夜。

 ラズロは、コナミを迎えにサロンへ足を運んでいた。

 下戸なのに、大の酒好きの彼女。
 今日もまた、サロンのカウンターで酔いつぶれているに違いない。

 サロンへの扉を開き、ルイーズに会釈をする。
 予想通り、コナミはカウンターの机に突っ伏して眠っていた。

「悪いねぇ、ラズロ」

 カウンター越しに、ルイーズが声をかけてくる。

「いえ」

 笑ってそう返し、コナミの横に膝をついた。
 名前を呼びながら肩を叩くが、コナミはぐっすり眠ってしまっているようだ。

 抱えて運ぶしかないか、とその場に立ち上がる。

 ふと、コナミの隣の席に、空のグラスがひとつ置いてあるのを見つけた。

「あれ…誰かここで、飲んでたんですか?」
「ああ、そうそう、シグルドがね、ついさっきまでいたんだよ」

 ラズロの問いに、ルイーズが笑って答える。
 しかしラズロは、ルイーズが発した男の名に、む、と眉をしかめた。


 ───シグルド。
 ラズロの中にあった海賊のイメージとは全く真逆の、穏やかで、整った顔立ちをした男だ。

 加えて彼はコナミより年上だ。
 年下であることをコンプレックスに思っているラズロにとっては、あまりコナミに近付いてほしくない人物だった。

「この子のこと部屋まで運びます、って言ってたんだけどね」

 ルイーズの声で、ラズロはハッと我にかえる。

「あんたが来るから大丈夫だって断っといたよ」
「…助かります」

 シグルドの事を信用していないわけではないが、彼が送り狼にならないとは限らない。
 ラズロはルイーズに礼を言うと、コナミの身体をひょいと抱き上げた。


「あの…」
「ん、何だい?」
「…2人は、どんな話をしていたんですか?」

 サロンを出る前、ふと気になった事を問うてみる。
 ルイーズは「あー…」と言ったきりしばらく考え込んでしまった。

 言おうかどうか、悩んでいるのだろうか。

「あたしの口からは言えないねぇ」

 焦らされた挙げ句返ってきた言葉は、ラズロの期待から大きくはずれたものだった。

「…そうですか、……では」

 ラズロはルイーズにもう一度礼を言うと、サロンを後にした。



* * * * * *




 コナミの自室、彼女をベッドに横たえる。
 さらさらと頭を撫でていると、コナミがふと、目をさました。

「……ラズロ…?」

 ラズロが笑みを浮かべながら「そうだよ」と頷き頭を撫でると、コナミがふにゃ、と笑った。


 いつもだったらこのまま寝かしつけるところなのだが、今夜はそういうわけにはいかない。

「…ねぇ、コナミさん?」
「ん…?」

 かろうじて返事をしたコナミの声は今にも眠りに落ちてしまいそうだったが、ラズロは気にせず続ける。

「シグルドさんと一緒に飲んだって本当?」
「………あー、うん、飲んだぁ」
「…楽しかった?」
「うーん」
「……ふぅん」

 ラズロの声のトーンが下がった事に、コナミは気付いていないようだ。

「どんな話をしたの?」
「えーっとね……」

 ラズロの問いに、コナミは目を閉じて考え込む。
 記憶を辿っているのだろうか、時折唸り声をもらした。

「………内緒…」

 またしても、焦らされた挙げ句返ってきた言葉は、ラズロの期待を裏切るものだった。

「───内緒って、どうして…」
「どうしてもー」
「何でよ、僕に言えないような話をしてたって事?」
「そういうわけじゃないけどー」
「じゃあ教えてよ」

 つい、口調がきつくなる。
 ラズロはコナミの瞳を真っ直ぐに見つめた。

 するとコナミもラズロの瞳をじ、と見つめた後、もそもそと、布団の中に隠れてしまう。

「…コナミさん」
「ぐー」

 名を呼ぶと、コナミは布団の中からわざとらしい寝息をたてはじめた。

 布団を剥がしてやろうと伸ばした手を、途中で止める。

 ラズロはちいさくため息をつくと、そっとコナミの部屋を後にした。



* * * * * *




 翌朝、根性丸の食堂。
 ラズロは朝食をとりながら、昨夜の自分の言動を恥じていた。

(…コナミさんが呆れていたらどうしよう)

