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「で、でも近くには京楽隊長がいるからきっと大丈夫よ!」
「あ、そっか…はは、旅禍もついてねえな!」
「すみませんっ、あの…私ちょっと出ます」
「は?出るってお前…おい、みょうじ!こら、勝手な行動は…」
「…彼女、ときどきびっくりすることするわよねえ…」


残された上官は憤ったり感心したり。それもそのはずで、つい先ほど発覚した大事件を知るものは彼女を除いて誰もいないのだ。

『みょうじくんは平子隊長をとても愛していたんだね』

大好きだった上官を失い、自我喪失としていた自分に声をかけてくれたあたたかい人柄。あの圧倒的な安心感、優しさは例えようもない。そんな藍染を殺されて、正気でいられるはずもなかった。
乏しい霊覚を駆使して走り回るなまえの目に、見慣れた桃色の背中が飛び込んできた。その奥には、現世の服を着る体格のいい男。あれが、もしかして。なまえは乱れた呼吸を整えようともせず駆け出した。


「ルキアちゃんを?彼女が現世で行方不明になったのは今年の春でしょ。短いよ、浅い友情だ。命をかけるに足るとは思えないね」
「だけど一護が助けたがってる。一護が命をかけてるんだ。充分だ。俺が命をかけるのにそれ以上の理由は必要ない。」


京楽が対峙しているのは旅禍で間違いないようだった。しかしそれは想像よりずっと幼い子供で、そして想像以上に迷いのない正直な眼差しをしていた。
右腕は禍々しい怪物のような形をしているにもかかわらず肌に触れる霊圧はあたたかい。未熟な殺意に京楽が負けるはずもないが、気が削がれるぐらい穏やかな侵入者は、勢いで出てきたなまえの胸に疑問を寄越した。

(あんな子供が藍染隊長を?)

話を聞く限り、旅禍は極囚・朽木ルキアの救出を目的としているようだった。藍染の殺害と、どう関わりがあるのだろうか───。


「みょうじさん」
「ぅわあっ!!」
「巻き込まれますよ」
「ひぃっ!!」


不意に、ぱっと背後に現れた伊勢に引っ張られ、反対側の隊舎の上へと運び込まれてしまった。この細い腕のどこにこんな力があるのか不思議でたまらない。


「全く…なぜここにいるんです」
「そ、それが!…えっと、その………」
「そして裏艇隊が何用ですか。伝令なら地獄蝶で事足りるでしょう」
「え?あっ!」


全く気づかなかったが、後ろに裏艇隊がひっそり佇んでいたのだ。そして、告げられた一級厳令。驚愕の表情を浮かべる伊勢は、戦い終えたばかりの京楽の元へ駆け出した。藍染の一件を聞いた京楽は倒れたままの旅禍を一瞥し、なまえに救護班の申請をするよう言った。


「ボクら行くけど、なまえちゃん、ひとりで戻れるかい」
「は、はい」
「どこに敵さんが隠れてるか分からないから、気をつけるんだよ」
「…はい」


多過ぎる情報が頭をぐるぐる駆け回り、とりあえずは救護班の要請、と口の中で何度も繰り返し呟く。伊勢は心配そうに「しっかりしてください」と肩を叩いてやった。


「お、お二人も気をつけてくださいね」
「うん。そんじゃ、また後で」


京楽の長い指が慰めるように頬に触れる。なまえはたちまち顔を赤くした。





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