「いつもあんな感じなのか」
窓に吊るされた風鈴がちりんちりんと鳴って、少し高い位置にあるこの部屋は風通しがいいらしい。心地よい怠さが体を支配してうとうとしていたら、声が聞こえてゆるゆると顔を向ける。
夜が明けたというのにまだ情事の余韻に浸ってぼうっとした頭では質問の意味がよく解らなくて、黙ったまま手を伸ばせば窓際の一角さんはゆっくりと立ち上がった。
『あんな感じ、って?』
絡められた指を引いて、一人用の薄布団の中に誘う。肌けた逞しい胸に鼻を寄せて見上げれば、一角さんは照れた様に視線を逸した。昨晩あんなに激しく求め合っていたのが嘘みたいに、純情なその様には自然と頬が緩む。
「何笑ってんだよ」
『いひゃい』
鼻をつままれて、その手を取って、また指を絡める。顔を近付けたら唇が重なった。愛おしくて愛おしくて、首に腕をまわす。耳元で好き、と呟いたら、バッと体を離された。
「本当か!?」
『え!?』
「冗談じゃ、ねえよな!?」
焦った様に言われて頷けば、きつく抱き締められた。
初めてお酒を酌み交わしてから何度目になるだろうか。大勢の中の一人という立場から、定番の飲み仲間の内の一人を経て、ある日たまたま皆の予定が合わずせっかくだからと初めて二人きりで飲みに出掛けてからというもの、二人きりということに関して言えば、今ではさほど珍しいことではなくなっていた。
ただ、三席の自室で、という今回のこの状況にはなんだか背筋が伸びる思いだったけれど、お酒の力も相まって吸い寄せられる様にどちらからともなく唇を重ねた。
求められて、求めて、合間に何度も好きだと言ってくれた。ずっと好きなのは自分だけだと思っていたから、幸せすぎて泣いてしまった。
一ミリの隙間もないくらい愛し合って満たされていたはずなのに、なんだかそれに水を差された気分だ。
『何をそんなに驚いて………?って、ちょっと待って下さい、それって!?』
今度はあたしから離れて信じられない思いで一角さんを見た。
『あたしが好きでもない人においそれと体を許す女だと、いつもあんな感じ、ってそういう意味なんですか……?』
もしかして、昨晩のあれは、夢だったんだろうか。気持ちが通じ合ったと思っていたのは、あたしだけだったんだろうか。それはそれは無造作に、布団の脇に脱ぎ散らばる自分の下着と一角さんの褌が、いやに虚しい。
「おい、ちょっと待て。そんなこと思う訳ねえだろ!おい!思ってねえよ、断じて!!」
いたたまれなくて両手で顔を覆ったら、がくがくと肩を揺さぶられた。
「だって俺言われてねえし!初めて聞いたんだぞ、今の」
『今の……?』
「その、……好き、とか、そういうやつ、俺は言ったけどお前からは聞いてねえ」
『そんな……!そんなわけない!』
「ある」
自信たっぷりに見つめられて、よくよく思い巡らせてみれば、溢れる想いはあれど口に出して言ったかとなると、どうも曖昧で、一角さんが言ってくれた時でさえ、息も絶え絶えでたぶん声にならなかった。
「紛いにも俺は上司で、お前がそういう女だとは思ってねえけど、押し切っちまっただけなんじゃねえかと不安になるだろうが」
不安になる、と言われて不謹慎にも次第に気持ちが上向きになる。
「そのくせ仕草とか触れ方が、何かすげえ………愛されてる感じっつーか、いつも、つか、今までも、つか、俺だけが知ってるお前なのか………、みてえな、……あぁ、もう何言ってっか解ンねえ」
甘える様に一角さんが肩口に顔を埋めてきたから、堪らずその頭を撫でた。予想に反して少しざらりとしたその感触を知るのはあたしだけであって欲しいと思う。
「つまんねえこと聞いて悪かった」
『もういいですよ』
「すげえ惚れてんだ。……どうしようもねえよ」
切なげな声が耳をなぞって、痛いぐらいに抱き締められる。もしこれが夢なら一生覚めなくていいと思った。
『愛されてる、感じ、じゃなくて、本当に、愛してます』
今度はちゃんと目を見て言った。てっきりまた照れて視線を逸らすかと思ったのに、一角さんは瞳を潤ませる。どうしようもねえよ、と重ねられた唇は震えていて、あたしまで鼻の奥がつんとした。深まっていく口づけに体中が痺れていく。
ちりんちりんと幸せの音が鳴った。
(了)