trick or trick
夕暮れ、停泊中の根性丸。
ラズロの部屋の前に、子供たちの行列が出来ていた。
コナミは初めて見るその光景に驚きつつも、ラズロに用がある為、とりあえず子供たちがいなくなるまで後ろで待機する。
列をなしている子供たちは揃いも揃って妙な格好をしていて、一見吸血鬼を思わせるような格好の子もいれば、包帯を全身に巻きつけている子もいた。
彼らは順番にラズロの部屋に入ると、飴やクッキーといったお菓子を両手いっぱいに抱えて出てくる。
(…お菓子の配給でもしてるのかな)
ようやく最後のひとりが部屋から出てきたので、コナミは首を傾げながらもラズロの部屋の扉をノックした。
「あのー、ラズロ?」
ひょい、と顔を覗かせると、机に向かっていたラズロが笑顔で振り返る。
「ああ、コナミか」
扉を開けたのが子供だと思っていたのか、ラズロの瞳が一瞬驚き、しかしすぐに弧を描いた。
「いらっしゃい、どうしたの?」
「借りてた本を返しに来たんだけど…」
言いながら本を差し出すと、ラズロは「わざわざ有り難う」と笑う。
ふと、机の上に置かれた大きなバスケットが視界に入り、コナミはそれに近付いて中を覗き込んだ。
中には色とりどりの袋に包装された飴、チョコレート、クッキー等が入っている。
ラズロの部屋を訪れた子供たちが抱えて出て行ったものと同じお菓子だ。
「これどうしたの?」
「ああ、これね、ハロウィンって言う異国の文化で───」
「ラズロさまー!」
問いに答えようとしていたラズロの声を遮り、勢いよく扉を開いて2人の子供が部屋に入ってきた。
2人とも、不気味とも可愛いともとれる、妙な顔が描かれたオレンジ色のワンピースを着ている。
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
「イタズラは勘弁してほしいなぁ、はい、お菓子」
ラズロが、机の上に置いてあったバスケットを手に取り、子供たちの前に屈む。
「わーい!!」
「ありがとうラズロさま!!」
2人の子供は両手にお菓子を抱え、心底嬉しそうな顔でぱたぱたと部屋を去って行った。
「…ハロウィンって言う異国の文化で、ああやって仮装した子供たちがお菓子を貰って回るんだ」
「へぇ…初めて聞いた」
「うん、僕も今朝初めて聞いたよ」
ラズロは話しながら立ち上がり、バスケットを机の上に戻す。
「このお菓子はパムさんが用意してくれたんだ、僕の所に子供たちがいっぱい来るだろうからって」
「へぇ…さすがパムさんだね、美味しそう」
コナミは言いながらバスケットの中身に手を伸ばすが、ラズロにバスケットを取り上げられてしまい、むぅ、と唇を尖らせた。
「何でよー」
「これは子供専用」
「ええー1個だけ!」
「ダーメ、欲しければ仮装しておいで」
ラズロの言葉に、コナミはぱっと笑顔を浮かべる。
「仮装したらくれるの?」
「仮装して『トリックオアトリート』って言えばね」
「トリ…?」
「お菓子をくれなきゃ悪戯するよ、って意味」
コナミは「ふぅーん」と相づちをうった。
そういえば先にこの部屋を訪れた2人の子供も、そんな事を言いながら部屋に入ってきていたな、なんて思いながら。
「あ、でも、食堂に行けば余ってるお菓子が…」
「無いよ、これで全部」
コナミの思いつきは一瞬でラズロに否定される。
再び唇を尖らせたコナミを見て、ラズロがくすりと笑った。
「サロンで衣装の貸し出しをやってるみたいだから、行ってきたら?」
「…でも、参加してるのって小さい子ばかりなんでしょ?」
さすがに子供に混じってはしゃぐのは恥ずかしい。
そう思って遠慮しようとしたが、ラズロが、ふるふると首を横に振って。
「そんな事ない、色んな衣装があるから、結構大人も楽しんでるよ」
「…そうなんだ…」
「折角だし、コナミも楽しんだら?」
「……うん、そうしようかな」
少し悩んでいたが、ラズロの言葉に一押しされ笑顔で頷いた。
「…あ、でも大人は夜にならないとお菓子貰えないよ」
「ふーん?」
「だから夜になってから僕の部屋においで」
「…分かった」
妙ににこやかなラズロに見送られ、コナミは彼の部屋を後にする。
