神の噂も七十五日



 ねえ神様。私はちゃんと覚えています。あなたがくれた時間を。私を許したあなたのことを。
 ねえ神様。会いたかった人には会えましたか。ちゃんと伝えたいことを伝えられましたか。
 あなたが私を忘れても、誰もあなたを責めてあげられないから。あなたを許してあげられないから。私は心配しています。
 どうかどうか、私を作り上げないで。どうかどうか、あなたの知っている私のままでいさせてね。



 かち、かち、かち。その違和感に気づいたのは、たったひとり、金色の髪をなびかせて、朝焼けの空を溶かしたような真っ赤な瞳を持つ人物、ムジュラだけだった。顔をしかめて町の中心の時計塔を見る。針は動いているけれど、辿り着くはずの12の文字の手前で、行ったり来たりを繰り返していた。単なる故障と見るべきだろうか。行き交う人々を眼下に見て呆れたようにため息をつく。ちゃんとしなさいよ、とひとり呟いて、視線を町の中心から外側に動かした。
 ぐるりと町を囲う壁の外側、グレートベイ方面にひっそりと佇んでいるゴシップストーンの前に、見知らぬ誰かが立っているのが見えた。町の人間ではない。ムジュラには何となく確信があった。むしろ、自分に近いような。真っ白な髪に、線を引くように赤色が混じっている。手足は痩せこけているのに、着ている衣服は妙に身綺麗だった。
 ムジュラは時計台の中心からぴょんと飛び立って、屋根を渡りその場所に向かう。
「ねえ、あなた」
 ムジュラが声をかけると、それは異常に怯えた様子で振り返り、落ち窪んだ眼下に見えるぎょろりとした目を右往左往させながら、慌てたように走り出してしまった。ムジュラはなによ、と少し苛立って目の前のゴシップストーンに八つ当たりした。びよんびよんと伸び縮みするゴシップストーンの動きがおさまると、いつものように噂話を始める。
 ここだけの話だが、彼女はまだ生きているらしい。
 ムジュラはその言葉に首を傾げる。この噂は何を指しているのだろう。普段なら噂など気にも留めないのだが、その時はあの奇妙な人物のこともあって自分の中で何か引っかかるような気がした。けれどそれは些細なことで、ふんと一度だけ鼻を鳴らして、ムジュラは町のほうに去っていく。今日は何だか予感がするのだ。朝から続いている落ち着かないようなざわついた自分の気持ちを落ち着けるように、ムジュラは再び時計塔の一番上に帰っていった。
 リンクは遠い遠い森の泉の前にいた。タルミナを離れてから随分時間が経っているが、時折あの場所を思い出しては、一緒に旅をしているゼロのことを考える。たまにはあの場所に帰らせたほうがいいのではないか。そんなことを口にすると、ゼロはいつだってオレはいつでも帰れるから、と断るので、そんなことも言い出せないでいたのだった。
『あっ、泉が』
 彼らはひとりの妖精を探していた。その手助けになれるはず、とゼロとアリスは意気込んでついてきたのだが、残念ながらまだその妖精には会えていない。
 そんな時に立ち寄ったこの泉は、妖精が宿っているとまことしやかに囁かれる不思議な泉で、確かに水面がにわかに光を放っており、3人の期待も大きくなっていた。しかし、いくら探せども妖精には会えず、落胆していたその時だった。
「だぁーれだ」
「うわあ!」
 泉に近づいたリンクとゼロの足を何者かが掴む。驚いて身を引こうとするゼロだが、思ったよりがっちり掴まれてしまって離れない。リンクは即座に切り落とそうと剣を振りかぶるが、足を掴む手からその先を辿ると、見覚えのある黒髪にすんでのところで振り下ろした剣を止めることができた。
「お前……」
「はっはっは、油断していたな!俺です!」
『どちら様でしょうか……!?』
「聞いて驚いてくれよな、俺です!!」
