恋人はサンタクロース





夜の根性丸。

そろそろ寝ようと自室への廊下を歩いていたコナミは、真っ赤な服を着た男の背中に気を取られ、足を止めた。

赤い上着に、赤いズボン。
おまけに頭には赤い帽子。
手には、白い大きな袋を持っている。

その男はいやに慎重に一室の扉を開くと、そろそろと中に入り込み、すぐに戻ってくる。

そしてまたもや慎重に扉を閉めると その隣の部屋にも、全く同じように侵入していった。


(不審者…?)

その奇妙な姿と行動に、コナミは眉をひそめる。
辺りを見回してみるが、人の姿はない。

(…私が捕まえなきゃ)

壁に立てかけてあった長い木片を手に取り、剣のように構える。
足音をたてないように、赤い男が入って行った部屋に近付いた。

───出てきた所を仕留める。

息を潜め、時を待った。



そっ、と出てきた人影に、思い切り木片を振りかぶる。

赤い男はコナミに気付くと ハッと息をのんだが、次の瞬間には冷静に、コナミが振り下ろした木片を腕で受け止めた。


コナミは一瞬焦ったが、男から殺気も何も感じられない事と、男がその状態から微動だにしない事から、少しだけ警戒心を解く。

まじまじと赤い男の顔を見つめた。
赤い帽子で髪の毛が、真っ白なヒゲで口元が隠れていたが、かろうじて見えている 宝石のような碧の瞳には、覚えがあった。


「───ラズロ…!?」

コナミの言葉に、赤い男が目を細めながら長いヒゲに指をかける。
ヒゲは簡単に外れた。

次に赤い帽子が外されると、見慣れた明るい茶髪がさらりと落ちる。

赤い男の正体は、この船の船長にしてこの軍を率いているオレンジ軍のリーダー、そしてコナミの幼馴染でもあり恋人でもある男、ラズロだった。


「な、何して…あ、わ、私 腕を…」
「ふふ、大丈夫だから、静かに」

つい先ほど思い切り殴った彼の腕に触れながらコナミが慌てていると、ラズロが頭を撫でながら、人差し指を口元に当ててみせた。

ラズロに手を引かれ、一旦その場を離れる。
彼の腕の手当ても出来る、彼の部屋へと向かった。



* * * * * *




「…という訳で、決して不審者ではないからね」
「うん、よく分かった…ごめんね…」

腕に包帯を巻かれながらの彼の話によると。


群島諸国の北にある国では、毎年真冬の時期に一度だけ、“サンタクロース”なる妖精だか神様だかが現れるらしい。
彼は子供たちが寝静まってからこっそりと部屋に入り込み、枕元にプレゼントを置いて去って行くというのだ。

ラズロたちが子供だった頃はそんな話聞いた事もなかったが、時が流れるにつれて噂が群島諸国まで広まってきたのだろう。


しかしエレノアに話を聞いてみたところ『サンタクロースは本当は存在しない。サンタクロースのふりをした親が、自分の子供たちにプレゼントを贈っているだけ』なのだと、あっさり現実を教えられた。

が、時すでに遅く、船の子供たちはサンタクロースの話で毎日大盛り上がりだ。
親は、今年からこの時期、財布を痛める事になるのだろう。


───しかし、この船に乗っている子供たちの中には、親を亡くしてしまった子もいる。

親がサンタクロースになり自分の子供にプレゼントを贈るのならば、親のいない子供の所には サンタクロースは訪れない事になるのだ。

そんなの悲しい。そう思ったラズロは、サンタクロースに扮して“船に乗っている全ての子供たち”にプレゼントを贈る事にした。

そして 噂話をかき集め出来たサンタクロースの衣装が、ラズロが今身につけている この全身真っ赤な洋服に、白いヒゲだというのだ。


ラズロの話を聞き終えたコナミの心は、暖かくなった。

こんな優しい心の持ち主がこの軍のリーダーであること、そして自分の恋人である事を、誇りに思った。


「あ、あのね、コナミの分の衣装もあるんだけど…」

この言葉と共に タンスから引っ張り出された、真っ赤なミニ丈のワンピースを目にするまでは。



* * * * * *




「ラズロ、次は誰の部屋に…」

船内の階段を上っているところで、コナミが背後にいるラズロを振り返る。

「!え、あ、な、なに?」

ラズロは不自然な笑みを浮かべながら、コナミを見上げた。

コナミはハッと、自身のスカートの裾を抑える。
コナミが今着ているのは、ラズロが用意していたミニ丈のワンピース。

ラズロより先に階段を上った事によって、中の下着が見えてしまっていたらしい。


「先に上って」
「……はい」

階段の端に寄りラズロを睨みつけると、ラズロはしゅんと頭を下げたまま足を進めた。


───ラズロが担いでいる大きな白い袋には、子供たちへのプレゼントが入っている。
まだまだ沢山部屋を回り配らなければいけないというので、手伝う事にしたのだ。

ラズロが用意していたワンピースを着るつもりはなかったが、彼にどうしてもと懇願され、仕方なく袖を通すことにした。
いつもならどんなに頭を下げられようと断っていただろうが、コナミには、ラズロの腕を怪我させてしまったという負い目があった。


