死亡フラグ

平子真子
「おっス、椿姫!結婚しよか!」
『…………馬鹿なんですか』
「ちょォ待て、椿姫!バカて何やねん!」
『馬鹿なんですか』
「何で二回言うねん!長年待ち焦がれた恋人からのプロポーズやぞ!?なんやそのリアクションはァ!?」
『久しぶりィ!みたいなテンションで言うことじゃないでしょう!?それと隊長、一体いつ誰が誰の恋人になったんですか』
「隊長やのォてシンジて呼べ言うとるやろ、もう忘れたんか?しかも今オレ隊長ちゃうし、死神ですら無いわ」
『知りませんよ、そんなこと』
「冷たいやっちゃなァ。……ほんでその他人行儀な喋り方は何やァ!?敬語なんか使いよって。ほんでその標準語も何や!?誰に仕込まれたんやそんなやらしい喋り方!!」
『やらしい!?どこがやらしいねん!?ってゆーか、あんたに喋り方どうのこうの言われる筋合いも、プロポーズされる謂れも無いわ!』

 来客、と示された廊下で、記憶の中のそれより短く切り揃えられた金髪が揺れる。
 その懐かしさに、目が眩んだ。



***
**
*



『なぁ、ひよ里』
「んー?何や、椿姫」
『今度平子隊長にな、シャンプー何使ってるか聞いといてくれへん?』
「そんなん聞いてどーすんねん」
『だってサラッサラやん、あの人の髪』
「椿姫かて十分サラサラやん。あんなんと同じモンつこたらハゲうつる!!やめとき!!」

 ひよ里は一番の友達だった。



***
**
*



「ゲッ、ハゲシンジ……!」
「ヒトの顔見るなり、ゲッて何や!オマエはホンマに失礼なやっちゃなァ、ひよ里ィ」
『こんにちは、平子隊長』
「コンニチワ!……って、ハ!?おい、ひよ里ィ!?オマエにこないなぺっぴんな友達おるとか聞いてへんぞ!?」
「やめろや、ハゲェ!!!誰に許可もろて椿姫に近付いとんねん!!聞いとんかコラァ!!?手ェ握るなァ!!!」

初対面は、想像通り、剽軽な人。



***
**
*



「もーらいッ!!」
「ア"!?おいコラひよ里!!何ひとのモン勝手に横取りしとんねん!!」
「何言うてんねん、端に避けて嫌そうにしとるから代わりに食べたってんねやろ!」
「アホか!!!俺は好きなモン最後にとっとくタイプなんじゃボケェ!!椿姫も笑とらんと何とか言うたってくれ、このアホンダラに!」
「誰がアホンダラやねん!?あんたよりマシや!ハゲカスシンジ!!」

 非番を合わせて一緒に食事に行くくらいには仲良くなった。



***
**
*



「椿姫。オマエ来月からうちの四席なァ」
『はい?』
「隊長には任命権っちゅうんがあんねん。知らんのか」

 初めて言葉を交わしてから三年目の春、五番隊の四席になった。



**
*



『隊長、お先に失礼します』
「お、終わったんか、椿姫。お疲れサン!ほな、俺もかーえろ」
「隊長、今何と」

 業務終了の挨拶に向かった執務室で、立ち上がりかけた真子に、惣右介さんの筆が止まった。

「しゃァから帰る言うてんねん。惣右介も適当に切り上げてさっさと帰れよ」
「つまらない冗談はよして下さい」
「アホか。俺がおもろないジョーダンなんか言うわけないやろ。ほな、お疲れサ……」

 惣右介さんによってドサドサと重そうな音をたてて机上に置かれた書類に、真子の口元がひくついた。

「全て隊首印が必要な書類です」
「明日でええやんけ、明日で」
「そうやって先延ばしにしてきた結果がこれです。今日こそ仕上げて頂きますよ」
「今もう何時や思てんねん」

ここにひよ里が居たら「あの顔腹立つわァ…!」と青筋を浮かべそうな、あからさまに面倒くさそうな顔をした真子は、惣右介さんに印鑑を投げつけた。

「押したいんやったら勝手に押したらええ。俺は帰る!!」
「ただ押せばいい、というものではないんですよ、隊首印は。ちゃんと内容を確認して頂かないと」
『そうですよ、隊長。決裁した後にそんなん知らん、じゃ済みませんよ。なんぼ惣右介さんが優秀な人やからって、丸投げはあかんと思います』