「全然答えになってないね!?こんなところで何をしていたの」
「やめろ聞くな」
 アリスの混乱をよそに、ゼロとリンクは何かを察したように冷静になっていた。泉から突然人間が這い出てきたというのにこの慣れ様。そしてさらにリンクはその先を理解したかのように、ゼロの質問を遮った。しかしそれが遅かったということは、レオンの満面の笑みが証明していた。
「聞きたいよな、分かる分かる」
「全然。ゼロ、アリス、いくぞ」
「感動の再会に滅茶苦茶冷たいな!いいのかゼロ、俺を置いていくと」
「えっと、リンク、どうしよう、話を聞きたいのは山々なんだけど……」
 即座に背を向けるリンクと、びしょ濡れで謎のポーズを決めるレオンとの間に挟まれて、ゼロはさてどうしたものかと悩んだ。リンクが振り返り、目だけでそいつと関わるつもりかと訴えると、ゼロは大まかに視線の意味を理解したらしくはははと乾いた笑いを零した。
 リンクがこれ見よがしに盛大なため息をつく。レオンは話しがまとまったことを察知し、そうこなくっちゃ、と嬉しそうに笑った。
「置いて行かれると大変大暴れをするところだったよ、俺が」
「洒落にならないね!?」
「それで結局何なんだ」
「まあ、単刀直入にいこうか。皆さん、里帰りのお時間です!」
 は、と3人の声が揃う。突然泉が光り出し、3人は吸い込まれるように消えていった。
 歪む。うねる。落ちていく。どこか知っている感覚を脳の片隅で感じながら、彼らはその場所に帰ってきた。ごちゃごちゃに固まって落ちた3人の目の前に、金糸の髪の少女が立っている。
「鬼神さん……とアリスと勇者と、誰」
「アイアム俺!!」
「いたた、あっムジュラ、久しぶりだね」
 暢気なゼロの挨拶に、呆れるやら嬉しいやらで、複雑な顔をしたムジュラはすぐにそっぽを向いてしまった。アリスの挨拶には素っ気なく返して、改めて4人を見て大きくため息をついた。
「その様子だと、何かあったのか」
 リンクが尋ねる。ムジュラは、さあ、とだけ答えるとその場を立ち去ってしまった。
「行っちゃった……。でも、ムジュラはこの時計塔に何の用があったんだろう」
 時計塔の内側には、町の人間も滅多に入ることはない。不思議に思いながら扉を開き町に入ると、懐かしい空気が3人を包んだ。ただいま。呟こうとした言葉は喉元で止まってしまった。町には変わらず人がいる。しかしその誰もが、無理やり止められているかのように、一定の場所に釘付けになっていた。
『いったい何が……そんな』
 走り去ろうとしていたのであろうボンバーズの少年に駆け寄り、リンクはその状態を注意深く観察した。完全に止まっている訳ではない。止まってはいるものの、体が微かに動いている。しかしその動きは一定で、ごく短時間の動きを繰り返しているように見えた。
「リンク、あれを見て!」
 ゼロの言葉にリンクは顔を上げた。町の中心の時計塔、その秒針が震えるように行ったり来たりを繰り返している。11時59分から12時に至るその瞬間を繰り返すように、かちかちと刻まれる針の音が、無意味に鳴り響いている。
「これはいったい……」
「なあお嬢さん。えっと、ムジュラって言ったっけ。変わった人を見なかったか?」
 時計塔の頂上に、ムジュラはぽつんと立っていた。レオンの呼びかけに嫌そうに顔をしかめたが、ゼロが何か知らないかと問い掛けると、少しだけ渋りながら白い男を見た、と語った。
「他に何か、変わったことは無かったか」
「……ゴシップストーン」
 ムジュラの言葉に、全員が首を傾げた。分からないけど、白い男はあの石の前にいた。ムジュラがそういうと、リンクは顎に手を当てて少しの間考えた後、ゼロに指示を出して二手に分かれ、一番近いゴシップストーンに向かった。
 ここだけの話だが、そのひとはもうすぐ消えてしまうらしい。
