負けるが勝ち

斑目一角
「ごめんね、椿姫。ちょっと頼まれてくれない?」
『はい?』

 松本副隊長から差し出された書類の束の表紙には、上位席官にしか閲覧を許されていない重要書類であることを示す印章があった。

「これ、配達してやってほしいのよ」
『十一番隊、ですか?』
「そう。あたしちょっと今手が離せなくって」

 そう言って肩を竦めた松本副隊長の後ろを盗み見れば、机上にそびえ立つ書類の山が目に入った。内心ニヤけそうになるのを堪えて、分かりましたと頷いて、書類を受け取った。
 三ヶ月程前、十一番隊と聞いて押し付け合った末のじゃんけんで負けて、配達する羽目になってからというもの、その任をかって出るようになったあたしには、自然と十一番隊宛の届け物を託されるようになった。回を重ねるごとにその足取りは軽くなる。

『失礼しまーす。十番隊でーす。お届け物でーす』

 開け放された十一番隊の執務室の戸口から中を見やる。けれど、そこにはどこかで見たようなそびえ立つ書類の山しか見当たらない。一瞬、肩透かしをくらったような気になったのだけれど、今日あたしが手に持つのはなんてったって上級重要書類だ。回覧程度なら他隊受けの箱に入れてお終いなのだが、今日のは上位席官に手渡ししなければいけない。
 修練場の方へ様子を見に行こうかと踵を返した時、中からバサバサと書類の山が崩れ落ちる音がした。驚いて振り返ると、そこには綺麗に剃り上げた頭を抱えたあたしの想い人が居た。

『一角さん!?居たんですね!ってか、大丈夫ですか?』
「………?椿姫ちゃんか」
『おはようございます。もうすぐ定時ですよ?』

 笑いながら書類を拾う為、しゃがみ込む。寝惚け眼の一角さんの頬についた赤い跡を指摘すれば、一角さんは照れたように袖で顔を拭った。

『弓親さんは?』
「あァ、弓親か。二日前の討伐で変な菌もらったみてえでな。熱出して寝込んでる」
『え!大丈夫なんですか?』
「まァ、大丈夫だろ。それより椿姫ちゃん、俺を心配してくれねえか」

 書類を拾う為、あたしと同じようにしゃがみ込んだ一角さんは頭を垂れた。よしよし、とその頭を撫でれば、ガキじゃねえよ、と笑いながら手首を掴まれる。

「弓親が休んでるせーで見てみろ、この書類の山」
『普段いかに弓親さんにばかり書類仕事を押し付けてるか、ってことですね』
「……可愛い顔して手厳しいな、椿姫ちゃんよ」

 可愛い顔だなんて!内心飛び上がりたくなる程嬉しいのを隠して、一角さんの隣に座る。本来二十の席官やその部下に分担されて行う業務のほとんどを、弓親さんと一角さんの二人だけで廻しているのだからこの書類の量も頷ける。

「もう椿姫ちゃん、うちに来りゃいいんじゃねえか。いや、むしろ来てくれ」
『お給金はずんで頂けるなら考えます』
「ちゃっかりしてんな」

 隊長に直談判してみるか、なんて豪快に笑う一角さんについ見惚れて、誤魔化すように書類整理を始めた。

「…………って!当たり前のように手伝わせてっけど、いいのかよ」
『いいですよ。こんなの見て、ほっといて帰れるほど薄情な奴じゃありません』
「つっても、もう定時だぞ」
『大丈夫です。松本副隊長に直帰でいいって言われて来ましたから』
「椿姫ちゃん……、女神か?」

 大袈裟に感動した様子の一角さんは、よし、と袖を捲り上げて本格的に仕事にとりかかった。その男前な横顔を盗み見て、ここに弓親さんがいたら、いつもその調子でやってくれないかな、なんてチクリと言いそうだな、とこっそり笑ったら、一角さんに気付かれて、何だよ、と頭を撫でられる。

『弓親さん、早く元気にならないかなぁって』
「また弓親かよ」
『十一番隊でも菌なんかにやられたりするんですねぇ』
「椿姫ちゃん、俺らを何だと思ってんだ?別に不死身って訳じゃねェぞ」

