月と星






「ごめんくださーい」

 雑貨屋に一歩入ったところで、ゼロは驚いた。店内に小川が流れていた。ほとりにはカカシまで突っ立っている。

『変わったお店ですね』アリスも度肝を抜かれたようだった。
「……いらっしゃい」

 店のカウンターには、短髪の青年が所在なさげに陣取っていた。これ以上ないほど無愛想な声は、彼が発信源らしい。しきりと手元の雑誌をめくっている。

「風邪薬ありませんか?」と訊ねてみても、
「オレ、バイトだからよくわかんないッスよ」
『陳列棚にないなら、在庫の方を調べてもらいたいのですが』
「今、店長いないんでよくわかんないッスよ」

 自称バイトはもごもごと口の中で呟きつつ、なかなか動こうとしない。反射的に返事はしたものの、どうやら客が来たことを認識していないようだ。ひたすら雑誌に集中している。

 じれて店内を泳いだ紅茶色の瞳は、壁の一点にすい寄せられた。鈍い青色を基調としたポスターが、いささか悪目立ちして貼られている。白く抜かれた大文字は「超人気ゾーラバンド『ダル・ブルー』、刻のカーニバルにて公演決定! チケットプレゼントへの応募はこちら」と謳っていた。

 ゼロはアリスと素早く視線を交わしあう。カウンターに身を乗り出した。

「もしかして、『ダル・ブルー』好きなんですか?」

 案の定バイトは瞳を輝かせて食いついた。

「ニイさんもッスか! オレ、バンドやってるんスよ、バンド。
 コンサートのチケットプレゼントに応募したんッスけど……オレ宛に何か届いてないッスかねえ。――あっ」

 言葉を切ったバイトと目を合わせて、ゼロはにっこりした。

「風邪薬、くださいな」
「りょ、了解ッス!」

 頬と耳を赤く染めたバイトは、カウンター奥にあるドアの向こうから、二つのツボを取り出してきた。それぞれ原色の赤と緑を主張している。

「これ、『赤いクスリ』ッス。一杯30ルピー。なんか、よく効くらしいッスよ。で、こっちが『緑のクスリ』、おなじく30ルピー。なんか、魔力? とかいうのが減った時に効くみたいッス」

 値札と照らし合わせながらの、たどたどしい説明だった。バイトには申し訳ないが、あまり参考にならない。

 ゼロは腕を組んだ。

「赤いクスリの方は、使ったことあるよ。疲れがふっとんだけど、一時的だった」
『風邪には適していないようですね』
「うん。緑のクスリはどうだろう? 魔力が回復しても、意味ない気がする」

 そもそも、主に町の人々が利用する雑貨屋なのに、商品が偏りすぎではないだろうか。棚を見渡せば、他には矢の束、盾、デクの実、ただの棒きれ(デクの棒という商品名だった)なんてものまであった。いったい誰が購入するのだ。「ここ、あんまり客こないけど、何で店長はあんなにお金持ってんだろう……?」と、バイトもぼやいていた。

「あ。そういえば、風邪には『青いクスリ』がよく効くって聞いたことがあるッス」
『青? ここにはありませんよね』
「沼地のクスリ屋から仕入れてたけど、ちょっと前に品切れになったって店長が愚痴ってたッス」

 と、空っぽの青いツボを指さす。ゼロはあっと叫んだ。

 前回の「一日目」、沼の「フシギの森」にて。クスリ屋を営むコタケの双子の姉妹・コウメが、魔法のキノコを探していると話していた。品薄だった青いクスリの材料になるから、と――。

「ってことなんだけど」アリスに説明するが、
『沼まで行けば明日になってしまいますよ。たどり着いても、クスリがすぐ手に入るわけではありませんし』
「そうなんだよね」

 思わず、ゼロは天を仰いだ。一刻も早くクスリを届けたいのに、追いかければ追いかけるほど手をすり抜けていってしまう。

『ようニイチャン、アキンドナッツって知ってるかい?』

 新たな声が介入してきた。わさわさと、草の擦れるような音がしきりに響く。三人の他には誰もいないはずなのに。

「……どちらさま?」

 ネジを巻き忘れた時計のように、ゼロがぎこちなく振り向けば。小川のほとりにたたずんでいたカカシが、くねくねとダンスを踊っていた!

「ええーっ!?」巨大フクロウと会話を交わした経験があるゼロですら、ぎょっとした。
「踊り好きのカカシッス。なかなかいいセンスッスよ」

 慣れっこのバイトは何度もうなずく。確かに、この鳥よけ藁人形――青いベストに赤い麦藁帽、と身なりはなかなか小綺麗だった。

 アリスが冷静に話題を戻す。

『アキンドナッツ、とおっしゃいましたね。私の記憶では、確かデクナッツの親戚のような種族でしたが』

 密かにゼロは羨ましくなった。「記憶では確か」などという前置きができないのが現状だった。

 カカシは腰をひとつひねる。

『そうそう。そいつら、なかなか独自のルートでアイテムを流通させてるらしいぜ、ベイベ』
「じゃ、青いクスリも!」

 ゼロは、目の前にぱあっと希望の光が射しこんだように感じた。
「どこにいるのかな、そのアキンドナッツって」
『以前この町でも見かけました。時計塔の近くのデク花ですよね』アリスが即答する。

 情報はなるべくホットなまま持ち帰りたい。さっそくゼロはアキンドナッツを探すことに決めた。

「チケット、当たるといいですね」
「まいどありッス」
『また来なよ、ベイベ〜! そのときはオラと一緒に、朝までダンシングだぜ』

 陽気なカカシと案外いい人だったバイトに見送られ、ゼロは夜も更けた町へと繰り出していった。


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