 ここだけの話だが、その噂は75日しかもたないらしい。
 ゼロはイカーナ方面で、リンクはウッドフォール方面で、一番近いゴシップストーンに衝撃を与え噂話を聞き出した。おかしい。ゼロもリンクも、噂話の内容に聞き覚えが無かった。遅れて合流したレオンも、調べてきましたとばかりに噂の話をするが、その内容も彼女は約束をしたらしい、彼女はリンゴが好きらしい、という何とも偏った内容だった。
「それで、お前は何を知っているんだ」
「何をというか。ちょっと色々あって、ここにはないお面が迷い込んだんだ。ここにはないというか、ここのではないというか。まことのお面は知ってるな?」
 知っているも何も、リンクもゼロもお面を集めて回った過去があるのだ。その中に確かにそのお面は存在した。けれど、ゴシップストーンの話が聞けるだけで、大したお面ではなかったはずだ。リンクが先を促すと、レオンは真っ白なお面を取り出した。口のところが開いているだけの、簡素なつくりのそれの形は、まことのお面とそっくりだった。
「その、まあパラレル的なことで、時を渡ったことのあるリンクなら何となく理解できると思うんだけど。これもそんな、パラドクスから生まれたものでさ。このお面の大元、仮面とはまた違う構造の、まことのお面の存在が、ここ迷い込んだんだよ」
「何それ。魂が宿るのは仮面だけ。そんなことはあり得ません」
「まあ、そうなんだけど。あれは仮面となった存在じゃなくて、お面に宿る力、そのルーツとしての存在なんだよ。お面自身というわけじゃなくて、なんていうか、お面ってのにも、作った誰かの思いとか、そのモチーフとなったものが存在する。ムジュラの見たやつってのは、まことのお面のルーツ、しかも、神様なんだ」
 ムジュラが訳が分からないというのに対し、アリスがにわかに信じられない話ですが、と状況を飲み込もうとしている。リンクはごくごく冷静に情報から考察し、ゼロはお面に関して気になったことを質問する。
「神様が元になったの?じゃあ、オレやムジュラ以外にも神様っていたんだ」
「そうなんだなー。でも、同類が気づかないくらい弱い神様みたいだな」
「違和感はあったけど!でも、私だって全部分かるわけじゃない」
 ムジュラがムッとするのを、ゼロがまあまあと宥めた。
「でも、お面ってオレの記憶だったんじゃないっけ」
「お面は器でもあるからな。そういう使い方もできるんだろ。まあこれはゼロの記憶としてのお面とまた違う、矛盾から生まれたやつだから」
「矛盾?」
「矛盾。詳しいことは俺にも分からないけど、まあ、ゼロ達の知ってるお面とは似て非なるものくらいに考えたらいいんじゃないか」
「ムジュラ、そいつは何処に行ったんだ」
「知りません。でも、あのよく喋る石を辿っていけば、見つけられるんじゃない」
 ムジュラの投げやりな答えに、リンクは成程と納得したように呟いた。リンクは町の片隅に生えるデク花に手を突っ込むと何やらぐるぐるとかき混ぜて手を引き抜いた。いつもならアキンドナッツがいるはずのそこはどうやら留守だったようで、代わりに何かの紙が握られていた。
「アリス、ゴシップストーンの位置はわかるか」
『は、はい。おおよそは』
「教えてくれ」
 リンクが取り出してきたのは地図だった。アキンドナッツなら持っているのも分かるが、勝手に取り出していいのだろうか。アリスの指示でゴシップストーンの場所にしるしをつけていくリンクから離れて、ゼロはデク花にルピーを1枚押し込んでやる。どういう構造になっているのか気になったが、さすがにリンクのように中に手を入れることはできなかった。
「どうやら、ゴシップストーンの噂話を、上書きしているみたいだな」
 各地のゴシップストーンを回り、伝えられる内容を確認していく。何てことの無い情報ばかりだが、その内容には大きな偏りがあった。必ず彼女、という人物が出てくるのだ。