 年上の落ち着いた男性と話した直後、嫉妬心を剥き出しにした年下の自分を目の当たりにして、何も思うことはなかっただろうか。

 他の男との会話の内容を問いただすなんて、あまりにも子供じみていた。
 こうして一晩経ち冷静になると、己の未熟さを思い知る。

 ラズロは頭を抱えながらため息をついた。


「ラズロさん、おはようございます」

 ふいに声をかけられ頭をあげると、そこにいたのは微笑みを浮かべたシグルドだった。

「あ…、シグルドさん、おはようございます」
「ここ、座っても良いですか?」
「…はい」

 シグルドが、ラズロの向かい側に腰掛ける。

 改めてその顔をまじまじと見つめると、やはり整った顔をしていると感じた。

 この人と隣り合わせで酒を飲んで、コナミは何を思ったのだろう。
 そして2人は、どんな話をしたのだろう。

 そんな事を悶々と考えていると、ふと顔を上げたシグルドと目が合った。

「どうかしましたか? ラズロさん」
「あー、いえ、…シグルドさんは格好いいなぁと思って…」

 ラズロの言葉に、シグルドが目を丸くさせる。
 しかしすぐに「ありがとうございます」と笑った。

「…羨ましいです」

 ラズロがぽつりと呟いた言葉に、シグルドは再び目を丸くさせた。

「俺は、ラズロさんの方が羨ましいですよ」

 今度は、ラズロが目を丸くさせる番だった。

「…僕が、羨ましい…?」
「ええ、恋人にあんなに想われてるなんて、羨ましいです」

 そう言ったシグルドは、にこりと笑う。

 言葉の意味がよく分からずラズロが首を傾げていると、シグルドが口を開いた。

「実は昨日、サロンで偶然コナミさんとお会いしたんですよ」

 ラズロはつい「そうなんですか」と知らなかったふりをした。

「コナミさん、ずっとラズロさんの話をしてましたよ」
「え…」

 ぽかんとしているラズロを見て、シグルドがふふ、と笑う。


「愛されてますね、ラズロさん」

 シグルドの言葉を引き金に、ラズロはがたりと席を立った。


 昨夜、どんな話をしたのかという問いに対して「内緒」と呟いたコナミの顔が思い浮かぶ。

 あれは照れ隠しだったのかと、気付いた時には、もう足が動いていた。

「───すみません、ちょっと急用を思い出しました」

 驚いているシグルドにそれだけ言うと、ラズロは小走りで食堂を後にする。

 ラズロの足は当然、コナミのもとへと向かっていた。



「コナミさん!」

 ノックもせずに、コナミの部屋の扉を開く。

 コナミは驚いていたが、ラズロだと分かると「どうしたの」と笑んだ。

「…さっき、シグルドさんに会って」

 肩で息をしながら、ラズロが続ける。

「……昨日の夜、コナミさんが僕の話ばっかりしてたって聞いた」
「えっ」

 コナミの頬が、かあ、と赤く染まって、ラズロはつい、口元を緩ませた。

 コナミに近づくと、コナミはぷい、と顔をそらしてしまう。

「コナミさん」

 名を呼びながら、顔を覗き込む。
 コナミが真っ赤な顔でじろ、とラズロを睨んだ。

「…酔ってたからだもん」
「うん」
「酔ってたから変なテンションになっただけだもん」
「うん」

 たまらず、コナミを抱きしめる。


「シグルドさんに会わせる顔がない…」

 コナミがラズロの腕の中でぽつりと呟いた言葉に、ラズロはくす、と笑みをもらした。

「一体どんな話をしたの?」
「……言わない」


 そう言ったコナミの頬が未だ赤くて、ラズロは密かに「今度シグルドさんに聞いてみよう」と思った。




 
 (酔うと本音が出るっていうよね)
 (いいいい言わないよ!)




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