猟奇的ポーカーフェイス

斑目一角
「おい、てめ、本気じゃねえかよ……!」

 泣く子も黙る十一番隊の、第三席である斑目一角の上に跨り、その目玉にクナイを突き刺さんと苦闘している一人の女、二番隊所属、日向椿姫、この二人は紛れも無く恋人同士である。
 恋人との逢瀬にまで斬魄刀以外の武器を懐に忍ばせている様は、元隠密機動である名残りか、正直ツッコみたいところが二、三ある一角だったが、今はただ、この己の目玉を貫通させんと迫るクナイを退かせることに全神経を集中させる他無かった。

「随分と精巧な義眼をつけていらっしゃる様で」
「はァ!?義眼!?ンな訳ねえだろ」
「では尚更、節穴を空けて差し上げないと」
「はァ!?てめ、全く意味が解んねえんだよッ……!」

 ギリギリと続くせめぎ合いに終止符を打ったのは一角の方だった。椿姫はクナイを持つ両手を弾かれ、勢い余ってそれが畳に刺さった。あれよあれよという間にうつ伏せにされた背中に腕をひねり上げられて、一瞬にして形勢逆転である。
 ついさっきまで、馴染みの呑み屋で、それなりに馴染みの顔ぶれと、楽しく騒いでいたというのに、どうしてこんなことになっているのか、一角には見当もつかなかった。
 一角の自室に入るまで、微塵も変わった様子の無かった椿姫の膝の上に、いつもの調子で一角が自分の頭を預けようとした時、それが一変した。

「反乱分子に認定でもされたってのかよ」

 隠密機動といえば、十一番隊とはまた違った物騒なイメージがなきにしもあらずであることは言い舐めない。椿姫が元隠密機動であること以外に、具体的にどんな部隊に所属してどんな任務についていたのか、機密事項にあたるか否かの判断は別として、一角にとってはどうでもいいことであったから訊こうともしなかった。
 まるで予想もしていなかった事態とはいえ、椿姫があえて沸き立つ殺気を隠すことなく向かってきてくれたから反応できたものの、これがもし任務の如く淡々と処理されていたらと思うと、一角は背中に油汗が滲むのを感じて心中で自嘲した。と同時に、ともすれば、これが任務ではないということも、言葉とは裏腹に察しがつく。

「ひどい……!」

 仰向けにさせた椿姫は充血した瞳に涙を一杯溜めて一角を睨みつける。一角はいよいよ椿姫が解らなくなった。職業病といえる、涼しい顔をしながらも常に辺りを警戒して神経を尖らせていた椿姫が、随分と気の抜けた顔で笑うようになったのを一角は嬉しく思っていた矢先のことだったからだ。
 また変な真似が出来ない様に念の為、椿姫の両手を側にあった着流しの帯で縛った。先に手荒な真似をしてきたのは椿姫の方であるのに、まるで可弱い乙女を辱めているような気持ちにさせられた一角は一瞬、怯んだ。
 ふと思い当たるところがあって、どうも様子がおかしい椿姫の口元に鼻を近付ければ案の定、僅かにだが、酒の匂いが掠めた。

「下戸の癖に!一丁前に酒なんざ呑みやがって」
「私の勝手でしょう!」
「美人だなんだと京楽隊長の世辞を真に受けでもしたか」
「なっ……!」

 ばたばたと全身を動かして、一角の拘束から逃れようとする椿姫だったが、悔しいかなそれは叶わない。
 椿姫がこんなにも感情を剥き出しにするのは珍しい、というか初めてかも知れないと一角は思った。下戸とは知らずに初めて酒を酌み交わした時も、それまで一寸も顔色を変えず談笑していたにも関わらず、突然事切れた様に後ろの壁に倒れ込んだ。ちなみにこの時椿姫が呑んだ酒の量といえば、お猪口一杯である。目を覚ました椿姫に下戸なら先に言えと呆れ調子で諭した一角に、生まれてこの方酒を口にしたことがなかったから私も初めて知りました、と宣った椿姫に呆れを通り越してもはや笑うしかなかった。

「下戸の癖に酒癖まで悪ィってお前どうしようもねえぞ、ソレ」
「どうしようもなかったら、何」
「何、ってこっちが訊きてえっつの」

 どうした、と一転して優しい声色の一角に椿姫は言葉を詰まらせた。実に自分本位な逆恨みだと今さら自覚したからだ。
 酒が入れば男同士、多少下世話な話にもなり得よう。どんな異性が好みか、そんな流れで一角が吐いた身持ちの固い女がいい、という言葉が椿姫の心の内を抉った。

