(何か間違えたっけ……?それとも何か抜けてた、とか)
少し焦りながら伝令神機を開いて、釦を押せば、画面に現れたのは意外すぎる人物の名前。
(斑目三席!!!?!?)
(何で!?何!?なになになに!!?)
また別の意味で焦りながら半ば興奮して時間を確認したら、着信があってからもうすでに一時間以上経ってしまっている。執務中から仕様を変えていなかったことを心底悔やんだけれど、今はそんなことよりも早くかけ直さなければと思い立つ。
(でも大事な用事だったら改めてかけてくれる、かな……?)
(いや、単なるかけ間違いかも……)
斑目三席があたしに連絡を寄越す理由がまったくもって見当がつかなくて、その前で正座して、卓上に置いた伝令神機をじっと観察する。
結局、かけ間違いだったとしても話せる口実になるからいいよね、と自分に言い聞かせて一つ深呼吸をして、意を決して通話釦を押した。
呼出音が続く。その間に咳払いして喉の調子を整えて、ドキドキしている胸に手を当てる。それなのに聞こえてくるのは呼出音ばかりで、あまりに長く鳴らすのも気が引けて仕方なく終了の釦を押した。
『わ………!』
切っておそらく10秒も経たない内に、再び画面に斑目三席の文字。今度こそ通話釦を押して伝令神機を耳に当てたら、喧騒の中、もしもし、という低い声が聞こえた。
「椿姫ちゃん?」
『はい。こんばんは、斑目三席』
「おう。今何してる?」
『あー、えーっと、特に何も』
事実を言ったまでだけど、我ながら面白みのない返答をしてしまって苦笑いしたら、そうか、と斑目三席も笑ってくれる。
『かけ直すの遅くなってすみませんでした。音消してたから気付かなくって』
「ああ、いや、そんなん気にすんな。こっちも急にかけたしよ」
『いえ、あの、それで、どうされたんですか?』
「ああ、今呑みに来てンだ。だから椿姫ちゃんもどうかなってな」
『え、あたしですか!』
「ああ。射場さんも居るぜ」
そうしてメンバーを聞いて、案の定で気後れしてしまった。副隊長や上位席官なんていう、そうそうたる面子だ。こちらは知っていて当然だとしても、あたしのことを存在すら知らない方々がきっと居る。いくら憧れの人が居るからとはいえ、そんな中で楽しくお酒を呑める程、図太い神経でもない。
『あーえっと、すごく楽しそうですね!……でもあたし、今日もうお風呂済ませちゃって……』
「風呂?」
『はい。だから、あの、すっぴんだし、外に出るのは厳しいかなと……』
「……そうか」
『本当に、せっかく誘って頂いたのにすみません』
「いや、それは全然、いい。こっちこそ急に誘っちまったし、悪かったな」
後ろから声をかけてきた誰かに、斑目三席が、来れねえんだって、と返して、じゃあまたな、と言われて、はいまた、と言って通話が終わった。
自分から行けない風に言っておいて、ちょっとぐらい食い下がって欲しかったなんて、あるわけない期待を自分勝手にして、そうならなくて勝手に空しくなって、通話が終わった画面を膝を抱えてぼうっと眺めた。
七番隊の辛うじて二十席という席次があるとはいえ末席のあたしと、十一番隊の斑目三席との関わりは普通に過ごしていれば無かったと思う。
部隊から一人はぐれたあげく、何体もの虚に囲まれていたところを偶然居合わせた斑目三席と共闘して(といっても殆ど斑目三席が倒した)、事なきを得た。
お礼もそこそこに斑目三席は帰ってしまって、事の顛末を射場副隊長に話したら、十一番隊舎まで付き添ってくれた。
その場で今度改めてお礼をさせて欲しいからと、半ば強引に連絡先を聞いたときの斑目三席の呆けた顔と、射場副隊長の含みある視線を思い出すと今でも恥ずかしくなるけれど、あの時の自分の行動力を全力で讃えたい。
お礼を済ませてしまってからも、何かにつけて電子書簡を送りつけたら、斑目三席は律儀にちゃんといつも一言二言の返事をくれた。
(お風呂なんてまた入ればいいだけだよ……!)
(せっかく仕事以外で会えたはずなのに……!)
初めて斑目三席から連絡をもらった。これで最初で最後かも知れないと思ったら、次第に後悔の方が大きくなって堪らず伝令神機を握ったところで手が止まる。今さらやっぱり行きます、なんて言ったら変に思われるんじゃないかと、不安が過った。
"誘って頂けて本当に嬉しかったです。是非、また誘って下さい。"
前言撤回は諦めて、たった二つの文を変じゃないか何度も声に出して確認した後、電子書簡の送信釦を押した。祈るように両手を握り合わせて返事を待つ。送った文を眺めていたら、誘って下さい、なんて図々しかったんじゃないかと不安が押し寄せてきた。
項垂れて、目に飛び込む先月号の瀞霊廷通信“飲兵衛必見!!お酒がススム料理店特集”の文字。自分から誘えばいいんだ、と今さらハッとしてページを捲った。
伝令神機が短く震えて音が鳴る。すぐ様それを手に取って斑目三席からの返信だと解ったから、心して中を見た。
『い?』
まさしく“い”の一文字しか書かれていないその書簡。途中で送信してしまったんだろう、と思っていたら、また伝令神機が軽快な音を奏でて画面に"通話中"の文字。
(通話……中…………?)