「ゴシップストーンの言っている彼女さんは誰なんだろう」
「各所を見る限り、何処にもそれっぽい人物いなかったなあ」
『ですが、生きている、と噂されていましたね』
「でも噂でしょう。本当に生きているかなんてわからないわ」
 ムジュラも何だかんだ言いながら手伝ってくれているので、アリスは内心微笑ましく思っていた。リンクも途中から人数が増えていることに気がついていたが、臍を曲げられると面倒なので黙っていた。余計なことを言いそうなレオンに釘を刺しながら。
 白髪の人物も彼女という存在もどちらも見つけることができず、万事休すかと思っていたが、沈みかけた空気に溌溂とした声が響き、全員がその方向を見た。くるりくるりと螺旋を描くように飛びまわる妖精はチャットとトレイルだ。リンク達を見つけると驚いたようにその場でぶるぶると震えると、一直線に突進してきた。そのスピードに置いて行かれた声の主は、慌てて走り出したためにリンク達の目の前で転んでしまった。
「いたあっ!」
「だ、大丈夫ルミナ?」
「へへ、大丈夫大丈夫。久しぶりだね!」
 ゼロが手を差し伸べてルミナを引っ張り上げる。膝の汚れをパタパタと叩き落としながら、ルミナは顔を見渡した。
「勢ぞろいだね!いったいどうしたの?」
「お前は何ともなかったのか」
「私は興行で遠い場所を回っていたんだけど、久しぶりに帰ってきたと思ったら馬車の馬が急に動かなくなって。あれって思ってる間に何だか皆もおかしくなっちゃって、どうしたらいいか分からなくて落ち込んでたらチャット達に会ったんだ。ついてきたら皆いるからびっくりしたよ!」
 知らない人もいるみたいだけど、とルミナはレオンと握手をした。にこにこと暢気に挨拶を交わすルミナに世間話はあと、とリンクは質問を投げた。
「お前、髪の白い男を見なかったか」
「えっ、もしかしてものすごく痩せた男の人?」
「それだ」
 ルミナの発言に視線が集中する。ルミナは気圧されたように2、3歩下がった。イカーナ方面に歩いていくのを見た、というとすれ違いか、とリンクが舌打ちをした。
『リンゴが好きな、神様と約束した女性のことは知りませんか?』
「さすがに知らないなあ。あ、でも、墓地に行けば何かわかるかも」
「墓地?なんでまたそんなところに」
「前にクリミアから聞いたんだ。夜な夜な墓地のほうに歩いていく人の話。その人、竹かごを持っててね。いつも果物を持っているようだったって」
 全ての謎はイカーナにあり、とレオンが何故か格好つけて話すのを全員で聞き流しながら、リンク達はイカーナの墓地に向かった。道中に魔物が出てきたが、リンクは早業でさっさと片付けていった。ゼロが右に向かえばリンクは左に対応し、リンクが飛び上がればゼロはリンクの足場を守る。誰が見ても息の揃った連携だが、そのたび交わされる気の抜けた会話はちょっとだけ噛み合っていない。そんな様子を見て、ルミナは相変わらずだなあと思った。
 墓地には過去の争いで亡くなった者が埋葬されているのが殆どだが、中央部の墓から少し離れた場所には、無縁仏だろうか、少しだけ他より手入れされていない場所に、いくらか小さな墓が並んでいた。そのひとつに、みずみずしいリンゴがひとつ置かれている。リンクはその墓の前に立ち墓標を見た。名前の無い墓だった。
「やっぱり、死んでいたのかなあ」
「ここにリンゴを備えていた人間が、その彼女ということはないのかしら」
 リンクは、おもむろにオカリナを取り出した。死者ならば、応えてくれる。まだここに残っているならば。生きていると、望まれているだけの、誰かの強い思いに縛られている者ならば。
