マドンナリリィとトリカブト
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 少し強めな水の音が反響する。温かなシャワーにうたれながらぼんやりと自分の初めてを思い起こそうとした。しかし何度も破られたボロボロの記憶のノートには掠れた文字すら見つからなくて、途方にくれる。
 どうだったっけ、どうしよう、どうすればいいのかな、と堂々巡りに考えながら一人悶々と悩み続けていると外から優しい声がした。

「大丈夫かい?ウェイド」

 突然の声に驚いてビクッと身体が跳ね上がる。まだ準備の準備段階でこれでは先が思いやられる、なんて思いながらウェイドはため息をついた。
 でも今日こそ、と自分で決めたのだ。意を決してシャワーを止めるといたずらっぽい笑みを作ってバスルームから顔を出した。

「どうしたの? 待ちきれなくなっちゃった」

 ふふんと笑って見せれば少し緊張したような表情のスティーブ立っていた。ああ、キャップも緊張してくれるんだ。そう思うと何となく心強いような気がして少しだけ自身の強張っていた身体から力が抜ける。

「もう終わるからベッドで待っててねダーリン」

 あえて茶化すようにウィンクをすると彼はなにか言いたげな顔はしたものの待ってるよとベッドルームへ消えていった。
 目の前でパタリとドアが閉まる。
 ウェイドは一際、深く息を吸いゆっくりと吐きながらぱしりと両手で頬を挟んだ。

「デップーいきまーす」

 声が震えていたのは聞こえなかったふりをした。

 一人で使うには広いベッドに腰掛ける、大好きな人。バスローブ姿で顔を見せれば、まだどこか複雑な感情を見せつつも優しい顔で温かく抱き締めてくれた。
 厚い筋肉に覆われた鍛え上げられた身体が心地好くて安心する。

「ね、キャップ」

 まるで猫と飼い主が戯れ合うように軽やかなキスを落としながら目の前の形のよい耳を甘噛する。彼も負けじと首筋を吸い上げながらもどうしたのと応えてくれた。
 甘やかな空気、期待する鼓動、二人だけの部屋──、今からしようとする告白にはお誂え向けのシチュエーションだな。ぽつりと溢した吹き出しを無視して意を決し口を開く。
 しかし開いた唇からは準備したどの台詞も霧散して、蚊の鳴くような声すら出てこない。思わず目が泳いでどうしたら良いかわからなくなってしまった。

「……ウェイド?」

 優しい声が心配げに降ってくる。咄嗟に縋るように愛しい人の目を覗いてしまえば青い清廉な泉に爛れた自分が見えた。しかしまだ、まだはくはくと口許は動いている。
 言え、言っちゃいなよ、そのための準備もしてきただろ、自分の中でいくつもの自分の声が檄を飛ばしてくる。うるせえわかってると思わず眉間に皺を寄せると大きな手が自分の輪郭を優しく包んでくれた。

「無理を、しなくてもいいんだよ」

 すい、と目線をあげられて、幼子に言い聞かせるように、諭すようにスティーブは囁く。

「君が私の全てを受け入れてくれるまで、私はいつまでだって待てる」

 だから、そう言い募る言葉をウェイドは遮った。今日こそはと覚悟も決めたし、そもそもすると言い出したのは自分だ。

「……すてぃーぶ、きっ、今日は、前……、使って?」

 情けない、自分でも驚くような震えている声、でもきちんと言えた。言い終わる前に外してしまった視線を戻せないが。

「っぉれ、ま、まえは、ほんとに初めてだからっそのっ」

 白いシーツに落ちた目線。スティーブがどんな目で自分を見てるかなんて知る勇気がなかった。

「す、スティーブに、あげたい……」

 恋人の身体に縋るのも怖くてただただシーツに皺を寄せる。
 きっとこの優しい恋人には拒まれたりはしないだろう。ウェイドの心配することは別のところにあった。今まで男で、きっとこれからも男で生きていく自分の隠された女の部分を晒すのは怖くて、でもどうしてもこの人には知っていてほしかった。
 二人の間に、ただ息をする音だけが流れていく。

「…………ウェイド」

 暫しの沈黙の後、声を先にあげたのはスティーブの方だった。穏やかでそれでいて力強い声はウェイドの大好きな彼の一部だ。だがそれが今は怖い。

「顔をあげて、ウェイド」

 乞われてしまえばウェイドはスティーブを拒む術を持たない。様々な不安に頭をかき回されながらもウェイドはおずおずと顔を上げた。

「きゃっぷっ……」

 何か冗談を言おうとして、失敗する。上げた顔の前には幸せそうな笑みを浮かべ、頬を高揚させた恋人の姿があったからだ。
 ありがとう、とスティーブは不安と緊張に固くなるウェイドの身体を抱き締めた。

「是非君の、全てを貰いたい」

 ああ、やっぱり俺ちゃん、キャップが本当に好きなんだ。
 安堵の息を吐きながらウェイドはシーツの海に沈んだ。


***


 いつもの行為より遥かに時間をかけて解された場所からくちゅりと耳につく水音はいつものそれより大きいような気がして頬が火をつけられたように熱く感じる。普段とそこまで変わるわけではないが普段とは違う行為にただただ煽られていく。