 見かねて口を挟めば恨めしそうな顔をした真子が舌打ちをした。はいはい分かりましたァ、という言葉とは裏腹に真子はあたしの横に並ぶ。

「隊長、」
「分かったァ言うてんねん。休憩や休憩。一、二時間したら戻ってくるわ」
「……分かりました」
「その間に自分の分終わったら先帰っとけよ、惣右介ェ。あ、様子見になんか戻ってこんでええからな」
「…………」
「何や、その目はァ!?惣右介ェ!疑ごとるやろ!ちィと休憩したらちゃんと戻って大人しゅう仕事するわい!」
「…………お疲れ、椿姫くん」
『お疲れ様です、惣右介さん』
「無視すなァ!!!」

 あしらわれた真子を笑えば、じとりと見下された。相変わらず、綺麗な金色の髪がさらりと揺れる。
 
「なんや最近物騒やからなァ、送っていくわ」
『あたしの自室まで30秒やねんけど。誰に襲われるん?』
「……ほな俺が送り狼になってもええ?」
『本末転倒やん。てか、調子乗りすぎ』

 肩に回された真子の手の甲を抓る。スキンシップが過ぎるのは今に始まったことじゃないけれど、呼び捨て出来る様になった今もこれだけは慣れない。
 ドキリとした胸の内を誤魔化す様に睨めば、昔はもっとかいらしかったのになァ、なんて遠い目をした真子は解放した手の甲を擦った。

「ほんで何で惣右介のことは惣右介さん、で、俺ンことは隊長やねん」
『隊長やから』
「惣右介かて副隊長やんけ」
『……別にええやん、何でも』
「まァ、それもええかもなァ、………秘密のカンケーっちゅう感じで」
『アホちゃう』

 ニタリとした笑顔が向けられて、今度からは常に隊長と呼んでやろうかと画策する。人前では隊長と呼ぶし敬語も遣うけれど、周りに人が居なかったり、ひよ里や親しい人の前だけでは真子と呼んでいる。一度そういう噂がたってしまったことがある手前、人目が気になる、というのが本音だった。

「あ、厠貸してくれ」
『はァ?』
「便所や、便所!!」
『何でわざわざうちのン使うねん。すぐそこやねんから自分とこでしたらええやん』
「ええやんけ別に。早よ開けェ、ここでしてもええんか」

 無駄口を叩いてる間に早々と着いた自室前で、真子が袴の中心に手をかける。慌てて開けた障子の間に真子を押し込んだ。

「椿姫、茶ァ!」
『……ここでするん、休憩』
「当たり前やんけ」

 厠から出てきた真子は、ちゃぶ台の前に腰を下ろしてふんぞり返る。熟年夫婦の旦那かと思う程にその態度はふてぶてしい。


『休憩するんはええけど、ちゃんと戻って仕事しなあかんで』
「分かってますー。最近ずっとバタバタしよるん知っとるやろ。ちょっとぐらいゆっくりしたって罰当たらんわ」
『それはそうやけど……。惣右介さんかて最近なんや無理しとるんかして、様子おかしいやん』
「はいはい、椿姫が大好きなごっつぅ優秀な惣右介さんコキ使う出来損ないの隊長で悪かったのォ」
『別にそこまで言うてないやん、何カリカリしとるんよ』
「してへんわ、ボケ」

 座布団を枕にして、不貞寝するかの様に横になった真子は目を瞑った。

『甘いモンでも食べて、機嫌直し』
「……食べさして」
『アホ。お茶も淹れてきたし』
「口移しでええで」
『顔に熱々のンぶちまけて欲しいん?』
「それは俺が布団の上で言うセリフや」