 空気を貫くような、それでいて柔らかく包み込むような、凛として優しい音が響く。リンクは自分の音色を聞きながら、周囲に耳を澄ます。誰かの声が聞こえた。
 あなたは、私の声が聞こえるの。
 消えてしまいそうなほどか細い声だった。
「何か、聞こえる……?」
「何かは聞こえるけど、何て言ってるのか分からないね……」
 リンクは周囲を見渡した。何処に、誰が、どうして。聞きたいことを投げかけても、聞こえてくる音は不明瞭で答えが分からなかった。
「そうだ!」
 ルミナは思いついたとばかりに大声を上げ、両手を広げて墓標に語り掛ける。
「私の体、使えないかな?」
 危ないよ、とゼロが止める。アリスもそれはと言葉に詰まった。ルミナはいいから、と押し切るように前に出ると、やってみて、と虚空に手を伸ばす。
 ごめんなさい。
 ルミナの表情が消える。がくりと膝から崩れ落ちるルミナをゼロが支えた。
「あああああああああああ!」
 その時、後ろから大きな金切り声が聞こえた。そこには、真っ白な髪に何本も赤い線を引いたような長髪の、やせ細った男が立っていた。
 その男は、近くにあった朽ちかけの墓の墓標に縋りつくと、何かをぼそぼそと呟き始めた。男が口を閉じると、その墓はグニグニと形を変えて、大きな目を描いた石に変わってしまった。ゴシップストーンとなったそれは他の石と同様に噂を語る。彼女はいつまでも変わらないまま、神様を待っている。うすら寒い笑みを浮かべると、男はぎょろりとした眼光をリンク達に向けた。
「ほら、まだ彼女は生きている。彼女はちゃんとここにいる。噂は消えない。だからワタシも彼女も消えないはずだ!」
「そんなことはあり得ません」
 男の言葉を否定したのはルミナだった。目を閉じたまま立ち上がったルミナは、男に向き直ると、ゆっくりとその瞼を上げた。
「そんなことはあり得ないのです。私は約束を守れなかった。生きて、生きて、あなたを忘れないと誓ったのに。最後の最後に、私はあなたを裏切った」
 ルミナの言葉に、いや、その内側の誰かの言葉に反発するように、男は大きな斧を振りかぶった。リンクがそれを払い落そうとしたが、細い男の体のどこにそんな力があるのだろうか、リンクはなす術なく吹っ飛ばされてしまった。代わりにゼロが男の一撃を受け止める。一瞬で悟った。これは人でないものの力だ。両手に、ぎゅっと集中して力を籠める。
「神様はなんでもできると思った。それが私の過ちでした」
「違う、ワタシ達はそのために大きな力を持ったのだ!」
「神様だからこそ、犯してはならない一線があった。それを踏み越えさせてしまったのは、私の罪」
 ルミナの姿をしたその人は、ゼロの後ろに立ち微笑んだ。ゼロの後ろから腕が伸びる。
「生きてきたら、いつかは死ぬ。死んで時間が過ぎたら、忘れられる。でも、でもね、忘れられても、消えることにはならない。私もあなたも、お互いに刻んだ事実は消えたりしないのです」
 だからお願い、とその人は希う。ゼロは押し返した剣の隙間から一筋の輝きを見た。夜の闇よりなお暗い、漆黒のドレスを翻して、星の瞬きよりも美しい金色が夜空にぶわりと広がった。
 大きな鎌は一度も速度を落とすことなく、男の喉を切り裂いた。
 ゼロの後ろにいたその人は転がる首に駆け寄りそっと抱き上げた。少しだけ距離を置きながら、リンク達は事の顛末を見守る。
 ずっとずっと待っていた。変わらずあなたを思っていた。けれど私は死んでしまった。生きてあなたを待つと約束していたのに。約束を破ってしまった。そして死んだ私を受け入れられずあなたも約束を破ってしまった。死んだ私を、あなたの想像で作り変えようとした。噂の語る私は最早私ではありません。そして死せるものに生を語ってはいけないのです。あなたは神、この地の在り方を守るもの。約束が果たされなかった今、私達は消えるしかないのです。どちらも、何も残してはいけないのです。
