慣れない船旅に嫌気がさすも、いつもの不快感は感じられなかった。
今回は3日間滞在できることになり、宿代がもったいないなからということで、ルカの家に世話になることになっていた。
レグヌムへとやってきたイリアは、うーん、と伸びをすると迎えに来るはずのルカの姿を探した。
しかし、辺りを見回せどルカの姿はない。
迎えに来るという約束を破るような性格ではないし。
「イリア!」
そんなことを思っていると、背後から優しいアルトの声が聞こえた。
低い声で呼ばれる名前に、ようやく慣れた。
最初は誰に呼ばれているかわからなかったぐらいだ。
息を切らせて走って来た待ち人に、文句の一つでも言ってやろうと振り返る。
「おっそーい!げっ、なにその格好」
いつもの格好ではなく、少しだけよれた白衣を着ていた。
「ごめんね。僕、まだ講義あるから戻るね。はい、これ鍵。適当に寛いでて。あと、帰るのは夕方だから。じゃっ!」
相当急いでいるのか、それだけ言うと来た道を慌てて駆けて行ってしまった。
「なんなのよ、一体……」
手のひらに残された鍵を見つめて独りごちる。
ルカ宅にて渡された鍵を差し込んだところで、ふと気づいた。
(鍵がなきゃ開かないってことは、両親はいない……?まさかルカと二人きり?いやいや、考えすぎよ!)
あくまでも冷静に鍵を開けて中を覗きこむ。
「こんにちはー」
両親がいるという前提で挨拶をしてみるが、部屋は静まり返って人の気配なんてない。
いつまでも怪しい人物よろしく、覗いている訳にはいかず足を踏み入れる。
「おじゃましまーす」
とりあえずリビングの椅子に座ってみるが、何せする事がない。
時計を見てもルカが帰ってくるまで2時間ってところ。
長時間の船旅の疲れか、大きな欠伸がひとつ。
(ふあぁぁ。……ルカのベッド使ったら怒られるかな?まぁ、ルカだから大丈夫よね)
おぼつかない足で廊下を上がり、ルカの部屋を開ける。
お目当てベッドに一目散に飛び込んだ。
(ルカの匂い……)
心地良い香りに包まれて、瞼を閉じた。
寝返りを打ち、布団が掛けられていることに気づいた。
「…ル…カ…?」
ぼんやりと視界に映るのは、机に向かうルカ。
「イリア?起きたの?」
ルカは振り返ってふわりと微笑んだ。
椅子から立ち上がるとベッド脇に腰を下ろした。
「帰ってきたら、イリアいないから心配したんだよ?まさかと思ったら本当に僕の部屋で寝てるし」
寝起き特有のだるさと、ベッドの心地よさを押しのけて、起き上がる。
「あんた帰ってくるまでヒマだし、眠かったんだから仕方ないじゃない」
ルカは乱れたイリアの髪に指を通しながら、笑った。
「それもそうだね。もうすぐ夕飯の時間だけど、どうする?まだ準備もしてないし、食べに行こうか?」
「そうねー。って、やっぱり両親はいないわけ!?」
一気に目が覚めた。
「あー。うん。旅行に行っちゃった」
不安は見事に的中してしまった。
ルカと二人きりが嫌なわけでは、ない。しかし、いざ二人きりとなると気恥ずかしい。
「あーそうですか。さーて、ご飯食べにいくわよ。お腹すいちゃった」
ベッドから降りようとしたら、ギュッと手を握られ耳元に唇を寄せられた。
「……寝ておいて良かったね」
チュッと音を立てて頬にキスを落とされ、意味を理解するまでピッタリ5秒。
「……な、なに言ってんのよ!おたんこルカ」
頬が熱くなっているのが自分でも良くわかった。
「僕、明日からイリアが帰るまで学校休みだから。じゃあ、ご飯食べに行こうか」
立ち上がって、イリアに手を差し出す。
「ったく、あんたが変なことするから余計にお腹すいちゃったわよ。ルカのお財布が空っぽになるまで食べてあげる」
その手を取って、二人仲良く部屋を後にした。