隙を見せるからこうなる
車をUターンさせ、あのマンションの来客用駐車場に停めた。滅多に使わないなまえの電話番号にかけると、6コール目でもしもしと細い声が耳に触れた。


「なまえちゃん。急で悪いね、いま何してるんだい」
「京楽先生っ……い、いまは…えっと、友達と会ってて」
「友達、ね。もう帰る頃?いまから会いたいな」
「ちょ、ちょっとだけ待ってもらったら、すぐ行きます。ていうか先生から電話するなんて珍しいですね」
「ボクね、近くにいるんだ」
「え?近くって」
「友達と、なに話してたんだい」


こんなことを言える立場にないくせに、恋人でも夫でもないくせに、まるで浮気を責めるかのような口ぶりだ。なまえが一言でも関係ないでしょうと言ったならすぐ引き下がるつもりだったのだが、彼女はたじろぎ、戸惑い、後ろめたそうな声を絞り出す。


「……先生、どこに…いるんですか」


ちょうどエントランスから出てきたなまえに駐車場にいると伝えると、怯えたような目でこちらに近づいてきた。だから、そんな顔しないでよ。隙を見せるなまえも悪いかもしれない。もし京楽が今まで付き合ってきた女だったら、こんなしおらしい態度は取らないだろう。


「話は終わったみたいだね」
「は、はい」
「念至さんが心配していたよ」
「先生、私ただあの人に」
「とりあえず乗って」


なまえの言葉を遮って助手席をすすめると、彼女は大人しく隣に座った。
車はゆっくり駐車場を出ていく。眩しかった西陽はほとんど傾いていて、代わりに反対側の空にうっすら半月が姿を見せ始めていた。




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