「ぁ、ァ、ぁっまっ、そこっばっか……!」

 くちくちと中を広げるようかき混ぜられ初めての感覚にウェイドは翻弄された。空いた片方の手は弛く起き上がる雄をあやすように刺激して、逃げる場所はどこにもない。
 不思議な感覚だった。雄としての快感と同時に雌としての欲望が口を開く。そしてそれを愛しい人の眼前に晒し、あまつさえ弄られている。

「気持ちいい?」

 くい、と指を曲げスティーブが意地悪く尋ねる。はらはらと涙を流しながらウェイドはゆるゆると首を振った。

「やぁっィじわるっやだっ!」

 先ほど見つけ開拓されたばかりの場所をあえて外し、長い指は胎内を弄る。男を知らず、慎ましやかに閉じていた口はもはやスティーブによって開かれ整った指を甘く食い閉めていた。

「駄目だよ、ちゃんと言って……?」

 青く澄み切った瞳に情欲の炎が揺らめく。獣が獲物を睨め付けるような熱い視線に射抜かれながらウェイドはおずおずと願いを口にした。

「……っい、いぃっすてぃーぶ、の、きもち、ィいっあっ! まっ! らめぇ!」

 いい子だと微笑んだ恋人はさらに指を増やし弱い箇所を執拗に責める。がくがくと揺れる腰を止めることも甘く蕩けた声を止めることも出来なかった。

「あぁっまっれっ! それだめっ! あっァっん」

 部屋に響く水音が一際大きくなる。

「いいよ、一回イっても」

 やだとむずがり拒むウェイドにキスを落としスティーブは雄を扱き雌をかき回した。

「あ、あ、ゃっしゅてっあァあ……はっアぁっ! あーっ! ……」

 鍛えられしなやかな身体が高い悲鳴と共に艶やかな仰け反る。反り返っていたウェイドの雄から白濁が飛んだ。

「かわいい、ウェイド」

 荒い息遣いに上下しながらがくりとベッドに沈む身体。スティーブは熱に浮かされた瞳で微笑むと息をあげる恋人にキスの雨を降らせた。
 普段よりも遥かに自分に翻弄される恋人の姿に自身の欲望が熱く滾るのを感じる。そのせいで視線が下に向いたのはほとんど無意識だった。

「すてぃーぶ」

 息も整えぬまま、舌足らずにウェイドがスティーブを呼ぶ。下に流れてしまった視線を戻せば飴のように融けた榛色と視線がぶつかった。

「ぃぃょ、もっ」

 恐る恐る、爛れた指が自身の雌を晒し出す。精一杯で必死のおねだり。余りに淫靡な光景にスティーブは血が沸騰したのかと錯覚した。

「もっ、きて……?」
「うん」

 羞恥心と快楽に身体を赤く染めながらウェイドがスティーブを求める。
 しかしまだウェイドは完全に不安から脱け出せているわけではない。スティーブは、ふう、と一息吐きながら、不安にさせないよう出来るだけ余裕を装い、サイドテーブルで待っていたゴムに手を伸ばした。熱く滾り祖反りたつ雄が早く早くと内から声をあげる。
 スティーブの準備を目で追いながら下がった視線の先、ぶるんといきり立つ標準よりも大きなそれに思わず息を飲んだのは期待であり恐怖だった。
 あ、あれが入ってくるんだ。
 散々、後ろで男同士としてのセックスはしているのだから見慣れていない筈がない愛しい人の雄。しかしそれは普段よりも幾分大きいような気がして、不安に視線が揺れる。

「ウェイド」

 ゴムを開封しながらスティーブが微笑みかけ、いたずらに胸の突起を責める。小さくも身体を走る快感に揺れる身体を止められない。

「っゃ、きゃっふっ……ンッ」
「……大丈夫だよ、怖がらないで? 優しくする」

 幼子をあやすように額にキスを落とされ、高く聳え立つ雄の塔に半透明のヴェールがおろされる。
 俺ちゃん、これから女の子にされちゃうんだ。
 出会ったときより遥かに手慣れた準備を見てウェイドは思った。自分自身も含め、何回も見てきた行為でもきゅうと締め付けられるような胸の感覚が止まらない。
 スティーブの、女の子、そう考えるだけでも血が沸騰したような気がして耐えられず逞しい肩にすがり付く。顔を見ていると気恥ずかしくてどこを見ていたらいいか分からない。
 スティーブもウェイドの恥じらいを汲んだのか優しく背を撫でながら耳元に熱い吐息を絡ませてきた。

「入れるよ、リラックスして」
「ン……ァッ、はっ……」

 力ってどうやって抜いたらいいんだろう。回らない頭でなんとか思い出そうと記憶を探りながらもほとんど反射的に殊更ゆっくりと息を吐き雄を受け入れる準備をする。
 スティーブの長く整った指が入り口を広げる感覚、くちりとなる水音、ひたりとつけられた先は薄い膜の向こうで熱を持っていた。