「お?何だ何だ絶景だなー」

ふいに背後から聞こえてきた声に、コナミとラズロが同時に振り返る。

2人が上っている階段の一番下で、ダリオが、こちらを見上げてにやにやと笑みを浮かべていた。

「うわっ!や、やだ…!」

コナミが慌てて裾を抑える。
その横を、ラズロが物凄い勢いで駆け下りて行った。

ラズロはダリオの目の前に立ちはだかると、怒りのオーラを放ちながら彼を見下ろし睨みつける。

「見たの?」
「ん?…誰だおめぇ?」
「いいから、見たの?」

全身真っ赤なこの男がラズロだとは気付かないのか、ダリオも訝しげな目でラズロを睨みつける。

しかし、彼が睨み合いでラズロに勝てるわけもなく。
ダリオはすぐに降参してしまった。


「み…見てねーよ!見えそうだっただけだよ!」

そんな妙な捨て台詞を残して、彼は走り去ってしまう。

残されたラズロが、ちらりとコナミを見上げた。

「…コナミ」
「……何?」

コナミは、スカートを抑えながらラズロのそばまで階段をおりる。

「やっぱり僕が後ろを歩くよ」
「いいよ、中に何か履いてくるから」
「それはダメ!」
「何で?」

首を傾げると、ラズロが腕を組んで唸り始めた。

「…だって楽しくなくなっちゃうもん、ダメだよ」
「…さっきみたいに、他の人に見られちゃうかもしれないじゃない」
「だから僕が後ろを歩くってば」
「…………」

さも『そうするより他にない』とでも言いたそうに、ラズロが誇らしげに笑う。


「……見せたくないのか見たいのかどっちかにして」

しかし彼の笑顔は、コナミの冷静でもっともな一言により 一瞬にして泣き顔へと変わった。



* * * * * *




結局あの後 コナミはスカートの中に黒のスパッツを履き、プレゼント配りに勤しんだ。

全ての子供たちにプレゼントを配り終えたころには、既に深夜になっていた。


空になったプレゼント袋を机の上に放り投げ、コナミはラズロの部屋のベッドにその身を落とした。

「疲れたねー!」
「うん、はい、お茶」
「あ、ありがとう」

ラズロからカップを受け取りながら、半身を起こす。
お茶の暖かさに息をついていると、ラズロがぎし、とベッドを軋ませ、隣に腰掛けてきた。

「…あの、…ラズロ?」
「ん?」
「……あんまり見ないでくれる?」
「えへへ、だって可愛いんだもん。その服すごい似合ってるよ」
「…………それは、どうも」

にこにこと上機嫌なラズロの視線が刺さる。

居たたまれなくなったコナミはお茶を一気に飲み干すと、すっくとベッドから立ち上がった。

「…着替えてきていいかな?」
「え、ダメ」

即答の後、腕を掴まれ、再びベッドに座らされる。

ラズロが思い出したかのように「あ」と声をもらした。

「そうそう、コナミにもプレゼントを用意してるんだよ」
「え、ほ、本当?」
「うん、待ってて」

立ち上がり、タンスの引き出しを開くと、包装された小箱を持って戻ってくる。

コナミは差し出されたそれを受け取り、おずおずと、リボンを解いた。


「───…指輪…」
「僕もね、同じやつ買ったんだ」
「…お揃い?」
「……うん」
「そっか、お揃いか、そっかぁ…」
「貸して」

ラズロが指輪を持ち姿勢を正すと、恭しくコナミの左手の薬指にそれをはめた。
まるであつらえたかのようにぴったりだ。
一体いつの間にサイズを測っていたのだろうか。

ラズロも、タンスから取り出したもう一つの小箱から指輪を取り出すと、左手の薬指にはめてみせた。


「ほんとにお揃いだ…」
「うん」
「…ふふ、なんか、て、照れるね?」

思わず目をそらしてしまったコナミの頬を、ラズロの左手が包む。
手のひらはあたたかいのに指輪がひやりと冷たくて、それがなんだか心地よい。

「ありがとう…私も今度、ラズロにプレゼント贈るね」
「大丈夫、今貰うから」
「い、今?でも私、何も用意してな───」

言葉の途中で、押し倒される。

「ちゃんとあるじゃない、プレゼント」
「え……、え?」
「しかも僕が一番欲しいやつ」
「…………あ…」

コナミはようやく、彼の言葉の意味を理解した。

近付いてきたラズロの唇に、そっと目を閉じる。


二人のサンタクロースは 唇が触れた瞬間に、ただの恋人同士に戻るのだった───。






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