 起き上がってきたドヤ顔の真子がずずっと熱い煎茶を啜る。そうしてあたしが差し出したみたらし団子を、たれが落ちない様に器用な舌使いで一粒一粒絡め取っていく。

「何見惚れとんねん」
『な、……はァ!?見惚れてないわ!てか、自分で持ってよ!』

 最後の一粒が刺さった串を揺らせば、その手を真子の大きな手が包む。そのまま最後の一粒をまた器用な舌が絡め取っていく。

『下品!!!!!』

 必要以上に舌を艶かしく動かす真子に、握られていない方の手で平手打ちをしようとしたら、ヒョイと躱された。ごっそさーん、と満足そうな声をあげた真子はそのまままた寝転がる。

「二人きりなん、久しぶりやなァ」
『そう、かな』
「そうやわ。いっつもひよ里のアホが椿姫の周りウロチョロしよるからなァ」
『アホ言うたん、言うといたろ』
「言わんでええわ」

 改めて、二人きり、なんて言われるとなんだか手汗が吹き出した様な気がする。誤魔化すようにみたらし団子を頬張ったら、喉が詰まった。慌ててお茶で流し込んだら、何しとんねん、と真子が笑う。

『……何?』
「ここ、ついとる」

 真子に手招きされて、少し近付けば、細長い腕が伸びてあたしの顎を捉えた。そうしてあたしの口許についたたれを指で掬ったと思ったら、それをちうと舐め吸った。

「子どもか。かわええやっちゃのう」
『真子……、あんたホンマええ加減にしときや。誰にでもそんなことしよったら、勘違いした子にいつか刺されるで』

 至極自然な所作でそれをやってのけた真子に呆れ返って溜め息が出た。
 特別なのかも知れないと一喜一憂していた時期もあったなァ、といつかの自分と誰かを重ね合わせて、不憫に思う。

「誰ンでもしょるワケちゃうわ」
『全っ然説得力無いわ』
「何がやねん」
『口開いたらどこぞの何席がカワイイとか、そんな話ばっかりやん』
「そんなん別に俺だけちゃうわ、男は皆そんなモンや。だいたいカワイイ子にカワイイ言うて何が悪いねん」
『期待するねん、女の子は!』
「おう、期待したらええやんけ、大歓迎や」

 たぶん、言いたいことの一割も伝わってないだろうと諦めて、それ以上は何も言わないでいた。
 一つ息を吐いて黙り込んだあたしをからかう様に、真子の手が後ろで一つにまとめたあたしの髪を弄ぶ。

「椿姫ー」
『………』
「なァ、椿姫ー」
『何』
「それってなァ、………「私も期待してます」って言うとるように聞こえんでェ」
 
 いつも優しい真子を好きになるのに時間はかからなかった。たまに特別扱いしてくれるのが嬉しかったし、肩に回される腕にもドキドキした。
 でも女の子になら誰にでも優しくて、調子がいい真子からの決定打はいつまで経っても無かった。

 虚しくなるからいちいち期待するのはやめた。そのうち冷ややかに流せるようになった。他よりは少しだけ親しいだけの、ただの部下、を上手く演じられていると思っていたのに。

「椿姫?何やねん、何か反応せえ……や」

 髪を弄ぶのをやめて、起き上がった真子に顔を覗き込まれた。その反応で、あたしの顔がおかしいのだと気付く。全身の熱が集まったかと思う程に熱い顔を、咄嗟に膝に埋めたけれどもう遅かった。

「椿姫。おい、椿姫!ちょォコラ、オマエ顔見せェ!」 
『嫌や!』
「アカン!見せェ言うてんねん!」
『いぃやぁやーーー』

 もみ合った末、組み敷かれた畳の上、あたしを見下ろす真子の顔はこわくて見られないから顔を逸らした。

『あーぁ。真子のせェでお茶こぼれたやん』

 視線の先で、倒れた湯呑みから流れたお茶が卓上から滴る。そんなことは正直どうでもよかったけれど、話を逸したくて口にした。
 俺に惚れとるんか、なんて意地悪く笑ってあたしをからかい倒す真子がありありと想像できて、恥ずかしさのあまり死にそうで泣きたくて目を瞑って下唇を噛む。

