『檜佐木か』
「はい。今月号、持ってきました」
『そうか、ご苦労さん。松本なら、今居ねえぞ』
「え!?な、いや、……そうですか」
いつも松本が寝そべっているソファの辺りをチラチラと気にしていた檜佐木は、分かりやすく肩を落とした。
『あのサボリ魔のどこにそんな魅力があるんだか。俺にはさっぱりだ』
「そりゃあ、まぁ、………ねえ?」
瀞霊廷通信を差し出しながら鼻の下を伸ばす檜佐木は、きっとあらぬ妄想を頭の中で繰り広げているに違いない。
「ただ今戻りましたー」
「乱菊さん……!」
すかさず、どこからともなく出してきた貢物(松本の好物)を献上する檜佐木に、申し訳程度のお礼を言った松本はその包み紙をビリビリと破く。
「はい、じゃあこれ。修兵にもあげる」
「え、いいんですか!?ありがとうございます!」
『ありがとうって……お前、それさっき自分が持ってきたもんだぞ』
歓喜する檜佐木の耳には俺の言葉は届かなかったらしく、格別に美味いなどと妄言を口にしている。そして用済みとばかりに松本に適当にあしらわれている様は、毎度のことながら不憫でならない。
「では、失礼しました!………のぁ!?」
「わ、ごめんなさい……!」
退室しようとした檜佐木の声に顔を上げれば、倒れかける書類の山を抑えていて、その書類の山を抱えて現れた人物の声には覚えがあった。
『日向?』
「はい……、日番谷隊長、書類、持ってきました」
「やだ、椿姫!あんたまた押し付けられたんじゃないでしょうね」
日向はまだ席官でもなかったが、それ故にか書類運び等の雑用を押し付けられては、よくここに顔を出していた。
なんとか書類を机上に置いて、えへへと頭をかく日向は、檜佐木を見つけて何やら目を見開いた。
「修兵さん!」
「……え?」
『こら日向。他隊の副隊長だぞ。檜佐木副隊長と呼べ』
「あ、ごめんなさい」
「何、あんた達、知り合い?」
檜佐木の反応からするに、知った仲である雰囲気はない。案の定、いいえ、と首を振る日向と檜佐木だったが、相変わらず日向は羨望ともとれる眼差しで檜佐木を見つめている。
「いつも松本副隊長が、修兵って呼んでらしたので、つい」
「修兵さん…………か。構わないぜ」
檜佐木といえば松本の前じゃなぜか残念な男に成り下がるのだが、その松本が美男で手練と評する程、整った顔立ちと仕事熱心な様で、女性隊士からの人気は高い。
まして他隊の副隊長ともなれば、一般隊士が関わる頻度は格段に少ない。となれば、日向がこういった反応を示すのも当然といえば当然なのかも知れない。
「うわぁ……本当に修兵さんだ……!69って書いてる……!いつも話してるんですよ、みんな」
「え、何を?」
観察でもするようにくるくると檜佐木の周りを歩く日向を、檜佐木も満更ではない表情でそのままにさせている。
「松本副隊長に軽くあしらわれてるのに、めげずに纏わりついてかわいs…あ、可愛い人だって!」
「可愛い……だと………!?」
『今、可哀想って言おうとしなかったか』
例によって俺の言葉など耳に入らぬ檜佐木は、都合の良い言葉だけを汲み取って頬を紅く染めている。
「それでは日番谷隊長、松本副隊長、お疲れ様でした」
「おつかれー!」
『お疲れさん』
礼儀正しく一礼した日向は顔をあげて、修兵さんも、と言って松本に憧れて着崩した死覇装の胸の横で、小さく手を振って踵を返した。
なんてことはない一連の所作に、仕事を再開するべく筆を取ったが檜佐木が妙な反応をした為、すぐに手を止めた。
『檜佐木……?どうした』
「…………。」
突然、素早く胸のあたりを抑えた檜佐木は、放心状態で日向が去った戸口を見つめている。この檜佐木に効果音をつけるとすれば、トゥンクでまず間違いないだろう。
「今の……!今の子の、名前は……!?」
我に返った檜佐木に詰め寄られて、なぜか言うのが憚られたが、代わりに答えたのは松本だった。
「日向……、椿姫か……」
そうして檜佐木は懐から取り出した、おそらく取材用のメモ帳にその名前を書き込んでいる。
余談だが、日向はそのぽんやりとした雰囲気と可愛らしい顔立ちで、十番隊隊士の間で密かに人気がある。まぁそれが面白くない女性隊士からの雑用の押し付けという弊害があるのも事実だが。
「修兵さん……、いい………!!」
ぐっと拳を握る檜佐木に、面倒事が一つ増えそうな予感がして溜め息が漏れる。そして、大事な書類には墨が垂れた。
(頼むから仕事に集中させてくれ……!)
(了)