「私は、あなたが好むような女じゃない」
「何だ、急に」
「私の初床は諜報対象の男だった」

 そう漏らした自分の声が酷く弱々しく、とても滑稽だと椿姫は思った。それが任務である以上、何ら抵抗はなかったし、むしろ巧く務めなくてはと使命感すらあった。そういう任務が一回きりだったわけでもなく、だからと言って今の今までこれ程までに後ろめたさに駆られたことなど一度も無かった。
 それでもあえてそれを恋人の前で口にできる程、誇りを持てていなかったのだと椿姫は気付いてしまった。こんなにも目の前に居る男にだけは、嫌われたくなかったのだと、相応しい女で在りたかったのだと思い知った。

「身持ちの固い女とは、到底かけ離れてる」

 それを棚に上げたとしても、何の色香も可愛げも気立ての良さも持ち合わせない自分のどこが良いのかと、椿姫は疑問に思うことが間々あった。それでも、人を見る目は有ると言い張る一角におされる形で今の二人がある。でも、最初から一角がそんな女が好みだというのを知っていたら、椿姫は近付きもしなかっただろう。
 なら、一角の目が節穴だったのだ、とこんなに惚れさせておいてから、奈落の底に突き落とすような真似をするなんて、なんて酷い人だと、本当に逆恨みもいいところだと椿姫は自嘲してついに全身を脱力させた。

「悪かった」

 両手の帯を解きながら、一角が呟いた謝罪の言葉が何に対してのものかは椿姫には解らなかったが、一角が何に対しても謝る必要が無いということだけは解っていた。

「なん、で、謝らないでよ」
「お前にそんなこと言わせて謝るのは当然俺だろうが」
「違う!私が自分勝手で卑屈なだけだ」

 ぎゅうと一角に抱き締められた椿姫は、色んな感情が入り乱れて声を押し殺して泣いた。時折、しゃくり上げる椿姫が少しでも落ち着けばいいと一角は椿姫の髪をそっと撫でた。
 一角は自分の一言を悔やむと同時に、驚きもあった。前と比べて幾分か表情が柔らかくなったとは言え、まだまだ椿姫の本心が読めないと思うことが間々あったから、まさかこんなにも想われているだなんて、ここまで泣かれると手放しでは喜べないとは言え、嬉しい誤算だった。自分勝手さなら負けてないと一角は思った。

「魔が差して浮気でもしたってンならまだしも、そんな昔の、しかも何であれ仕事だろうが」
「だって……」
「だってもクソもねえ。そんなこと言や俺だって万人に褒められる様な生き方してきちゃいねえよ」

 莫迦だな、と言う一角が吐いたその言葉は一般的に人を蔑む意味を含むはずなのに、どうしようもなく優しく響くその言葉が椿姫を包み、心底安堵させた。
 だいたい百歩譲って椿姫が一角の好みでなかったとして、そんなことは本に取るに足りないことだと、一角は思った。何があったって椿姫は椿姫なのだ。ポーカーフェイスである椿姫を射止める為にどれほど一角が注力したか、椿姫は知らないのだ。

「そんな事で泣く程不安になるなんざ、お前相当俺に惚れてンだな」
「……うん」

 泣き晴らした椿姫は憑き物がとれた様に素直だ。いつもの調子を取り戻すべく、からかい半分、わざと煽るような物言いをした一角は一瞬、面食らった。惚れた女に泣く程愛されて、嬉しくない男が居るだろうか。何とも言い表し難い衝動が一角の胸の内を突き抜けた。
 こんな時、そんな事ぐらいで揺らぐ程軟な気持ちじゃないだとか、愛してるだとか、歯の浮く様な科白を並べるのが正解なのかも知れないが、一角の性にはどうも合わなかった。
 さっきまで優しく撫で下ろしていた椿姫の頭をぐちゃぐちゃに撫で回した一角は、自分が持ち得る最大限の慈しみを乗せて椿姫の愛らしい唇に深い口づけを落とした。



(了)





「そういやお前、今日は意識飛ばさなかったんだな」
「え?」
「いつの間に匂いが残る程呑みやがった癖によ」
「特訓の成果かな」
「……特訓?」
「お酌だけじゃなくて、ちゃんと一緒に愉しめる様になりたかったの」
「…………(キュン死)」



酒は呑んでも呑まれるな。(教訓)

ケンカップル、いいよねッ……!



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