「……椿姫。そんな顔、俺以外の下でしたらアカンぞ、絶対。………それとももう、見せたんか」

 予想に反して、上から降ってきた低い声に、あたしをからかう素振りは無い。

『……何の話?』
「惚れとる奴おるクセに、オマエこそ期待さすなやボケェ……!」

 あたしの手首を抑えつけていた真子の手が、より一層力強くなる。僅かに怒気を含んでいる様な声色が気になって真子を見返したら、眉根を寄せて険しい顔をした真子の細長い指があたしの前髪を払った。

「お前に十年来忘れられへん男がおるっちゅうんは知っとる」
『………え?』
「俺より背ェ高て男前で優しゅうておもろい、非の打ち所の無い奴や、て」
『え、………っと、』
「そんな出来た奴、ホンマに存在するんかて半信半疑やったけど、」
『ちょ、』
「いつまで経っても俺になびく素振り無い椿姫見とったら、嫌でも認めざるを得んかったわ」
『おーい!』

 つらつらと勝手に話し始める真子を止めるべく、解放された方の手で、垂れ下がる金髪を引っ張った。

「痛ッ!何やねん!ヒトが喋りよる時に話の腰折るなや!」
『いやほんま何かシリアスな顔してるとこゴメンやねんけど、何の話しよるん?』
「何の話て……オマエが惚れとる、」
『だからそれ誰?』
「ハァ?どこの誰かまでは聞いてないけど、背の高い男前で優しゅうておもろい、非の打ち所の無い奴、なんやろ?」
『そんな人おるんやったら是非紹介して欲しいんやけど』
「……なん……………やと…?」

 にわかに沈黙が流れる。目を見開いた真子は瞳を揺らして、微動だにしない。少し心配になってきたあたりで、瞼を瞬かせた真子の表情は怒りらしきものに変わっていった。

「あンのハゲカスひよ里のボケがぁぁああああ!!!」
『!?』
「まんまと嘘教えよってあいつ!!!今度会うたら絶対許さん!!!許さんぞ!!!絶ッッッ対どついたる!!!」

 怒りにわなわなと両手を震わせて、真子はどこかを睨みつけている。

『大丈夫……?真子』
「全然大丈夫ちゃうわ!大丈夫ちゃうけど……………」

 よかった、と呟いて真子はあたしを抱き締める。いつもなら、調子にのるな、なんて張り手でも繰り出しているところだけれど、今はそんな気は起きなかった。

「椿姫、」

 あたしの頬をくすぐる金色の髪を耳にかけて、真子の低い声があたしを呼ぶ。されるがままになって絡められた指を握り返したら、微笑んだ真子が目を閉じた。



【緊急招集!緊急招集!】
【各隊隊長は即時一番隊舎に集合願います!!】

 突如、警鐘が成り響く。驚いて目を開けたら、真子の顔がもうすぐそこまで来ていた。

「何っっっっやねん!!空気読めやボケェ!!こんなタイミングありえるか!?もうええ!!無視や無………!!?」

 それは、魂魄消滅事件の調査で流魂街に出向いていた九番隊の異常事態を報せるものだった。

『う、そ……!?拳西さんと、白さんの、霊圧反応が………消失……?』
「どないなっとんねんッ……!」

 クソが、と吐き捨てた真子が隊首羽織を翻して立ち上がる。
 続いて出た廊下で、振り向いた真子が徐にあたしの頭を撫でた。

「しゃァないから、行ってくるわ。帰ったらちゃんと話するから、風呂入って体キレーにして待っとけよ」
『あほ。そんなんゆーてる場合ちゃうやろ。早よ行き!』
「おう」

 一瞬、笑って、次の瞬間に隊長の顔になった真子の影が消えた。

 繰り返し、警鐘が鳴り響く。ざわざわと表へ出てきた隊士達を、惣右介さんが落ち着く様に宥めていた。

 ざわつく胸の内が治まらぬまま、朝になったけれど、真子達が帰ってくることは無かった。



***
**
*



「失礼します!日向四席、阿近三席からの伝令です。」
『阿近から?何』
「「この件が無事片付いたら焼肉連れてってやる、って約束、無かったことにしてくれ」、だそうです」
『は?』