「さよなら」
 男の体が、霧のように溶けていく。腕の中の首が消えていくのを見ながら、その人は大声をあげて泣いた。ずっとずっと、泣いて、そして涙が止んだ後、リンクにお願いだと頭を下げた。リンクはもうすべきことは分かっている。未練のある魂を癒すためのその音を。
 その人は笑っていた。晴れやかで優しい笑みだった。





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『結局、なんだったのかしらね』
 チャットが不思議そうに呟く。タルミナには、いつも通りの日常が戻ってきていた。
『噂は噂でしょ。いくら振りまいたって、何も変わらないんじゃない』
「そうかなあ」
 ルミナはパスタに刺したフォークをくるくると回しながら、その時のことを思い出す。自分の内側にいた誰か越しに見た景色は、ぼんやりと断片的に残っている。
 約束をしたことで、神様とその人は強く繋がってしまった。その結果は、誰も望まないものだった。思いは繋がっていたのに、ひとつが狂っただけで、彼らの辿り着いた結果は、こうなってしまったのだ。
「はた迷惑な話だ」
「まあまあそう言うなって。誰かに覚えていてもらうことで、生きている事実を補強したかったんだろ。それをしても死んだ人間は生き返らないし、約束の破られた事実は変わらなかったとしても。まあ神様なんだから、条件付けで色々やればそれっぽいことはできたのかもしれないしな」
「できないわ」
 レオンの言葉に、ムジュラが反応する。
「できないことを知っていたはず。でも、それでもあきらめられなかったことが、きっと答えなんでしょう」
 そっか、とレオンが頷いた。
 ルミナがそうだよねえ、と含み笑いをした。
 全く分からない3人を後目に、女性達はうんうんと頷きあった。
 ムジュラは、一足先にリンク達の集団から離れた。お面屋、という単語を聞いてはじめて、ムジュラはお面屋に引き渡されたということを思い出したゼロだが、それを尋ねることはもうできなかった。リンクはレオンがいたので、そういうこともあるか、としか思っていなかったが。
「これでお前の依頼は完了か?」
「それはもう!助かったよ」
「レオンも行くの?」
「そうだな。何せ、俺を待ってる人が多いもんだからさ」
「忙しそうだね」
「厄介払いされてる、の間違いじゃないのか」
「相変わらず辛辣だな!」
「ねえねえ、結局君は誰だったの?」
「通りすがりのレオンさんだよ」
 えー、と明らかに不満そうなルミナに笑顔で返すと、レオンはゼロに手を伸ばした。
「元気で」
「……うん!君もね」
 ゼロと握手をして、リンクにも手を伸ばしたが拒まれたので、レオンはリンクの後ろに回り無理矢理握手を交わした。
「さて、じゃあよい旅を!」
 レオンは颯爽と走って外に出ると、そのままどこかにいなくなってしまった。ルミナはリンクとゼロに向き直ると、また行くの、と尋ねる。それにリンクが頷いた。
「でもまた帰ってくるよ」
 ゼロが笑う。それにルミナは嬉しそうに笑って大きく頷いた。
 時計塔の下を抜けると、そこは引きずり込まれた泉だった。ここに繋がるのか、と感心したが、泉はみるみるうちに光を失い、ただの大きな水溜りに変わってしまった。
「あれって、レオンが潜んでるから光ってたのかなあ」
「変な想像をするな。行くぞ」
 ふたりは再び歩き出した。目的地は、まだ見えていない。それでも明日に続く旅を、繋いでいこうと思った。






(旅は続いていく。だから、故郷でまた話すときは、これまでだけじゃなくて、これからの話もしよう)


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