弱ってる事は誰も知らないんだ。このまま誰にも心配さえされてないんだ。いつもはこんな事思わないのに、本格的に体調が悪いみたい。 雨が降りだしそうなのに洗濯物も取り込めず、体調が悪いのに寝ることも出来ず、頭の中ではいつもは考えない様なマイナス思考がぐるんぐるん。頭が痛い、気持ち悪い、寒い、淋しいな……。 窓の外ではザァーっという雨音が響き始める。 ―――カタンッ。 まどろむ意識の中で聴こえた物音。その音がした方を確認したいのに体が動かない。 亜璃?居ないの? 遠くの方から聴こえてきたのは私の良く知った極端に高くも低くもなくクセが無い声が直接、脳を震わす。だけどそれが本物なのか幻聴なのか分からなくて。だけどその声は心地よくて体の中にすぅっと溶け込んでいく様で。 「居た。いつも言ってるけど玄関開けっ放しにするの危ないから……って、ちょっ。」 視界に現れた凜の表情は、いつものごとく玄関を開けっ放しにしていた事に対して呆れる様なものからソファに横たわる私を見つけた途端に険しいものへと変わる。だけどクリアに聴こえてきた声にも目の前に現れたその姿にも、そして額に真っ先に伸びてきた手はひんやりと心地よくて私を心底安心させてくれた。 「凄い熱…。熱計った?」 「ううん。」と答えたいのに喉がカラカラで、私が発しようとする言葉が喉に張り付く。言葉で伝える事が出来ないので私は小さく首を横に振って答えた。 「ちょっとゴメン。」 そう言って私の体を抱き抱えてソファからベッドへと運んでくれる。さっきまでひとりぼっちだったのに近くに感じる凜の体温はまるで今まで感じていた淋しさを消してくれる魔法の様だ。 ベッドに寝かされ、毛布や布団でしっかり体を包まれる。そんな私の頭を一撫でしてから冷蔵庫からミネラルウォーターと、冷たく濡らしたタオルを持ってきてくれた。体を少し起こしてミネラルウォーターを口にすると渇いた喉を潤してくれ、再び横になった私の額に凜が濡れたタオルを乗せてくれる。そこでようやく私は小さく途切れ途切れな声を発することが出来る様になった。 「いつから具合悪い?」 「今朝、から段々…。」 「体温計どこ?」 「………無い、かも。」 「風邪薬は?」 「………………無い、かも。」 「……病院行くよ。」 その言葉に首を横に振る。風邪をひいた記憶すら無い私だけれど、幼い頃に予防接種などで病院には行った記憶がある。注射が嫌だった訳では無いけれど病院という場所に対してどうしても苦手意識を抱いてしまう。そんな私を見て凜は困った顔をしてしまった。 「……買い物してくる。何か欲しいのは?」 「…………ううん。」 回らない頭で欲しいは無いかと考えたが何も浮かばなかった。それよりもやっと感じた安心感を失いたくなくて凜の腕をそっと掴む。私に熱があると気付いてすぐにやってくれたみたいに凜は私の頭を優しく、今度は何度となく撫でてくれる。 「すぐ帰ってくるから。」 優しく微笑んでから立ち上がった凜の背中が遠ざかる。一人でソファに横たわっていた時みたいに調子は悪いままだけど、凜が来てくれた。それにまたすぐ戻ってきてくれる様だ。たったそれだけの事に私の気持ちは大分落ち着き、そして訪れた安心感に導かれる様に私は瞼を閉じ眠りに就いた。 窓の外から雨音はもう聴こえてこない。雨上がりの雲の隙間から射し込む陽の光が優しく温かく部屋の中を照らす。
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