 本当にただそう伝えるようにとだけ言われて来たんだろう。横に跪いた隊士は、自分も訳が分からないという表情であたしを見ている。

 十刃が今侵攻している空座町は、流魂街の外れに造った現世のレプリカだ。戦いの最中、転送装置である四本の転界結柱の内、一つが壊された。
 緊急用の結柱で回帰が食い止められたとはいえ、正式な被害状況を把握するべく、あたしは尸魂界側にある本物の空座町で確認作業をしていた。

 この張り詰めた空気の中で、わざわざ寄越すには場違いすぎる伝令に首を傾げた。
 一見意味を為さない様なことだけど、あの阿近が理由もなくこんなことをする奴では無いことは分かっていた。
 思い至ったことが見当違いでありますように、と祈りながら、技局までの道のりを急いだ。

*

『阿近!』
「……椿姫か」

 入室装置に手をかざせば青い光が許可を示して、扉が開いた隙間から滑り込めば、緊迫した状況だというのが嫌でも解る。モニターから目を離さぬまま、それぞれが鍵盤の上で忙しなく指を動かしている。
 指示を出す阿近の横に立って、邪魔にならない様伺いながら不安に思っていたことを口にした。

『阿近、まさか阿近まで戦線に出るとか言わないよね?』
「俺が、あそこにか?行く訳ねえだろ」
『もうビックリさせないでよ』
「誰がそんな噂流してんだよ」

 ちらとこっちを見た阿近が、鼻で笑った。
 霊波を示すモニターのあちらこちらで、色の違う霊波が衝突している。


『阿近が変な伝令寄越すから勘ぐっちゃったよ。だったら何なの、あれ』
「焼肉か」
『無かったことにする、って何。そんなに悪いの、戦況』

 モニターに目を凝らしたけれど、どれが何の霊波なのか分からないあたしには無意味なことだった。

「まァ、良くは無ェな。だがそれは関係無ェよ」
『………?』
「お前と二人で飯なんか行ったら、どつかれそうだからな」
『どつかれる?……誰に?』

 怪訝に思って阿近を見たら、顎で示された一つのモニター。さっきまでただの霊波を表示していた一画に、鮮明な映像が浮かび上がった。

『………阿近、…あれ、………誰?……』
「そんなこと、お前の方がよく知ってるだろう」

 珍しく口角をあげた阿近が、あたしを見て頷いた。
 鮮明な映像の中で、赤紫色の柄をした刀を片手に、金髪のおかっぱが市丸ギンと相対していた。
 髪はカナリ短いし、隊首羽織ももちろん着ていないけれど、見間違う訳がなかった。

「嬉し泣きするはまだ早ェぞ。戦況が厳しいことに変わりは無ェ」
『……分かっとるわ、ハゲ……!』
「久しぶりに聞いたな、それ」

 今日はよく口角をあげる阿近の視線の先には、二つ括りの後ろ姿があった。

 あの朝、血相をかえた藍染から事の顛末を聞かされてすぐ、向かった郛外区で目にしたのは抉れた大地とすすだらけの森。
 当時、喜助さんの研究の実験代になった真子たちは虚になったと聞いた。落ち込んでいる暇はなかった。急に隊長が居なくなって皆が狼狽える隊を、真子が率いていた五番隊を、立て直すことに必死だった。

 そして体制が落ち着いた頃、席次が下がっても構わないから、と十二番隊に異動した。
 真子たちがどうなったかは分からないままだった。けれど何かしていたかった。喜助さんが残した技局に居れば、何か掴めるんじゃないか、とただその一心だった。

 鼻を啜って死覇装の袖で目頭を拭う。持ち場へ戻る道中、上がりそうになる口角を引き締めて地面を蹴り急いだ。



***
**



「何でもっと嬉しそうにせェへんねん!?お前まさか……、俺がちィとおらん間に、他の男に抱かれたんちゃうやろなァ!?」
『………』
「!?何やお前!何で目ェ逸らすねん!おい椿姫!こっち見んかい!!!おい!!どこのどいつや!?ゴラ椿姫、どこ見とんねん!?………って、阿近!?阿近かオマエ!?」

 あたしが助けを求めて送った視線の先に、阿近を見つけた真子が声を張り上げる。見つかった阿近はといえば、面倒くさいことに巻き込まれまいとしたのか、苦笑いを浮かべて、少し後ずさった。

