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全容の見えない不安と凄まじい霊圧が隊員たちの足を絡め、縛り、全員をその場から動けなくさせた。圧倒的な霊圧に卒倒し始める隊員を見て、ようやくハッとし、なまえは待機していた班員に向かって声を張る。


「全員下がって、動けないひとには手を貸して!」


倒れ込む後輩を支えながら必死で叫ぶ間も、丘からは絶えず爆風や霊圧が降り注いで止まない。すると、近くで待機していた警備統括官である七席がなまえたちを庇うように現れた。


「警戒区域を拡大させる。ここはいいから、みょうじ、伝達してこい」
「地獄蝶を使えばいいんじゃ、」
「確実な方がいい」
「…はい。あの、上で戦ってるのって…」
「朽木隊長だろうな」
「そ、そうですよね」


朽木白哉と戦う旅禍の気持ちが、まるでわからない。何故ここまでして朽木ルキアの処刑に立ち向かうのかなど到底理解できるものではなく、また護廷隊に所属する者として許すわけにはいかない。
だというのに、なまえは旅禍に対してわずかながら羨望の気持ちを抱いていた。

(私もあのとき、旅禍みたいに必死に行動してたら違ったのかな。平子隊長がいなくなったとき、もっとなにかできることを探していたら)

考えても埒のあかないことばかりが頭を浮かぶ。

(そういえば京楽隊長はどこにいるんだろう?他の隊長たちも、いったい何を……)

霊圧知覚が未熟ななまえには、二つの莫大な霊圧を掻い潜ってまで他の霊圧を探る技量はない。じっと考え込むのを怒鳴りつけた七席に背を押され、班への伝達のため走り出した。


「やばい、…つ、つ、疲れた……!だから地獄蝶に任せた方が……ん?」
「おいおいおい!だから道変えた方がいいっつッたんだ!」
「そんなこと言ってなかっただろ!君はいっつも人のせいにしてばかりだな!」
「あァん!?誰がなんだって、この野郎!」
「が、岩鷲くん、石田くんっ!」


慣れない瞬歩を使ったせいで体力を消耗し、ヘロヘロになってそれでも走っていると、向こうからやってくる四人の男女。よく見ると、包帯ぐるぐる巻きの男と、眼鏡の男と、愛らしい少女と───先日、京楽と対峙した旅禍の青年がいる。彼らが旅禍の一団であるとすぐに分かり、なまえの手が引き付けられたように刀の柄に触れる。


「旅禍…!」
「めんどくせェな、くそッ!」
「ま、待ってください!私たち…」


臨戦体制をとる中でも、気持ちは揺らいでいた。その隙を見透かしたように、京楽が見逃した旅禍の青年はじっとなまえを見据えている。

『正しいと思うことをしたらいいさ』

京楽の言葉を噛み締める。
何が正しいのか、何が間違っているのか。何も判断できないし、だからこそ彼らを見逃そうとする自分が怖かった。指針がない。自信もない。しかし、四十六室への不信感だけは絶対に唯一、真実だった。


「…早く行って」
「………いいのか」
「どうせ殺される」
 

はっきり言ったつもりが、声は小さく揺らめいていた。
護廷に属さない彼らならこちらの都合も考えずめちゃくちゃにしてくれるだろう。そうなれば多少、気が晴れるかもしれない。そう理由付けして、通り過ぎる旅禍から目を逸らした。
可憐な少女が叫ぶ、ありがとうございます、が背中を追ってくる。そんなものは全て終わってから言えよとくすぐったい気持ちになった。

また少し走ると、誰かがぐったりと倒れている。慌てて駆け寄ると、副官の伊勢が額から汗を流しながら苦しげに喘いでいた。


「い、伊勢副隊長!?どうしたんですか、こんな………」
「……そんな…」
「副隊長?」
「…藍染隊長が…裏切ったなんて……!」
「………え?」
「みょうじさん…ッ……隊員たちに…伝えてください…!」


藍染惣右介、市丸ギン、東仙要。

護廷十三隊の隊長を務める男たちの裏切りが、このとき初めて白日の元に晒された。





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