 呆れたように頬杖をついて、片眉をあげる一角さんは、早々に書類に向かっていた手を止めている。おまけにそれを指摘したら、もう飽きた、と一角さんは机にうなだれた。

「あと、俺を何だと思ってるか知らねえが、そりゃ俺だって気になってる子が傍に居りゃ舞い上がって仕事も手につかねえよ」

 しばらく見つめあって、言葉の意味を飲み込む為、あたしは何度も頭の中で一角さんの言葉を反復した。一角さんはといえば、あたしを見つめたまま机を人差し指でトントンと一定の拍子で叩いている。

「いや、椿姫ちゃん」
『はい?』
「聞こえてるよな?」
『聞こえてますよ?』
「だったら何か反応してくんねえか」

 俺だけが恥ずかしいじゃねえか、と口元を抑えて頬を紅く染めた一角さんに、これはもしかして、もしかしなくてももしかするのかと途端にあたしの心臓はドキドキとし始めた。

『しっ、書類仕事が捗らないのはいつものことじゃないですか』
「……まァ、そうだけどよ」

 この期に及んで、我ながらなんて可愛げのない返し文句なんだ!自分の情けなさに思わず出てしまった溜め息に、一角さんに変な風にとられたんじゃないかと、咄嗟に口元を隠した。

「悪い。俺、」
『違うんです!』
「ン?」
『今のは、自分にです!溜め息、自分にです!』
「お、おう」

 たじろぐ一角さんの視線が上下して、自分が一角さんの手を握りしめていることに気付く。

「椿姫ちゃん。俺の周りの女といや副隊長ぐらいだからよ、そういうことされっと本当に勘違いすんぞ」

 あたしの顔はきっと真っ赤で、恥ずかしいったらありゃしないのに、でもこの手は絶対離したくなくて、勘違いじゃないんです、との想いを乗せて首を振る。

「松本から聞いたんだが、椿姫ちゃんがここに来るの、かって出てるって」

 探ってた訳じゃねえぞ、と焦った様子で付け加えた一角さんは頭を掻きながら目を逸らした。

「でも正直、どっちか分かんなかったからよ。……俺か、弓親か」

 拗ねたように呟く一角さんがより一層愛おしくなって、抱き締めたい衝動にかられていたら、一角さんの視線が戻って、あたしの手を握り返した。

「椿姫ちゃん、俺の名前は?」
『……?一角さん?』

 観念したといった様子で、困ったように笑った一角さんは、今度は気に入らないのを全面に押し出して言葉を続けた。

「弓親のやつにはそうしてるくせに、こないだまで俺のことは下で呼んでくれなかっただろ」
『それはっ、えっと……、その、ただ恥ずかしかったからで』
「だと思ったら、今日はしっかり呼んでくれるし。こんなことぐれェで嬉しくなっちまうんだから、もう手遅れだって」

 ガタリと椅子ごと距離を詰めてきた一角さんに、どんどんと心臓が動きを早めていく。一角さんに会えたらいいな、って期待しながらここへ来たのは事実だけれど、まさかの二人きりで、それだけでも十分嬉しかったのに。

「だから悪ィけど俺、迷惑がられても諦めるつもりはねェって言おうとしたんだが、……どうやら自惚れてもいいみてえだな」

 そう言って得意げに口角を上げた一角さんは、握ったままのあたしの手に優しく唇をおとした。



(了)






「お邪魔しまーす」
「……っ何だ、お前か」
「何よその反応。椿姫じゃなくて悪かったわね。あの子、今日は非番よ」
「知ってるよ」
「はい」
「何だ、その手は?」
「誰のおかげだと思ってんのよ」
「……チッ」
「あらそっ。いいのかなー。あんたが椿姫の好みやら、恋人はいるのかとか、あたしに聞き回ってたストーカーだってこと、教えたら椿姫、どう思うかしら」
「なっ!?人聞き悪ィこと言うんじゃねェ!………あそこのクソ高ェそば饅頭で文句ねえだろ」
「オッケー♪じゃ、今日のおやつどきまでによろしくー!」
「…………」



一角さんや弓親が女の子を呼ぶときの《ちゃん付け》がたまらなく好きです。



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