「ちィと見ん間にえらいデカなったのう、阿近。ええ男になって…………って、お前か阿近!!!そんな角なんか生やして、俺の椿姫に何したんや!?」
「いや、してねえスよ。何もしてねえから、もうちょっと静かにしてもらえませんかねえ」
「ホンマか!?ホンマに一回も手ェ出してへんのか!?なァ!?先っちょだけやからセーフとか思てんちゃうか!?俺ァ先っちょだけかて許さへブッッ」
『ココどこや思てんねん!人の職場で下ネタ喚き散らして、何考えてんねん!!あんたには羞恥心てモンが無いんか!?』
「アホか!そんな下世話な話してんちゃうわ!大事なことや!だいたい技術開発局なんかなァ、他人のこと覗き回って、他人の身体こねくり回すことしか考えてへん変態の集まりや!そんな連中の前で羞恥心もクソもあるかい!!」

 一発平手打ちを食らわせたのに、技局をこき下ろす真子に胸倉を掴まれた阿近は、心底面倒くさそうな顔をして溜め息を吐いた。

「あそこ、好きに使って下さい。監視蟲とか居ねえから」
「……おおきに。行くで、椿姫」
『は!?ちょっと待って、あたし仕事中……!』

 いつの間に出来た人だかりの合間をぬって、示された一室へ真子に引きづられながら、阿近を振り返ったらシッシと手を払われた。
 中へ入って、後ろで扉が閉まって、眉間に深い皺を刻ませた真子が振り向いた。

「何で見舞いに来ェへんねん。探すん苦労したわ」

 黒崎一護によって藍染は倒され、喜助さんによって封印された。何人もの負傷者が出た。真子も例外でなく、四番隊舎に入院して治療を受けているということは耳に入っていた。

『街ごと尸魂界と現世を入れ替える、なんか前代未聞のことしてんから、いろいろ事後処理とか忙しいねん、十二番隊は』
「……まァ、何にしろ、一番心配しとったあの藍染の元から離れとったんは賢い選択やったな。褒めたるわ」

 優しい顔になった真子があたしの頭を撫でる。最後に会った夜のことを思い出して、胸が苦しくなった。本当は、すぐに会いに行こうと思えば行けたけど、遠い昔のこと、忘れられていたらと思うと怖くて、行くのが憚られた。

「椿姫。泣きたかったら泣いたらええ、俺の胸でな」

 会いたい気持ちと不安が入り乱れて、収拾がつかなくなる程の気持ちを抱えて、無理やり仕事に没頭したあたしの不安は、両手を広げた真子にやすやすと取り払われる。

『俺の胸でな。とちゃうわ!だいたい100年以上も何の連絡も寄越さんと放ったらかしにしとったん、どこの誰やねん』
「アホか!俺はこの100云年ずーーーっとお前に、あっついあっついラブビーム送り続けとったんやぞ!」
『何やねん、ラブビームて!全っ然届いてへんわ!』
「俺の愛を受信出来へんかったお前がポンコツなんや!俺は好きなモン最後にとっとくタイプや言うとるやろ!」

 全ての黒幕が藍染だったと知された時、それまで感じたことの無い感情で体が震えた。それでも現世で喜助さんが見つかったと聞いた時、僅かな希望を抱いた。

『意味分からんわ……。定番の死亡フラグ残したままおらんくなりよってなァ、………どんだけ心配したと思てんねん』
「何やねん、それ。お前が勝手に立てたただけやろ。へし折ったるわい、そんなしょーもないフラグ」
『どんだけ、どんだけ………ずっと、会いたかったと、……思てんねん……!』
「………こっちのセリフや」

 引き寄せられた胸の中で、長い間焦がれ続けた真子の匂いに包まれた。記憶の中より、ずっとずっと強い力で回された腕に応える様に夢中でしがみつく。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を、かわいいと言ってくれる真子と、溶け合う様に唇を重ねた。



(了)



このあとむちゃくちゃセ(※自己規制)
七夕記念に書き始めたのに、全然間に合わんかった……。

101年越しの護廷隊の織姫と彦星に幸あれ!!!



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