「俺、コナミちゃんの事好きだなー」
ソルファレナ、太陽宮。
女王騎士の詰所にコナミちゃんと2人きりになった俺は、何気ない会話の中で、イキナリそんな事を口走った。
コナミちゃんは目を丸くして驚いていて、俺も、俺の言った事を理解できずに目を丸くしていた。
───本当は、もっと大事に、気持ちを込めて伝えたかった言葉だった。
本当に、本気で、好きだったから。
look at...「……あ、ありがとうございます」
数十秒後、コナミちゃんがぽつりと口を開いた。
「…私も、カイル殿の事、好きですよ」
コナミちゃんの言葉に、更に、心臓の音が速くなる。
でも、コナミちゃんの“好き”と俺の“好き”は、きっと少し違うんだろうなと、その時の彼女の表情を見て、思った。
「……じゃあ、付き合おっか?」
机を挟んで向かい側にいるコナミちゃんに少しでも近付こうと、身を乗り出す。
コナミちゃんの目が、一瞬、戸惑ったように揺れた。
意地悪な事を言ったと、自分でも分かっている。
そして、どんどんと、“本気の告白”から離れていっているという事も、分かっていた。
「えっと…」
コナミちゃんは、困った顔をして俯いた。
覗き込むと、その真っ赤な顔を手で隠す。
可愛くて仕方がなくて、愛しくて仕方がなくて。
無意識のうちに伸ばしていた俺の手が、コナミちゃんに触れそうになったその瞬間。
「よう、なんだお前ら、いたのか」
不意に扉を開いて入ってきた人物により、容赦なく2人きりの空間を引き裂かれる。
「……フェリド様」
「───っ…!」
ずっと俯いたままだったコナミちゃんが、いきなり、ガタリと音をたてて椅子から立ち上がった。
止める間もなく、フェリド様にだけ一礼し、開いた扉から、走って出て行ってしまう。
「…カイル、お前、今度は何やらかしたんだ?」
「……」
フェリド様の言葉に俺は何も答えられず、ただ、コナミちゃんが去っていった方向を見つめていた。
───コナミちゃんの事を好きになってから、すぐに気付いた事がある。
俺がコナミちゃんを見つめているのと同じように、コナミちゃんもフェリド様の事を見つめていたという事だ。
尊敬や忠誠、その他にも、…複雑な想いの込められた瞳で。
コナミちゃんが、どんな想いを抱いているのか、すぐに分かってしまった。
コナミちゃんを見ている時の俺もきっと、コナミちゃんと同じような瞳をしているから。
「…フェリド様って、本当、良い男ですよね」
「なんだなんだ、おだてても何も出んぞ」
俺がぽつりとこぼした言葉に、フェリド様が笑う。
───フェリド様は、俺が世界で一番尊敬している人だ。
こんなにも強く、優しく、器の大きな人を俺は他に知らない。
そんな人が恋敵なんだ。
並大抵の努力だけでは、到底、敵わない。
「フェリド様すみません、失礼します!」
「ん? おう」
深々と頭を下げてから、俺は走り出す。
コナミちゃんがどこに行ったのか分からないけれど、追いかけないと、動かないといけないと思った。
* * * * * *「コナミちゃん!!」
走り回り、廊下で、ようやくコナミちゃんの姿を見つけた。
振り返ったコナミちゃんはまた駆け出そうとしたが、すんでのところでその手首を掴まえる事が出来た。
周りに人がいない事を確認した俺は、ここぞとばかりにコナミちゃんに迫る。
「コナミちゃん、俺、本気だからね」
「……」
「本気で、コナミちゃんの事、…好きだから」
真っ直ぐに瞳を見つめてそう言うと、コナミちゃんは、目を見開いたまま固まった。
今、この瞬間だけは、コナミちゃんは俺の事だけを見ている。
