テッドは久しぶりに夢も見ないほどぐっすりと眠り、朝を迎えた。
 身体を起こして横を見やると、コナミがまだ眠っている。

 昨夜あの後2人で散々泣きわめき、そのまま眠ってしまったのだ。


(…誰かと一緒に寝たのなんて何十年ぶりだろう)

 熱でまだ痛む頭をさすりながら、そんな事を考える。
 テッドはしばらくコナミの寝顔を眺めてから、彼女を揺り起こした。

「んん…」

 コナミは寝返りを打ちながら、ぼんやりと目をこする。
 しばらくしてから、急にガバリと身体を起こした。


「…お…おはよう…」

 髪の毛を整えながら、コナミが小さくそう言った。

「……言っとくけど、何もしてないからな」
「う、うん、わ、分かってる…」

 2人の間に、ぎこちない空気が流れる。


 テッドは頭の中で、必死に言葉を選んでいた。
 昨夜寝る前と、起きてからと、ずっと考えて決めた事を、コナミに伝える為だ。

 ベッドから下りようとしたコナミを引き止めて、テッドは「あのさ」と話を切り出した。


「…俺、やっぱりお前には生きていてほしい」
「………うん」

 優しい返事だった。

「……でも、他の男に取られるのも嫌だ」
「………………え?」

 コナミが目を丸くしながら、首を傾げた。
 テッドはがしがしと頭をかく。


「…言わなきゃ分かんない?」
「!う、うん、言ってよ!」

 テッドの問いにそう頷いたコナミの瞳は輝いていた。

 言わなくても本当は分かってるんじゃないだろうか、と思いつつもテッドは口を開く。


「…傍に、いてほしいんだよ」

 言い切った瞬間、コナミの瞳からぼろぼろと涙がこぼれ始めた。
 テッドは慌てて、自分の袖口で彼女の涙を拭う。

 コナミは泣きながら微笑んだ。

「私も、テッドくんのそばにいたい…」
「………」

 顔を背けると、コナミがテッドの服の裾を握ってきた。

 テッドは何だか照れくさくて彼女を見ることが出来なかったが、言葉を紡いだ。


「…本で、読んだことがあるんだけどさ」
「うん」
「紋章が、変化する事があるらしいんだ」

 テッドは遠い昔に偶然読んだ本に書いてあった事をコナミに話した。


 真なる27の紋章を宿し力を使うには、代償を払わなければいけない。
 テッドの場合は、大切に想う者の命を奪われるというものだ。

 しかしその本によれば、それは永遠ではないらしい。
 何らかの方法で紋章に“主”だと認めさせれば、紋章が変化し命を奪われなくなる───と言うものだ。


「正直信憑性は無い、…けど、もしそんな事が有り得るんだとしたら…」


 読んだ当時は、諦めていた。
 その本には“何らかの方法”の具体例までは書いていなかったから。

 大切な人を作らなければ良いと、この紋章と祖父との約束を守りながら、独りで生きていけばいいと。

 しかし、人の温もりを思い出してしまった今、独りに戻る事は、もう、出来ないだろう。


「…探してみようと思うんだ、その方法を」

 言いながらコナミの方を見ると、コナミはまたぼろぼろと涙を流し始めた。
 それを拭いながら、続ける。

「いつになるか分からない…何年も、もしかしたら何十年もかかるかもしれない」

「…付き合って、くれるか?」
「うん、うん…!」


 コナミは間髪入れずに、何度も頭を縦に振った。

 それがなんだかおかしくて、可愛くて、愛しくて。
 テッドは無意識に笑みを浮かべていた。


「……!!!!」
「!なっ…何だよ」
「テッド君今、笑った!?」
「え……」
「笑った!すごい!初めて見た!!」

 そう言って大喜びするコナミに、何だか気恥ずかしくなる。

 確かに紋章を受け継いでから、本気で笑った事など無かったかもしれない。
 が、この喜びようはさすがに大袈裟ではないのか。


「…静かにしろよ、コナミ」
「!!!!!」
「こ…今度は何だよ?」
「初めて名前で呼んでくれた…」

 コナミはまた、両の手を挙げて大袈裟に喜ぶ。
 いや、彼女にとっては大袈裟ではないのかもしれない。


(…名前なんて、頭の中で何度も呼んでたよ)

 テッドはそう思ったものの、それを口には出さずに心にしまっておいた。
 言ってしまうと、彼女は騒音も気にせず飛び跳ねて喜びそうだったから。


 コナミが、笑顔を浮かべたまま振り返った。
 つられて、テッドも笑う。


 コナミがまるで子供にそうするようにテッドを優しく抱きしめてきて。

 自分の方が100歳以上年上なのに、なんて思いつつも、テッドはその温もりに甘えた。





* * * * * *





 戦は終わった。

 テッドは船を降り、紋章を変化させる方法を探しに旅を始めていた。


 テッドをあの船に乗るよう誘った少年もまた真の紋章に苦しめられており、最後の戦いで力を使った後、一度命を絶った。
 しかし小舟で海に流されようとしていた時、息を吹き返し、今も元気に過ごしているらしい。

 ───紋章はもう、その少年にとって呪いではなくなったそうだ。


 テッドは自身の右手に宿る紋章を見つめる。
 淡く光るそれを左手で一撫でしてから、手袋をはめた。


「おーい!テッド君!!」
「何してるの?遅いよー!」

 先に進んでいたコナミとアルドの影が、こちらを振り返ってぶんぶんと手を振った。

 2人の向こうに見える夕陽が眩しくて、テッドは目を細めながら息をつく。


「───まったく、うるさい奴らだな」


 小さく小さく呟くと、2人のいる場所に向かって歩き始めた。







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