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「あ、阿散井くん………阿散井くん?」


たった今すれ違った赤い男は、普段と違って覇気の感じられない薄暗い顔をしていた。行き違った先輩にも気づかないほど熱心に考え込み、特徴的な眉毛をぎゅうっと歪ませたまま、ひとり心を思い悩ませているようだった。
可愛い後輩が気掛かりで、お団子を持って六番隊隊舎を覗くと、縁側に腰掛けた阿散井が揃いの刺青を入れた可愛らしい青年と楽しげに話している姿を見つけ、なんだ杞憂かとほっと胸を撫で下ろす。声をかけたところでもう子供じゃないんですからと渋い顔をされるのは分かっていたので大人しく引き下がろうとしたが、阿散井の鋭い嗅覚が先になまえを見つけてしまった。


「みょうじさん?どうしたんスか、こんなとこで」
「あ、お、お疲れ様…お団子持ってきたんだけど、食べない?」
「お団子ですか?」
「てめーにじゃねえよ、理吉」


ぎこちなく差し出した箱に、青年の方が反応した。彼は理吉といって、阿散井の後輩にあたる死神だという。
 

「理吉くんもよかったら」
「ありがとうございます!俺、みょうじさんの分の湯呑み持ってきますね」
「ごめんね、ありがとう」
「みょうじさん、なんか用スか?急に来るんでビックリしましたよ」
「阿散井くんさ……仕事大変?顔色悪いよ、なにかつらいことあったの?」


こういう時は回りくどく聞いたところで意味はないと早速切り込んだなまえに、阿散井はたじろいで視線を泳がせた。


「いや、別にそんな」
「誰か頼れる人いる?朽木隊長とか…十一番隊の先輩たちとか。ちゃんと話せてる?」
「…子供じゃないんスから」
「それはそうだけど」
「こんな心配してくれんの、みょうじさんぐらいっスよ」
「そんなことないよ、みんな阿散井くんのこと気にしてるって。ひとりで抱えちゃだめよ、下に仕事振るのも上の役割なんだから」


仕事で悩んでいるのかと探れば彼は真っ赤な頭をがしがし掻いて、んー、と思案声を漏らした。触れられたくないところだっただろうか、慌てて話題を変えようと唇を開けば、意外にも阿散井は自ら話し始めてくれた。幼少期から始まる朽木ルキアとの関係について。


「そっか…阿散井くんの同期なんだね」
「まあ、そっスね」
「複雑だね。だけど………」


だけど、で止まる。
「きっと大丈夫」、「どうにかなる」……安い気遣いの言葉は出る幕もない。極刑の裁定が覆るはずもないことはお互いよく知っている上に、規定の中でしか動けない阿散井が朽木ルキアにしてやれることは、もう何もないのだ。


「あの馬鹿…何やってんだよ全く……」
「………阿散井くん…」


力なく項垂れた姿が、昔の自分と重なって見えた。

結局何もできないのかと無力感に苛まれる苦しみがどんなものか、嫌というほどよく知っている。
胃がひっくり返りそうなほどのもどかしさに毎晩悪夢にうなされて、敗北と絶望に打ちひしがれて。自分と同じ寂寞の道を辿ってほしくない一方で、もうどうすることもできないところまできている。
しかし、彼はまだ間に合うのではと、躊躇いがちに阿散井の肩に触れた。後悔するより先に動くべきだと。


「できることを探さないと」
「え?」
「後になってこうしておけば良かったって思うより先に」


朽木さんはまだ生きているのだから。

続けようとした、その時だ。緊急事態を知らせる警報が空を割る勢いで鳴り響き、凪いだ空気が一変した。


「西方郛外区に歪面反応!三号から八号域に警戒令!繰り返す!西方郛外区に歪面反応!」


警告が繰り返される。ちょうど戻ってきた理吉も顔色をなくして突っ立ったまま、不安げに阿散井を見つめた。


「れ、恋次さんっ…!」
「何だ!?何が起きてやがんだ!?」


現世と尸魂界の狭間を駆け抜ける侵入者たちの足音などとは、誰も予想だにしない。
───黒崎一護たち旅禍の一行は、もうすぐそこまで近づいていた。


「出るぞ!!俺の蛇尾丸どこだ!?」
「あ、はい!持ってきます!すいません、今朝たくあん切るのに使ったから刃がちょっと汚れてま゛ッ!!」
「り、理吉くんっ!?」
「うう…い、いってらっしゃーい、恋次さん……」
「わ、私も戻るね…警戒令ならきっとみんな呼び出しだろうし…」
「俺も準備します。みょうじさん、話せて良かったです」
「私も。もう斬魄刀でたくあん切っちゃだめだよ」
「へへ」


西流魂街へ降り立った旅禍は市丸ギンによって退けられたが、この日を境に瀞霊廷の日々は一変することになる。





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