てるてる坊主

斑目一角
 日のうち、太陽がまだ一番高いところにあるというのに、今日はもう終ェだ、なんて言ってのけた更木隊長の一言で我が隊の1日は終了した。ラッキーだなんだと喜ぶ皆を横目に、特別仕事が好きという訳でも無いのに、私はちっとも嬉しくなんかなかった。

(今日は逢えなかったな…)

 あの人は、ずっとずっとずっと偉い上官で、修練ではいつも先導を切って誰よりも楽しんでいるくせに、自分の番で無い時は修練場の壁にもたれかかって至極つまらなさそうにしている横顔もかっこいい、だなんて窓から盗み見るのが、修練場にさえ入れてもらえない下っぱの下っぱの下っぱのそのまたさらに下っぱの私の日課なのに。早出も遅出も関係なく、目が覚めたら気まぐれに現れて、いつも私の心をさらっていく。

 修練場の掃除が終わって、自室に向かう長い廊下の向こうの方で、誰かが何かしている。誰か、なんてすぐに分かってしまう程に、もう何十回何百回とこの目に焼き付いていて、それでいて決して飽きることの無いその横顔を、思いがけず発見して胸が跳ねる。太陽に照らされて、白い布を首から下に巻き付けた斑目三席は今日も眩しいほどに輝いている。一歩、一歩、とその距離が縮まって私の心臓はますます大きく跳ね上がっていく。

(どうしよう、どうしよう!)

 何をしているのか、なんて、三席に巻き付けられた白い布と、その前に立つ綾瀬川五席が握る剃刀を見れば一目瞭然で、その分かりきったことをあえて尋ねられるような間柄では決して無く、私は今日も、ただその横顔を盗み見、中礼し、そしてその後ろを通り過ぎるだけ。

通り、過ぎる、だけ……のはずだった。

(何だろう、何かに似ている………あ、)

『てるてる坊主』

 ふと、気が付けばそれを声に出していて、驚いた顔をした綾瀬川五席と目が合って、

(しまった…!)

と気付いた時にはもう遅い。

「椿姫。てめえ、今何つった」

 どこが境目か判らない額に青筋を立てた三席が私を睨んでいる。私はといえばもげそうな勢いで頭を下げ、漸く絞り出した声で辛うじて謝ると廊下を走って逃げた。長い長い廊下を走って走って走る。走りきったところにある階段を駆け上がってまたさらに走った。自室に滑り込んで草履もうまく脱げなくてそのまま倒れ込む。熱い頬に冷たい床板が気持ち良い。床板を伝ってばくばくと波打つ胸の音がとてもうるさい。

 あの人はずっとずっとずっと偉い上官で、戦いが好きで、愉しいことが好きで、言葉を交わすのも畏れ多くって、視線すら合わなくって。それなのに、まだ瞬歩すらつかえないこんな下っぱの下っぱの下っぱのそのまたさらに下っぱの、

(名前、知ってた………!)

 顔を両手で覆ってジタバタせずには居られない。三席ともなれば、自隊の下っぱの下っぱの下っぱのそのまたさらに下っぱの隊士の名前まで把握しているなんて、

(かっこよすぎる……!)

 あの人の瞳に私が映った一瞬を、スローモーションで思い出してうっとりとする。そして、ハッとして飛び起きた。額の青筋を思い出して、みるみる血の気が引いた。

(どどどどどどどどどどうしよう!)

『私、とんだ失礼な奴じゃない…!』

 最悪最低。人知れず、涙が頬を伝って床を濡らした。



***
**
*

「あーあ、行っちゃったね」
『………』
「今日こそは声かけるって息巻いてたから付き合ってあげたのに」
『………』
「好きな子、脅してどうするのさ」
『るせえっ!!!…………ッ』

鼻息荒く、首に巻いた布を剥ぎ取って立ち上がった一角に、弓親はいってらっしゃい、と手を振ったのだった。



(了)



三席はきっと、ツンデレ。



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