ラズリルを拠点とする、ガイエン海上騎士団。
そこで騎士団員見習いとして訓練を積むラズロには、想い人がいた。
数ヶ月前に使用人として騎士団にやってきた少女、コナミである。
グレン団長から紹介された時は、「可愛い子だな」程度の気持ちしか抱いていなかった。
しかし彼女の笑顔をはじめて見た時、ラズロは恋に落ちてしまったのである。
彼女の笑顔を見たのは、彼女が同年代の女性騎士団員と話している時だった。
遠くから偶然見えただけで、どうして彼女が笑ったのかは分からない。
───あの笑顔を、もう一度見たい。
何度となく話しかけ、コナミのやっている掃除や洗濯などを手伝い、ようやく、顔を見れば挨拶を交わすほどの仲になれた。
しかし未だに、間近で彼女の笑顔を見たことは、ない。
* * * * * * 「どうしたラズロ? 元気ないな」
廊下をとぼとぼ歩いているところに、ケネスが声をかけてきた。
元気がないつもりはないのだが、もしそう見えるのだとしたら、原因はひとつしかない。
「ラズロが落ち込んでるなんて珍しいな。悩みがあるなら、聞くぞ?」
ケネスの優しい言葉に、ラズロは少し躊躇ったが、悩みを告白してみることにした。
「ケネスは…さ、コナミと話したことある?」
「え?コナミって、あのコナミか?」
他にどのコナミがいるのか。
そう思いながらも、ラズロは無言で頷く。
「いや…うーん、まぁ、挨拶くらいはするけど」
「…そっか」
もしケネスがコナミと仲が良いようなら、笑ったところを見たことがあるか聞こうと思ったのだが。
(いや、ケネスとコナミが仲がよくてもそれはそれで嫌だな)
ライバルは、少ない方が良い。
「あ、待てよ、ジュエルなら結構話してるかもしれないぞ」
「本当!?」
ケネスの言葉に、ついラズロは声を張る。
そんなラズロに驚きながらも、ケネスは「ああ」と頷いた。
「ジュエルは確か、あの子がここに来た日に団長から案内係を頼まれてたから…」
人懐こいジュエルのことだ、もうすっかり友だちになっているかもしれない。
ケネスがそう続けるより先に、ラズロの足はジュエルのもとへと駆けていっていた。
「あ、おいラズロ!?」
ケネスの声が聞こえたが、振り返る余裕は無かった。
* * * * * * 「ジュエル!」
何人かにジュエルの居場所を聞き、ようやく見つけた彼女は、訓練所でタルと手合わせをしているところだった。
ラズロの声と同時に剣を引いた2人は、走ってきたラズロを見て目を丸める。
「ど、どうしたのさラズロ」
「ジュエル、コナミと仲良いって、本当?」
息を切らせながらそう問うと、ジュエルはタルと目を合わせて首をひねる。
「うんまあ、良いと思うけど───」
「コナミの笑った顔、見たことある!?」
「笑った顔? うん、見たことあるけど…」
「本当?どうして!?」
「ど、どうしてって、どういう意味、ちょ、ラズロ」
つい、ジュエルの肩を掴んでがくがくと揺さぶってしまっていた。
タルが「と、とにかく落ち着けよ」とラズロとジュエルの間に入り込む。
「どうしたんだよラズロ、らしくないぜ」
タルにぽんぽんと、肩を叩かれ、ラズロはちいさな深呼吸をした。
ラズロが落ち着いたのを確認すると、ジュエルが問う。
「ねぇ、コナミの笑った顔がどうかしたの?」
「───見たこと、ないんだ」
「え?」
「いや、見たことはあるんだけど、向けられたことがないというか」
「…ラズロ、要はつまり…」
タルが、口を開く。
「ラズロはコナミのことが好きなのか?」
タルの言葉に、ラズロが固まった。
色恋沙汰に目がないジュエルが、食い気味に、固まってしまったラズロを覗き込む。
「………う、ん」
ぼそ、とラズロが言った肯定の言葉は、近くにいる2人にしか聞こえていないであろう。
ジュエルが、ひゃあ、と高い妙な声をあげる。
タルは驚きながらも嬉しそうに、ラズロの肩をばんばんと叩いた。
「そっかそっか!そういう事なら協力するぜ!」
「いや、協力とかはいいんだ、ただ…」
「ただ?」
「…ただ、どうしたら笑ってもらえるんだろうと思って…」
今は、笑顔が見られたらそれで十分なのだ。
「…でも、告白とかするなら、急いだ方がいいと思う」
「何でだ?」
ジュエルの言葉に、ラズロではなくタルが首を傾げた。
ジュエルは「言いにくいんだけど」と前置きしたうえで、続ける。
「コナミ結構モテるみたいだから、もたもたしてるととられちゃうかも」
「え…本当かよ」
「うん、結構みんなね、手空いてる時とか手伝うふりしてちょっかいかけにきてるよ」
ジュエルがその後、コナミに好意を持っていそうな者の名前を何人かあげていたが、ラズロの頭にはまったくはいってこなかった。
自分と同じように、コナミに好意を寄せている者がいるとは。
もしかしたらその者の中には、コナミの笑顔を見たことがある者がいるかもしれない。
コナミが、あの笑顔を自分以外の男に向けたかもしれない。
そう考えるだけで、胸のあたりがチリ、と痛んだ。
前途多難の恋 (あの笑顔を見せられたら、絶対───)
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