「気持ちがいいですね」


僕の頭を膝にのせて、楽しそうに髪をいじるロナが唐突にそんなことを言った。確かにここは心地よい木陰のなかで、吹く風も穏やかで気を抜くと眠ってしまいそうだ。
けど、一応いつ魔物が襲いかかってきてもおかしくない場所であり、いくら横になっているとはいえシャルは腰に差しているしロナの横には彼女のものである棍が置いてある。


「気を抜くなよ」

「わかってますよ」


そう言いつつも、ロナが一定のリズムで髪を撫でるのが気持ちよくて、僕自身が眠りに落ちそうだ。まぁ、そんな失態はしないが。
こんなにも心を許せる相手がマリアン以外にいたとは自分でも驚きだ。


「………懐かしい、感じがする」

「どうかしたのか?」

「前にも…、こんな風に誰かと……」


それきり黙ってしまったロナ、髪を撫でていた手は止まり、どこか切なげな表情を浮かべ遠くを見る。


「おかしいですよね、過去の記憶がないのに懐かしいなんて感じるの」

「何か、思い出しそうなのか?」

「どうなんでしょう……?」


記憶のない彼女と出会ったのはもう何年前だろう?いきなり家に見知らぬ女が入り込んだと思えば僕の教育係なんて言われて、さらには記憶喪失……、最初は信用できなかった。
年だって、身長だって僅かにしか違わないはずなのに、その細腕のどこにこんな力があるのかわからないほど強くて、最初は追い越そうと必死だった。それがいつのまにか隣に並べるほどになって、気がつけば背だって追い越していた。その時にはもうそばにいるのが当たり前で、マリアン、シャル、そしてロナで僕の世界の全てだった。


大切になってしまったから、だから怖くて仕方ない。


もし記憶を取り戻したらロナは僕から離れてどこかへ行ってしまうんじゃないか。ロナがどこか苦しいような、悲しいような表情をする度に僕の心は穏やかでなくなる。それは記憶を取り戻す前兆なのだから。


「リオン…?」

「………なんだ?」

「怖い顔をしているけど、どうしたの?」

「ロナが気にすることじゃないさ」


僕の顔を覗き込むようにしているロナの頬に手を添えて、不安に揺れる綺麗な空色の瞳を見上げる。


「何に怯えているの?」

「さぁ、なんだろうな」


僕はお前が怖いんだ。
ロナがロナじゃなくなれば、僕の世界が欠ける、それが怖い。大切になってから気づいたってもう遅いんだ。

いっそ、記憶なんて取り戻さなければ良いのにな。


「曇って来ましたね」

「……あぁ」

「そろそろ戻りましょうか」


気がつけば空には、鈍色の重たい雲が広がっていた。まるで僕の心を写すかのように。











きっと僕は怯え続けるのだろう。あなたが自分を取り戻すその日まで。


end
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