たったそれだけの事でこんなにも嬉しいだなんて、我ながらお手軽な男だ。
「……カイル殿、私───」
「待って」
しばらくの沈黙の後 コナミちゃんが震える声を絞り出したが、俺はすかさずそれを止めた。
何を言われるのか、分かっていたから。
聞きたくなかったんだ。
ごめんなさい、なんて。
「コナミちゃん」
「……」
「……俺、知ってるよ」
「…え?」
「コナミちゃんに好きな人がいる事、知ってる」
「…!!」
コナミちゃんの顔が、一瞬で強張る。
俺は頭の中で必死に言葉を選んで、続けた。
「俺じゃあ到底その人には敵わない、…けど、コナミちゃんの事が好きだ」
「……か、カイルど…」
「好きだよ、コナミちゃん、…好きなんだ、本当に」
後ずさりしたコナミちゃんを追うように距離を詰めると、すぐに、コナミちゃんの背が壁にぶつかった。
すかさず壁に手をついて、コナミちゃんを閉じ込める。
至近距離で真っ直ぐに瞳を見つめると、コナミちゃんはまた、困った顔をして俯いてしまった。
「───コナミちゃん」
「っ……」
「お願い、俺を見て、逸らさないで」
遮ろうとしたコナミちゃんの手を握り、囁く。
「……好きだよ」
「待っ…か、カイル殿…っ」
コナミちゃんは可哀想になるくらい真っ赤な顔で、蚊の鳴くような声で俺の名を呼んだ。
心臓が、掴まれたように痛む。
その痛みで、死んでしまえるんじゃないかと思うくらいだ。
「コナミちゃん、少しだけでいい、俺の事…」
「───こんな所で何してるんですかぁ?」
不意に聞こえてきた声に、ぷっつりと、俺の言葉を遮られる。
俺は恨みを込めた視線をその声の持ち主───ミアキス殿に向けた。
「カイル殿、知ってますぅ? そういうのセクハラって言うんですよ」
「待っ、違いますよ、これは…」
「コナミ殿、訴えるなら証言しますよぉ」
「もー! ミアキス殿!」
茶化してくるミアキス殿に、つい、声を荒げる。
コナミちゃんはその隙に俺の腕の中からするりと抜け出して、ミアキス殿に一礼して走って去って行ってしまった。
「もう…ほんっと…どいつもこいつも…やめてくださいよ…」
がっくりと肩を落とし、恨めしく呟く。
ミアキス殿は コナミちゃんの姿が見えなくなってから口を開いた。
「カイル殿、コナミ殿に本気だったんですねぇ」
「……いつから聞いてたんですか」
「俺を見て、逸らさないで…ってところあたりですよぉ」
「……」
自分で言った事なのに、第三者に復唱されると顔から火が出るほど恥ずかしい。
「頑張ってくださいね、本気だって言うなら応援しますぅ」
「…さっき邪魔したばかりの人が何を言うんですか」
「ふふ、コナミ殿が困ってたから、つい〜」
ミアキス殿が、コロコロと笑う。
そのまま去っていく彼女の後ろ姿を見ながら、俺は深いため息をついた。
手のひらに、まだ、コナミちゃんの手首の感触が残っている。
───ミアキス殿が来なかったら、きっと、あのままコナミちゃんを閉じ込めて、抱きしめて、頬に触れて、髪を撫でて、…キスをしてしまっていただろう。
そう思えば 逆に、来てくれて良かったと思えた。
そんな事をしたらきっとコナミちゃんは、二度と俺に近寄ってくれなくなるだろうから。
(…いや、もう十分手遅れかもしれないな)
俺の脳裏に、今にも泣き出しそうな、真っ赤なコナミちゃんの顔が思い浮かぶ。
申し訳ない事をしたと思う気持ちと同時に、やっぱり、抱きしめたくなって。
(……重症だなー)
きゅんと痛む胸を抑えながら、もう一度、深いため息をついた。
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