「はぁァ……っん……」

 ゆっくりと雌が押し開かれていく。息を詰めてしまうとお互い痛い思いをするはめになるから熱い圧迫感を吐き出すように息は続ける。

「っへいき、かい……?」

 少し上擦った声。スティーブも興奮しているのだと思うと無意識に口元が緩んだ。
 まだ恥ずかしくて顔は見れないけれど腕の力を緩めて顔を刷り寄せる。

「ん、へっき……ァんっ」

 痛くはない、だが身体を開かれる苦しさがウェイドを怯えさせた。大丈夫と無理が頭の中でチカチカする。
 やっぱりちょっと待って、そう懇願しかけたとき、不意に圧迫感が引き熱さばかりが下半身を支配した。ぶわりと背を不思議な感覚が駆け抜けていく。

「ぅっァぁあっ、はっ……?、んっ」
「1番っ太い、ところは入ったよ」

 頑張ったねと落ちてくる労りのキス。ウェイドはしがみついていた手を離し、シーツの海に身を預ける。落とされた照明にほの暗く映るスティーブの姿がとても色っぽい。

「ぉく……」
「んっそのまま、いい子だ」

 来てと強請ればゆるりと口許を緩ませスティーブが腰を進める。自分を押し開いていく雄が胎内を進んで行く感覚にウェイドは背を仰け反らせた。スティーブが自分の雌を雄で征服した事実が堪らなく嬉しい。ウェイドは自分の出来る限り息を吐きながら猛槍を胎内へと導いていく。呼吸を合わせ、鼓動を合わせ二人はゆっくりと深く深く繋がった。
 なか、スティーブのでいっぱい。
 熱く脈打つスティーブを感じながらウェイドはスティーブを見上げる。唇を交わすのはお互い何も不自然なことではなかった。歯列をなぞり舌を絡めあい僅かな隙間から熱く濡れた吐息が漏れる。
 自然と離した唇は濡れ、銀糸が光った。ウェイドの身体を抱き寄せ、スティーブは熱い吐息を溢す。

「動くよ」

 熱い杭が満たしていた狭い穴をゆっくりと降りていく。心も身体もスティーブに持っていかれるような感覚がして、ウェイドは必死に鍛えられた背にしがみついた。
 声を抑えようなんてことは全く思い付かず、ひたすらにスティーブの雄に翻弄される。

「ふぁっすてぃっぶ、……あァっ、はっすてィっすきっすひっ!」
「っ……ぃしてる、ウェイドっ」

 短く息を詰め、青い瞳が熱に蕩け、頬を赤く染め、微笑みかけてくる好きな人。嬉しさと気恥ずかしさに鼓動が早くなる。そしてどんどん早くなっていく鼓動に合わせるように熱い雄が胎内を突き、リズムが早くなっていく。甲高くあがる嬌声は甘くウェイドの聴覚を犯していった。
 身も心も突き上げられ、一際ウェイドの雌がスティーブの雄を締め付けたまらず広い背中に爪を立てる。
 スティーブはウェイドの身体を強く抱き寄せ腰を打ち付けた。

「あぁ! ぁっはっぃく! しゅてぃっぶ! もっ……!」
「ウェイド……っ!」

 互の名を呼びながらの絶頂。膣内にじわりと広がる熱の感覚にウェイドの閉じられた瞳から歓喜の滴が落ちた。
 あつい。
 中でじわりと感じる熱に不思議な感覚が胸を満たす。アナルセックスの時とは明らかに違う、でもこれは恐らくだがいい感情だ。
 絶頂を極め、ふわふわした意識でそんなことを考えているとスティーブが優しげな顔をして爛れた輪郭をなぞる。

「抜くよ」
「っん……」

 ずるりとスティーブの体温が離れていく。
 落ち着いた彼自身を引き抜いたあと、スティーブは慣れた手付きでゴムを外し口を縛った。自分でもよく慣れた行為であるにも関わらず何故かとても色っぽいような気がして思わずきゅんと雌が疼く。
 また……。

「ウェイド」
「へっ? わっ」

 突然、スティーブがベッドに沈んでいたウェイドに覆い被さってきた。ぽわぽわとした頭では咄嗟の事に反応できずおとなしく腕の檻に捕まる。名を呼ばれて恋人を見上げれば雄らしい笑みを浮かべる姿。ぞくっと背をかけたのは明らかに情欲だった。

「悪い子だ、ウェイド」

 唇を降らし、羽が擦れるような快楽を与えながら、スティーブが囁く。

「そんなに物欲しそうな顔をして」
「っば、ち、ちがっ」

 出ていた、雌にされたい、雄に征服されたいと思ったことが、表情に。
 その事実に、一気に血が顔にのぼっていく。

「今日はとことん愛してあげるよ」

 金髪に汗を滲ませスティーブが笑い、唇を寄せてくる。熱いスティーブの舌に息を奪われながらウェイドはそっと両の腕を恋人に回した。

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