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「ほ、本気?私が勝てるわけないじゃん」
「なにも俺から一本取れというわけじゃないさ。斬魄刀、解放させたいんだろう」
「………まあ、それはちょっとだけ」
「刀を放置しすぎだ。俺でも臍を曲げる」
「そう?ふつうだと思うけど」
「斬魄刀は便利な道具なんかじゃない。お前の気分で扱っていい代物でもない。本当に心を通わせたいなら、向き合う努力をすべきなんだ」
「し、してるよ」
「嘘をつくな。平子隊長の件以来、刀に心を開いていないだろう」


目の前の男の口から平子の名前が出て、なまえは少なからず驚いていた。タブーとも取れる平子真子の名を一番隊の彼が口にする日が来るなど、思ってもみなかったことだ。


「ちゃんと向き合ってたよ!つらかったもん、苦しかったし、助けて欲しかった!でも何もしてくれなかったんだよ、だったらもう一人で戦った方が………」
「そういうところだ。お前は何にでも依存しすぎる。平子隊長にも京楽隊長にもな。媚を売るのは性分か?女だからか?」
「………ちょっと、」
「死んだ者を待つのはやめて芯から向き合え。でなければお前は一生ただのお荷物だ」
「平子隊長は死んでなんか………」


入隊当初から努力し続ける優秀な男と、いなくなった上官を待ち続けるべく停滞した女と。身体的にも精神的にもその差は歴然だ。しかし逃げずに自分を睨みつけるところを見るとまだ余裕はあるようで、浦はもう一歩踏み込む。


「百年も経ってるというのに往生際が悪すぎるぞ」
「間接的にしか知らされてないんだから」
「死体が見たかったのか」
「はあ?」
「死んだ者を待ち続けていったい何の得になる」
「損得の話じゃ、」
「お前自身の無能の言い訳に平子隊長を使っているだけなんじゃないのか」
「ち、違うっ!」


悲痛な絶叫が虚しくこだまし、辺りは水を打ったように静まり返った。
冷淡と告げられる言葉のひとつひとつが、なまえの胸をざっくりと突き刺して骨までもを軋ませている。
顔に、羞恥の熱が上がる。言い当てられたというには十分すぎる反応だった。


「違う、何言ってるのっ」
「心から無事を信じているなら、いつか戻ってきた時に誇れる部下として成果を上げるべきなんだ」
「…ちがう……」


真っ向から否定され、惨めったらしく縋り付いていたものが音を立てて崩れ去っていく気がした。
何も変わらないままでいて、いつか呆れたように笑ってほしいだけだったのに。成長するならあの人の元で、あの人に見て欲しくて、あの人の役に立てるように……………。
しがみついていた光がなくなり、真っ暗闇の中、右も左も分からない心細さだけが残る。
自分は間違っていたのだろうか。
だとすればいつから?
これからどうしたらいい?

『どうしていいか分からないんです……。誰かに全部指示されたい………。従っている間は何も考えなくていいから』

かつての自分の言葉が胸によみがえり、なまえの喉に吐き気が迫り上がる。
他力本願を絵に描いたような女だ。依存先を平子から京楽へ鞍替えしただけで、百年もの間足踏みをし続けた成果は、当然、どこにもない。


「も、戻ってくるとか、そんなの今まで、い、言わなかったくせに!」
「いつか必ず戻ってくると誰かが保証したら満足か。他人任せでご立派な信念だ」
「うるさいなあっ…」
「京楽隊長に依存したところで、お前はなにも変われない」
「っ………うるさい、」
「死人を待つのはやめろ。無様だ」
「死んでなんかないっ、平子隊長は───……」


うつくしい金の髪が揺れる。
細長い指に撫でられ。
安心と平穏。
憧憬。
聞き慣れない言葉遣い。
遠く離れた日々に確かにあった、安らぎ。

全て嘘ではないはずなのに、今となっては誰もそれを口にせず、なかったことのように振る舞うのだ。


「はいはーーーい、そこまで!離れて離れて」


そこで突然、パンと乾いた音が響き渡り、二人の意識はぷつんと切り替わった。見ると、呆れ顔の京楽が手を打ちながら二人の間に割り込んできたのだ。




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