ここ数年で、しいなは変わった。
いや、変わったと言うよりに成長したと言う方が正しいのだろう。
俺の知らないしいなが増えていくのが耐えられない。
俺のしいながしいなではなくなる。
ドス黒い感情が心を支配する。
今晩の王家主催パーティーでも、その変化を見せた。
いつものように寄ってくるハニー達と、適当な笑顔と言葉で相手をしていた。
しばらくして、会場の視線が扉の方へ注がれた。
……しいながやって来たのだ。
注がれる視線は、嫉妬と欲望が混じっている。
「レディ、お手をどうぞ」
知らない男がエスコートしようと手を出す。
以前のしいなは、顔を真っ赤にして戸惑っていた。そして俺が助けに行くというパターンが当たり前だった。
でも、今は違う。
しいなは綺麗な笑みを浮かべると、その男の手を取った。
手の甲にキスをされても動じなくなった。
履き慣れていなかったハイヒールも、今ではスムーズに歩けるようなになった。
化粧だって、手慣れたもので自身の魅力を一層引き立てている。
だからと言って、パーティーにいるしいなが嫌いな訳ではない。
「なんか、やたらと不機嫌じゃないかい?」
陛下への挨拶も済ませたしいなが、こちらにやって来たのに気づきハニー達を散らせた。
「んー?そんなことないぜ〜。美人な、しいなに会えて嬉しくて涙出そう」
「馬鹿言ってんじゃないよ」
拳骨の一発でも飛んできそうだったが、その気配さえない。
本当に、俺のしいなは何処へ行ってしまったのか。
「お前、変わったよな。免疫ついたっつーの?」
「あぁ、コレかい?今すぐ洗いに行きたいけどね」
しいなは、キスをされた手の甲を睨み付けた。
「んじゃぁ、洗いに行こーぜ」
「そんな訳には行かないよ。昔みたいに、軽々と抜け出せる立場じゃないんだ。あんたも……あたしも」
しいなから‘立場’なんて言葉がでるなんて、ムカつく。
「あっそ。んじゃ、おれ様帰るわ」
明らかな態度で不機嫌を示した。
自分でも卑怯だと思った。
しいなが小さく溜め息が聞こえて、安堵した。
「……わかった。先に外で待ってな」
「サンキュ」
短く礼を告げて、しいなの隣を離れた。
「ゼロス様ぁ、もうお帰りですの?」
媚びて来るハニーは、‘私も連れてって’と言っているようで反吐が出る。
「ハニーごめんな〜。おれ様、今夜は先客がいるのよ」
そう言うと名前も知らないハニーは、形の良い眉を吊り上げた。
「ミズホのしいなですの?あんな薄汚い民なんて、ゼロス様に相応しくありませんわ」
しいなに対するイヤミなど腐るほど聞いてきたのに、やけに頭に来る。
ハニーの顎をクイっと持ち上げ、耳元に唇を寄せた。
むせ返るほどの香水が鼻につく。
「あれが薄汚いたないならハニーは、それ以下だぜ」
それだけ言うと、ハニーの顔も見ずに会場を出た。
カツカツとハイヒールの音がして、しいなの声がした。
「あんた、何しでかしたんだい?」
「おー、早かったな」
重たい腰を上げて、歩き出す。
「あんたが出てった後あの子、真っ青だったけど」
「悪い事はしちゃいけません、って教えてやった」
隣を歩くしいなの手を握った。
「な、なにすんだい!」
「見て分かるよーに、手繋いでんの」
やっぱり、しいなはこの反応じゃなきゃなーと思う。
「なあー、しいな。お前はそのままでいろよ」
「はっ?なに言ってんだい。あたしは、昔っからこんなだし、今だってゼロスの知っての通りだよ」
今まで悩んでいた自分がバカらしく思えてきた。
「だよなー。うん、そうだよなー。やっぱりなー」
一人で納得していると、しいな怪訝な目を向けられた。
「あんた、頭でも打ったのかい?今日はやけにおかしいじゃないか」
「なーんでもなーい」
ギュッと握っている手に力を込めると、握り返された。
「なーに?しいなさんってば積極的じゃん」
「だだだだって、あんたがおかしいからじゃないか!」
しいなが心配してくれるだけで嘘のように、自分の感情がグルグルと変化する。
これは、自分も成長したと言うことなのだろう。
「一緒に成長してこーぜ」
繋いでいた手を思い切り夜空へ伸ばした。
「わっ、バッバカ!」
バランスを崩したしいなの腰に腕を回し、グッと引き寄せる。
「……っと。んで、返事は?」
「へ……んじ?」
「そっ、返事」
言葉に詰まるしいなを、さらに引き寄せて促す。
「ほら、早く言えって」
観念したしいなが、真っ赤になって頷いた。