これまでの人生で、自分自身の名前を特に好きだと感じる事は無かった。 小さい頃は「蟻んこ〜」と男子に馬鹿にされたし「"亜璃"ちゃんって変わってるね。」と友達に言われる事も少なくは無かった。 大勢でワイワイキャッキャッしている空間よりも、一人でふらーっと空気に過ごす事の方が心地良かった。かと思えば、自分を含め様々な生物や物体の存在理由を考えてみたり。そんな風に過ごす時間が好きな子供だった。 後になって思えば「亜璃ちゃんって変わってるね。」というのは名前の事ではなく私自身の事を言っていたのだろうと理解した。 私自身、自分が変わってるとは思わない。私はただ自分が考える事、思う事にただ忠実なだけ。そうゆう生き方が性に合ってるだけ。 もちろんやってはいけない事やそれなりの常識は一応持ち合わせているつもりではいる。 そんな私だけど人並みに恋をし、誰かを愛しく想う日が来るとは幼い頃には想像もしていなかったけれど。 これまでの人生で、自分の名前を特に好きだと感じる事は無かった。 小さい頃は「鈴虫さんがリンリンリン〜♪」という出だしのあの歌を合唱させられる時、横目で俺の事を見ながらやけに馬鹿でかい声で歌う奴等も居たし、クラス替えの度に新しい担任からは名簿だけ見て「秋村凜ちゃん」と名前を呼ばれた事もあった。 名前以外は特に平凡な何処にでもいる様な普通の男だと思う。特別背が高い訳でもなければ、ずば抜けて運動神経が良い訳でも容姿が整ってる訳でもない。「平均」という言葉は俺の代名詞にしても良いとさえ思える。 だけど、昔から色々な人や動物なんかには好かれる人柄であったらしい。 近所のおばちゃん、クラスメイト、先輩や後輩、野良イヌや野良ネコまで。いじられキャラ…とはまた違うけど、俺の傍には誰かしら何かしらが居て、だからと言って特別人気者って訳もなくて。(それはオマエに自覚が無いだけ。って誰かに言われた事があるが) 俺自身、自分に人を惹きつけるものがあると思った事も無いし、誰かに執着する気持ちもあまり無いと思っていた。 だからと言って人と関わるのがめんどくさいとかじゃなくて自分なりにきちんと向き合っているとつもりだが「人の感情に疎い」とこれもまた誰かに言われた事だ。 そんな俺が人並みに恋をし、誰かを愛しく想う日が来るとは想像もしていなかったけれど。 「ねぇ、凜。私すごい事に気が付いちゃった。」 「何?」 「名前。」 「名前?」 「そう。私と凜の名前。」 「亜璃と俺?」 「あり、りん。」 「?……うん。」 「”あ”で始まって”り”で繋がって”ん”で終わるの。これって凄くない?」 「………そう?」 「え!もっと何か反応無いの?」 「りん、あり。だったら繋がらなくない?」 「そこはレディーファーストで私の名前が最初でしょ。」 「そうゆう問題?」 「そうゆう問題。」 「ふぅん。」 「ふぅん。…って!」 「他に言い様無くない?」 「”そんな亜璃も好きだよ”とか。」 「なんでそうなるんだよ。」 「好きじゃないの?」 「……言わせんの?」 「言わせるよ。」 「…………亜璃、好きだよ。」 「………。」 「言わせといて無言?」 「ふふっ。私も大好きよ、凜。」 「……バカップルみたい。」 「いいじゃない。バカップルでも。」 好きな人に名前を呼ばれる。 たったそれだけの事なのに、自分の名前が持つ響きがとてもとても素晴らしく思える。 繋がっては繰り返されるのは二人の名前だけじゃない。 小さな世界で出会った僕らの、小さくて、だけど大きな恋物語。
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