ちゃぷり、と海へ歩を進める。
靴は脱いでみたけれど、裾を捲るのは面倒になった。

重くなった裾を引きずるように一歩一歩、冷たい海へ。
この季節にしては珍しく海は穏やかで、優しく迎えてくれているように思えた。


死にたいと思ったことは腐る程あるのに、死のうと思ったのは初めてだった。

誰にも知られず逝こうと、こうやって海へきた。

死に逝く頭で、ふと彼女が思い浮かんでしまった。
……最悪だ。

未練が一つ出来てしまった。


もうここまで来てしまったのに。


「ゼロス!待って!」


タイミング良すぎるだろ、と心の中で溜め息。


「今晩のデザートはメロンだってセバスチャンが言ってたよ!」

食べ物で釣られてたまるかっ!
しかも、この状況理解してんのか?あのアホ女!


「もしもーし!そこのアホ神子!聞こえてんのかい?」


「早く来ないとあたしが全部食べちまうよ!」

無視。
完全無視。
こっちは、このクソ寒い真冬の海に浸かって死ぬ思いしてんだよ。


「良いこと教えてあげようかー?」

……んだよ、気になるじゃねーか。


「あたし、今日泊ってくけど!」

馬鹿野郎!
そんなことをデッカイ声で言うんじゃねぇ!

バシャバシャと水をかき分け……

しいなの待つ岸辺へ戻ってきてしまった。


「……気は済んだかい?アホゼロス」

「お陰さまで。頭も体もヒエヒエだっての」

「ったく、さっさと帰るよ」

「へーい。なあ、しいなさんホントーに泊ってくんだよな?」

「さぁーねー?」



悪い意味でも良い意味でも人が人の気持ちを変えてしまうのは、人でしかなくて。
どんなに傷ついても、どんなに苦しくても、その先にある未来を信じて。

生きよう。



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