根性丸、ラズロの部屋。
そこには、机に向かいひたすらペンを動かしているラズロと、その背中をただ見つめるコナミがいた。
ラズロが喋らないので、コナミも喋らない。
部屋にはただ、ラズロが文字を綴る音と、本のページをめくる音だけが響いていた。
(…暇だなぁ)
コナミはそう思いながら、座っていたベッドにごろんと横たわった。
ベッドが軋んでも、集中しているのか、ラズロはコナミを振り返らない。
───部屋に2人きりでいるのに、ラズロがコナミを構わないのはとても珍しい事だ。
何故こんな事になっているのかといえば、原因はラズロがエレノアから出された“宿題”にあった。
軍のリーダーに必要な知識を養うための、宿題。
ラズロは3日前に出されたそれを毎日コツコツと進めていたらしい。
しかし、今朝になって急に「今日中に提出だからね」とエレノアに言われ、それからこうして机に向かいっぱなしなのだ。
どんな宿題がどれほど出されたのかコナミには皆目見当もつかない。
しかし、ラズロがペンを動かす早さが尋常じゃない事から判断して、まだまだ時間はかかりそうである。
(今日はデートの約束だったのになぁ…)
コナミはそう思いながら、ベッドの上に置かれたクッションを手に取りこねくり回した。
最後に ぼす、とクッションに顔を埋める。
そのままそっと顔を上げるが、ラズロはまったくの無反応で、相変わらず、こちらに背中を向けたままだ。
(…ちぇー)
心の中で、舌打ちをした。
このままずっと放っておかれたら、きっと眠ってしまう。
折角一緒にいるのにそれだけは避けたいものだ。
何か暇を凌げるものを求め、部屋中を見回した。
(…良いこと思いついた!)
つい先ほどまで尖っていた口元が、にやりと緩んだ瞬間である。
「ねーぇ、ラズロ」
コナミは、普段では到底出す事のない、甘えた声でラズロにすり寄った。
「ん…なに?」
普段のラズロだったらすぐさま振り返っただろうか、相当宿題に集中しているのか、声だけが返ってくる。
それでもコナミはめげずに、背後からラズロの背中に抱きついた。
「ふふ、どうしたの?」
「いーから、勉強しててー」
───そう、コナミが思いついた暇の凌ぎ方は、ラズロの邪魔をする事である。
今のラズロはとにかくペンを動かし続けなければならない状況にあるらしい。
何を仕掛けても逃げ出さないはずだ。
つまり悪戯し放題なのだ。
普段ラズロの悪戯に翻弄させられているコナミの、ささやかな復讐だった。
ラズロに抱きついた体勢のまま、彼の頬にキスをする。
ラズロは小さく ふふ、と笑うだけで、相変わらずの速度でペンを走らせていた。
(反応が薄い…)
一体、どれほどまでの悪戯を重ねれば彼は「もう止めてくれ」と音を上げるだろうか。
普段、ラズロのこういった悪戯に音を上げている立場のコナミ。
少しくらい自分の気持ちが分かればいいのに、と思って始めた事だったが、敵はかなり手強いようだ。
(何したら驚くかな…)
むう、と唇を尖らせていると、ふいに、ラズロが頭だけでコナミを振り返った。
「…!」
次の瞬間、ラズロの唇がコナミの唇に触れる。
唐突のキスにコナミが目を丸くしていると、ラズロはくす、と笑ってまた、机へと視線を戻した。
たった一回のキスで熱くなってしまう自身の頬とは真逆に、ラズロの顔色は全く変わっていない。
(…悔しい)
───何が何でも、ラズロをあたふたさせてやる。
コナミの闘争心に火がついた。
いつもラズロにされる事を真似して、 彼の首筋に唇を寄せてみる。
反応が無かったので、唇を移動させ、ラズロの耳たぶを甘噛みした。
これには流石にラズロもぴく、と体を反応させ、コナミを振り返った。
「あのさ、コナミ…?」
「ん?」
「…したいの?」
「! ち、───」
ラズロの言葉に「違う」と言いかけて、コナミは口をつぐんだ。
(もしこれで頷いたら、少しくらい慌てるかな…)
そんな考えが頭をよぎったのだ。
「………うん…」
小さく頷く。
ラズロは、大層驚いた表情をしていた。
───ここまでは、コナミの予想通りの反応だった。
「…分かった」
「………え?」
ラズロが、ペンを置き椅子から立ち上がる。
こちらに背を向けたまま上着に手をかけたので、コナミは慌ててそれを制止した。
「ちょ、なんで脱ぐの!」
「え? だってコナミが───」
「しゅ、宿題! 宿題は!?」
脱ぎかけた上着を着せながら、机の上の宿題を指差す。
ラズロは「ああ」と言って、その紙の束を手に取りパラパラとめくってみせた。
「もうすぐで終わるよ、コナミとデートだからと思ってすごい急いで進めたんだ」
ラズロが、そう言いながらにこにこと笑う。
コナミは、解答欄のほとんど埋まった宿題の束を見て愕然とした。
ラズロの言葉通り、あと数分頑張れば終わりそうな量だ。
ラズロがものすごい勢いでペンを動かしていたのは 提出期限に間に合わせる為ではなく、早く終わらせてコナミと出かける為だったのだ。
「わああ! ま、待って待って!」
再び上着を脱ぎ始めたラズロを、コナミが必死で止める。
ラズロはきょとんとした顔で、首を傾げた。
「どうしたの? そんな恥ずかしがる事───」
「ち、違っ、あの…う、嘘だから!」
「嘘?」
ラズロの目を見られず、俯く。
「だから…あの、し…したい訳じゃなくって…」
「え? でも、さっき…」
混乱状態のラズロに、コナミは意を決して全てを白状した。
コナミの行動はラズロを誘っていたわけではなく“暇つぶし”だった事。
したいのか、の問いに頷いたのも、その暇つぶしの延長で、嘘である事。
説明が終わっても、コナミは俯いたまま顔を上げられないでいた。
暇つぶしに悪戯されていたと言われれば、大抵の人は気分が悪いだろう。
まして、あたふたさせたいが為に嘘までついたのだ。
(怒ってるだろうなぁ…)
沈黙が気まずくて、おそるおそる、顔を上げてみた。
ラズロが、にこりと笑う。
その優しげな微笑みに、コナミはぞわ、と背筋が寒くなるのを感じた。
「っ、ひゃあ!」
半ば強引にベッドに放り投げられ、コナミは小さな悲鳴を上げる。
間髪入れずにラズロがコナミに跨がり、服を脱ぎ始めた。
「! あ、あ、あの、ラズロ!」
「したいって頷いたよね?」
「だからそれは、う、嘘で…」
コナミの言い訳にラズロは何も言わず、脱いだシャツをぽいと床に投げた。
彼の海色の瞳が、真っ直ぐにコナミを見つめたまま、徐々に近付いてくる。
───コナミは観念して目を伏せながらも、自身の軽率な言動をひたすら後悔した。
悪戯は程々に (あ、ね、ねえ、宿題終わらせてからにしない?)
(ダーメ、その間に逃げる気でしょ)
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