春は三寒四温とは良く言ったもので、暖かいと思ったらまた寒くなったりと、季節も忙しい。
ミズホの頭領であるしいなも例外ではなく、この時期は何かと忙しい。
珍しく昼間の内に任務を終えて、自宅へ帰ると鍵が開いていた。
今朝、ちゃんと閉めたことを思い出し、深い溜め息をついた。
こうゆう時は必ずと言って良いほどゼロスが来ているのだ。
「ゼーロースー!アンタまたサボっ……」
文句の一つでも言ってやろうと居間へと続く襖を開けると、ゼロスは眠っていた。
来客用ではなく、普段しいなが使用している枕と掛け布団を引っ張り出して来て、熟睡モードに突入していた。
「ったく、寝るんだったら敷布団も出せば良いのに」
ゼロスの顔が見えるようにしゃがみ込み、顔にかかった髪を掃い、そのまま髪を撫でた。
起きる気配のないゼロスに自然に笑みが零れた。
(……ゆっくり休みな)
そう心で呟くと、溜まってしまった家事を消化するために立ち上がった。
そろそろお茶にしようと湯を沸かし始めると、背後でガサゴソと音がした。
その音に気づいて、湯呑みを二つ用意して棚にあったお饅頭を皿に乗せた。
「……起きたかい?」
「……あー」
ゼロスは寝起きでボーっとしているせいか、コポコポと急須から注がれるお茶をじっと見つめていた。
「熱いから気を付けなよ」
コトリと目の前に差し出されたお茶を、ゆっくりとした動作で持ちあげ口へ運んでいく。
寝起きでこんなにも反応の鈍いゼロスをしいなは珍しそうな目で見ていた。
二口、三口と喉を潤しているとようやくゼロスも目が冴えてきたのか大きなあくびを一つした。
「ふぁぁぁ。……しいなの布団が一番落ち着くな」
ゼロスの言葉にしいなはお茶を吹き出しそうになり、慌てて飲み込んだ。
「起きて最初に言うことがそれかい?」
「だってよー。枕からしいなの匂いするし掛け布団からもしいなの匂いするし。まるでしいなに抱きふごぉっ」
「それ以上言ったら殴るよ!」
反対側に座っているのにも関わらず、容赦ない鉄拳が飛んできた。
「いだーっ!殴ってから言うなっての!」
「うっさい。アンタがいけないんだろ?」
「ちぇっ。あっそーだ。おれ様良いこと考えた!」
さっきまでの起きたてホヤホヤの低血圧ゼロスはどこへいったのか、もういつものゼロスになってしまった。
「却下」
「ゲッ、おれ様まだ何も言ってねーし」
「はんっ、どーせくだらないことだろ?」
「ちっげーよ。しいなと枕交換したいだけだ」
「帰れ今すぐに帰れ」
普段のゼロスは紳士なはずだ。
付き合い初めてから分かったのだが、たまーに変なスイッチが入ってしまうらしい。
嫌な予感しかしない。
「よし、じゃあなんか袋くれ。この部屋の空気持ってぐはっ」
「そーかいそーかい。そんなに安眠したいなら今すぐ楽にしてやるよ!覚悟!」
懐から札を取り出してゼロスに襲い掛かる。
「ちょっ、待っ…あだーっ!」
ガツンという鈍い音と共にゼロスは疼くまってしまった。
反射的に立ち上がろうとして、低いテーブルに膝を思い切りぶつけてしまったのだ。
「自業自得。その口二度と開けないようにしてあげるよ」
ゼロスの目には未だかつて見たことのない、黒い笑顔のしいなが写った。