街中にイルミネーションが灯され、それを眺めて歩くだけで幸せな気分になる。
そんな気持ちで、ゼロス邸のベルを鳴らした。
「なんだ、しいなかよ」
ため息と一緒に向けられた言葉に、幸せな気持ちが一気に崩れ落ちた。
部屋に入れば、大きなクリスマスツリーと装飾された小物たちに目移りする。
今晩はクリスマスだと言うのに、イベント大好き人間であるゼロスは明らかに怒っていますオーラを出していた。
「悪かったね、セレスじゃなくて」
あたしは適当なソファに腰掛けて、嫌味たっぷりに言い放つ。
そう、ゼロスの不機嫌の原因はセレスなのだ。
「だぁってよ、もう9時だぜ?9時!!あいつ7時に出掛けたんだぜ!?たかが子爵ごときのパーティーに何時間掛けるんだっての。あのヤロー、セレスを狙ってやがるに違いねー。それにセレスもセレスだぜ。あんなミニスカートのドレスなんて着て、何かあってからじゃ遅いだろ?だからおれ様は止めておけって言ったんだ。なっ、お前もそう思うだろ?なっ?」
必死すぎるぐらい必死な顔をして、肩を強く握られガンガン振られて頭がおかしくなりそうだ。
ここまでシスコ……否、過保護だとセレスも大変だと心底そう思う。
「だぁぁっ!もう我慢出来ねぇ。迎えに行く」
……マズい。
あたしは、すぐさまソファから立ち上がってゼロスと玄関の間に立った。
ドアに手をかけようとしたゼロスは冷たい視線で、あたしを見下ろした。
「しーいーなー。おれ様オイタする子は好きじゃねーなー」
「べっ、別にあんたなんかに好かれたくないね。それより、セレスはもう子供じゃないんだ。善悪の判断ぐらい出来る。そうだろ?」
あたしも負けじと睨み返した。
「……お前、何か知ってるだろ?」
「あたしは何も知らないよ!それより、ほら、今日はクリスマスなんだから楽しまないとさ!」
何とか玄関から離れさせようと、腕を掴んで引っ張った。
「しいな」
地の底を這うよな低い声で名前を呼ばれる。
あたしはこの声が大嫌いだ。
「セレスとの約束だから言えない」
声が震えないように、拳を握り締めた。
「……手、放せ」
ゼロスはそんなあたしを見下ろしているだけだった。
「ただいま帰りましたわ」
険悪ムードの中、響く落ち着いた声。
「セレス!遅かったじゃねぇか」
セレスはゼロスを気にせず、あたしの顔を見てすぐに察したようだ。
「お兄様、しいなさんとのクリスマスはいかがでした?」
「……はっ?」
「多忙なしいなさんに来て頂いて、せっかく二人きりにして差し上げたのに何なんですの?」
セレスに睨まれて、ゼロスは訳が分からないという顔をしていた。
「ちょいとセレス、秘密じゃなかったのかい?」
「構いませんわ。私からのクリスマスプレゼントに気づかず、しいなさんを傷つけるなんてありえませわ」
ようやくセレスの言っている意味が理解できたのか、驚いた様子で見つめられた。
「しいな……」
「それでは、私はホテルに行きますわ。後はお二人でどうぞ」
控えていたトクナガを連れて、玄関を出るセレスに慌て声を掛けた。
「セレス、ありがとう。メリークリスマス!」
感謝の気持ちを伝えたら自然と笑顔になった。
セレスもフワリと微笑み掛けてくれた。
「メリークリスマス。しいなさん、お兄様」
セレスが出て行くと、不意に背中に温もりが伝わった。
「しいな、悪かったな」
「良いよ。あたしがセレスに頼まれても断れば良かったことだし。断らなかったあたしにだって非はある」
首筋に顔を埋められて、妙にくすぐったい。
「いんや。3週間ぐらい前セレスがパーティーに行くって言い出してから、ずっとセレスが気掛かりでな」
「だろうね。……あたし、あんたから誘ってくれるのちょっと楽しみにしてたのにさ」
素直じゃないあたしは、普段こんなこと言えないけど今晩はクリスマスだから特別。
「しいな、今からでも遅くないか?」
「仕方ないから付き合ってあげるよ」
抱きしめられている力が、少しだけ強くなった。
豪華なケーキもチキンもないけれど、二人で過ごすクリスマスには幸せがいっぱい溢れている。
だから、心を込めてお祝いしよう。
「メリークリスマス、ゼロス」