───船を包んでいるお祭りのムードにコナミも浮かれていたのかもしれない。
普段だったら、ラズロの意味ありげな笑みを「妖しい」と疑う事も出来ただろう。
* * * * * * ───夜。
仮装して船内を走り回っていた子供たちは疲れ果ててとうに眠ったようだ。
コナミは貸衣装の中でも一番無難そうな濃紺色のワンピースに身を包み、魔女に扮していた。
しかしコナミ以外に仮装している人はほとんどおらず、コナミは少し浮いている。
ラズロの言うとおりならば、これからは大人達が仮装して部屋を回る筈なのに。
(おかしいなぁ…)
コナミはそう思いながらも、スカートを揺らしてラズロの部屋へと向かった。
扉を数回ノックすると、すぐにラズロが扉を開いて顔を出す。
「やあ、可愛い魔女さんだね」
「………やめてよ、恥ずかしい」
微笑みながらの台詞に顔を赤くして俯くと、ラズロはぽんぽんとコナミの頭を撫でた。
「入って」
促されるまま、コナミはラズロの部屋へと足を踏み入れる。
楽しみにしていた手作りのお菓子を探して部屋をきょろきょろと見回した。
───ラズロが、後ろ手に部屋の鍵を閉めた事に、気付かずに。
「…あ、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」
コナミが思い出したようにラズロを振り返りそう言うと、ラズロはにやり、と口角を上げた。
「ごめんね、お菓子は全部子供たちに持っていかれちゃったんだ」
「ええ!」
申し訳なさそうな声色ではあるが、ラズロは変わらず笑みを浮かべたままで。
「だからさ、悪戯していいよ」
「……………え?」
コナミが目を丸くしていると、ラズロに腕を引かれ、ぐい、と身体を引き寄せられた。
「…しないなら、僕がするけど」
耳元で囁かれ、コナミは肩をびくりと震わせる。
「そっ、そんなのおかしいでしょ!」
コナミの抗議は、勿論受け入れて貰えない。
コナミはそっと後ずさりするが、すかさずラズロがその分距離を詰めてくる。
最終的に壁とラズロに挟まれ左右をラズロの腕に囲まれて、逃げられない状態になってしまった。
至近距離で自身を見下ろしているラズロがあまりにも嬉しそうに微笑んでいるので、コナミの中の疑惑は確信へ変わる。
「…ラズロ、騙したでしょ」
「ん?」
「大人は夜にならないとダメ、って嘘でしょ」
「…気付いちゃった?」
ラズロがコナミを閉じこめたまま、可愛らしく小首を傾げる。
それが何だか憎たらしくて、コナミはラズロの頬をぎゅう、とつねった。
「いたいよコナミ」
「何でそんな嘘ついたの?」
「何でって、コナミの仮装をゆっくり見たかったし…最中に子供が入ってきたらまずいでしょ」
「………最中?」
けろりと答えたラズロに、今度はコナミが小首を傾げる。
しかし少し考えて、その言葉の意味を察し顔を真っ赤に染めた。
「なっ、何考えてるの!」
「何考えてると思ったの?」
「…………!」
ラズロがコナミの顔を覗き込んできたので、コナミはその視線から逃れるように顔を背ける。
ラズロはくす、と笑うと、何の前触れもなくコナミの身体を軽々と抱え上げた。
「うわ…っ!? ちょ…、ラズロ!」
「暴れないでよ」
ラズロはコナミの抵抗にも構わずコナミを抱えたまま、軽い足取りでベッドまで進んでいく。
コナミの身体がベッドへ横たえられると、すかさずラズロが上に覆い被さってきた。
その状態でにこりと微笑まれ、コナミはぼこ、とラズロの胸を殴る。
「バカっ!」
「はいはい」
「嘘つき!」
「はいはい」
何を言っても、ラズロはにこにこと笑っている。
「コナミ」
「……何」
ちゅ、と軽いキスの後、ラズロはコナミのワンピースをしげしげと眺めながら満足げに目を細めた。
「…似合ってるよ」
ラズロの言葉にコナミが答えずにいると、ラズロはコナミの頭を一撫でしてから、コナミのワンピースに手をかける。
(…結局脱がすのなら仮装なんて意味ないじゃない)
コナミはそう思いつつも、ラズロのキスを受け入れた。
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