早起きは三文の徳?

吉良イヅル
「おっと」
『……ッ!すみません!』

 気合いを入れるべく伸びをした手が、誰かに当たってしまって、慌てて腕を引っ込めた。振り向けば、相変わらず下がった眉尻と右目に見下されたから、寿命が縮む。

「日向七席、少しいいかい」
『あ、はい!』

 吉良副隊長に廊下の方を目配せされて、即座に席を立って後へ続く。執務室へ通されて、ソファへ座るよう促されたけれど、副隊長を前に安々と腰掛ける訳にもいかなくてご遠慮した。

「座って下さい、先輩」
『先輩って……。いつの話してるんですか』
「とにかく。これじゃあ話が出来ない」
『……解りました』

 失礼します、と背筋を伸ばしてソファに浅く腰掛ければ吉良副隊長が微笑む。先月、七席を拝命した時もこの部屋に通されたけれど、どうも落ち着かない。いくら霊術院の後輩で、吉良くんと気安く呼びもした時代があったとはいえ、今となっては畏れ多くて、この空間には生唾を飲む他ない。

「今日朝礼で話したこと、どう思いますか」
『どう、ですか?いやァ、そんなあたし如きが意見するのも、おこがましいっていうか……』

 そしてこの切り出しに、ギクリとした。始業前に毎朝行われる朝礼は、隊長や副隊長の有り難いお言葉や、連絡事項の共有をはかる時間として充てられている。しかしだ、今日は締めくくりの一礼に滑り込みセーフで紛れ混んだし、自席に着いて同僚に連絡事項を確認する前にここへ来てしまったから、どうと訊かれたところで答えられる術など無いのだ。

「今日が初めてじゃないですよね」
『いやァ、……その、朝が超絶苦手なんですよねえ昔から』
「知ってますよ。だからって見過ごせないな」
『ごもっともです』

 誤魔化しなど通用する訳もなく、善処します、とは言ったものの、全く自信がない。人の性根というのはそう、ハイ解りましたと今日明日でガラリと変えられるものではないのだ。現に、今まで何度も時間に余裕のある行動を!と目標立ててやってみても、数日でその意気込みは染み付いた生活習慣を前に弾かれてしまう。そもそも朝礼を始業時間前に行うこと自体疑問だ、なんて挙げ句の果てに開き直るのが常だ。

「伝令神機、持ってますか」
『え?あ、はい』
「番号は」
『えっと……』

 あたしが答えるのと同時に、吉良くんは取り出した自分の伝令神機にそれを打ち込んでいるようだ。はい、と差し出されたメモ紙に列んだ数字はおそらく吉良くんの番号で、吉良くんの顔とメモ紙を交互に見比べる。  

「どうしたんですか」
『いや、入れ方が解んないっていう……』
「先輩って機械オンチだったんだ」
『すみません』

 可笑しそうに笑われて、穴があったら入りたい。差し出してくれた手に伝令神機を預けたら、まずこの釦を押して、だとか丁寧に教えてくれる。はァ、とか気の抜けた返事をしていたら、本当に解ってますかと念をおされて、苦笑いを返したら向かい合って座っていた吉良くんが隣に腰掛けた。

「いつも何時に起きてるんですか」
『七時半くらいでしょうか』
「じゃあ、明日から七時に起こします」
『……へ?』
「女性は色々と時間が必要でしょうから」

 懇切丁寧に伝令神機の操作を説いてくれていた吉良くんが発した言葉の、意味を理解しかねて吉良くんを見た。伝令神機の画面からあげたお互いの顔が思いの外近くにあって固まった。髪跳ねてますよ、なんて至近距離の吉良くんが微笑むから心臓に悪いことこの上ない。

「先輩を七席に推したのは僕だ」
『え、』
「だから示しがつかないのは困るんです」
『はい、すみません』
「……僕、褒めてないですよ」

 何笑ってるんですか、と怪訝な顔をされて慌てて口元を隠した。へらへら笑っているというよりは、思わずニヤけてしまったといえるこの口元は、副隊長に実力を認めてもらえたという喜びからであって、決して吉良くんにモーニングコールしてもらえるという邪な気持ちからではないと自分に言い聞かせた。

「イヅルも男やったんやなぁ」
「市丸隊長……!」
「やっと訊けたんやね」
「なッ……!ちょ、」

 本当は申告した時間より一時間も後に起きているなんて、始業三十分前に起床するなんて言ったらどんな顔されるだろうなんて考えていたら、いつの間に戸口に立っていた市丸隊長に吉良くんが慌てて駆け寄っていく。

「こういうん何て言うか知ってる?職権乱用、言うんやで」
「ッ……!」

 いい加減にして下さい、なんて頬を紅く染めた吉良くんが必死に市丸隊長を廊下へ押しやろうと悪戦苦闘している。いつもみたいに冷めた目で、適当にあしらえばいいものを、どうしてそんなに吉良くんは真っ紅な顔をして慌てふためいているんだろう。
これじゃまるで、まるで―――――

「良かったなあ、イヅル」
「はい?」
「ほら、頑張ったかいあったみたいや」

 押し問答する二人がはたと動きを止めて、視線が刺さる。一体自分がどんな顔をしているというのか解らないけれど、ただ、首から上に全身の血液が集まっているのは確かだ。

「ていうかイヅル、今朝は副隊長会議やて言うてなかった?」
「そうだった……!」
「何や今日はイヅルらしないなァ」
「僕もそう思います」

 咳払いをした吉良くんは、そういうことなので日向七席も業務へ戻って下さい、なんて言い残して行ってしまった。そういうことってつまりどういうことなんだと一人ぐるぐる考えていたって仕方がない。市丸隊長の面白そうな視線から逃げるように執務室を後にした。



(了)





「で、先輩……何で、何で今日も遅刻なんですか!?」
『いや、その、あれ……寝坊です』
「僕ちゃんと起こしたでしょう!?」
『……はい、それはもう、幸せな朝のひと時で』
「じゃあ、何で!?」
『えっと、その、…………二度寝を少々』
「はい!?」

(だって昨日ドキドキして、全然眠れなかったんだもん……!)



ほんま朝苦手すぎるから誰かにモーニングコールして欲しいと思って、してくれそうなメンズ第一位が吉良くんでした。

てか吉良くんにモーニングコールなんかしてもらったら別の意味で起き上がれないよね……(腰砕け)



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