『は!!はい!もしもし!!!』
「もしもーし、お、出た。……大丈夫か?」
『大丈夫です大丈夫です!!』
元気いーな、と笑われて、斑目三席の声の後ろからは喧騒がなくなっていて、代わりにザザッとどこかを歩く足音が聞こえる。
『今日はもうお開きですか?』
「いや、あいつらはまだ呑んでる。酒入っとウゼェ奴らばっかだから抜けてきた」
『うぜえ?』
「そうそう、ウゼェの。椿姫ちゃん来なくて正解だったぜ」
余程絡み酒だったのか、うんざりした声色の斑目三席はため息を吐く。
『斑目三席、酔ってます?』
「酔ってねえー。あーいや、まァ勢いづくくらいには酔ってるか」
(勢いづく……?)
話の合間に聞こえてくる足音のリズムが定まってなくて、結構呑んでいるんじゃないかと少し心配になった。
『ちゃんと帰れます?』
「帰れなかったら、迎えに来てくれるか」
『え……?ええ!?行きます!!行きますよ、今どこですか!?』
「さっき、すっぴんがどうとか言ってなかったか」
断ったことを後悔していたから、思いがけず会えると思ったら、何も考えずつい即答してしまった。可笑しそうに笑われて、恥ずかしくて言葉に詰まる。
(すごい前のめった奴って絶対思われた……!)
「あ、そーいやあれ!あの酒すげえいいヤツだろ?」
『あ、飲んで頂けました?』
「ああ。すげえ美味ェぞ、あれ。勿体なくてもう呑めねえよ」
『また買ってきますから呑んで下さい』
「いや、あんないいモンもらっちまったら、今度俺、椿姫ちゃんに何かしねえとなァ」
何好き、と事も無げに聞かれて、いやいやいやいや、と見えもしないのに手をわたわたと振る。
『お礼にお返しなんていりませんよ。お気持ちだけで充分ですから』
「ンな訳にいかねえの。ほら、何か好きなモンあんだろ」
『そしたらあたしまたそれにお礼します』
「したら俺も」
エンドレス!と笑ったら、いいんじゃね、と斑目三席も笑うから、舞い上がって開いたままの瀞霊廷通信を見る。
『じゃあ、こうしませんか』
「ん?」
『二人でお食事とか。美味しいお酒とご飯と。そしたら、お互いにいい感じだと思いませんか』
「……俺ァ最初からそのつもりだ」
何食いたい、と聞かれて、目に入ったままを矢継ぎ早に答える。
「ちょ、待て待て待て。何か見てンのか、それ」
『はい、瀞霊廷通信の、飲兵衛特集見てます!』
「何だそれ、そんなんあんだな」
『はい!全部美味しそうでほんと迷ってます……!』
「したら決めるか、二人で」
『あ、はい……?』
ザリッと斑目三席の足音が止んで、なんだか一瞬緊張する。今部屋だよな、と聞かれて、次の言葉を期待してしまう。一気に心臓が動きを早めた。
「今から会えるか?」
『ッはい……!あの、どこへ行けば?』
「行くっつーか、待っててくれりゃいいぜ」
『え!?ここですか!?部屋は、ダメです!!!』
言ってしまってから、斑目三席が慌てて謝るからあたしも慌てる。斑目三席が解釈したのとあたしの思うところはきっと違う。
『えと、明るいと困るから外の方がいいってことです』
「……へ、あ、さっきの、すっぴんがどうとかのやつか」
『はい……』
「女の化粧はよく解んねえけどよ、椿姫ちゃんは大丈夫だと思うぜ」
『甘いです、斑目三席。人違いかと思うかもですよ』
「そんな?逆に見てえよソレ。つか、暗ェと見えねえだろ、肝心の。飲兵衛特集だっけか」
苦笑いしたような声が聞こえて、もはや本来の目的すら一瞬にして忘れていた自分が嫌すぎる。舞い上がるにも程がある。
(穴があったら入りたい……!)
「あと椿姫ちゃん待ってるより俺が行く方が絶対ェ早ェから」
『仰る通りです』
もうどうにでもなれと部屋のだいたいの位置を伝えたら、了解、と呟いた斑目三席の足音がまた聞こえ出した。
「楽しみにしてるぜ、椿姫ちゃんのすっぴん」
切り際にそんな捨て台詞を吐いた斑目三席に慌てたら、じゃァまたあとでな、と笑って通話が切られた。今から会えるんだ、とふわふわとした気持ちで通話の終わった伝令神機を握りしめる。
我に返ってフルメイクに取り掛かった。
(了)