月と星






 妖精の泉を後にした二人は、沼の畔を目的もなく歩きながら新たな情報を整理していた。ゼロはいよいよ近くなった月を睨みつける。

「月と星って意味ありげだよね」

 アリスも頷き、

『先程のお話は、日蝕のことかもしれません』
「日蝕?」

 オウム返しに訊ねると、丁寧な説明が返ってきた。

『空で月と太陽がぴったりと重なり、太陽が見えなくなってしまう現象です』
「へええ」
『しかし、それほど長い間陰っていたとなると、実際に神様同士の喧嘩でもあったのかもしれません』
「……スケールが大きいね」

 ゼロはお手上げ、というように首を振った。

『そうですね。想像もつかないほど大きいです。
 私たちは、目の前の小さなことから片付けていくしかありませんよ』
「小さなことから、か。そうだね。
 もし誰かが時に悪戯して、明日が『一日目』になったなら――また、サクッと大妖精様を助けちゃおうか!」

 こぶしを振りあげて高らかに行った宣言を、妖精は頼もしげに見つめる。

 遠くから鐘の音が聞こえてきた。遙か彼方、クロックタウンの時計塔で鳴っているのによく響いている。

 ゼロが例のごとく寝坊したせいで、デクナッツの城からの出発が遅れてしまった。結果として、もう日が傾いてしまっている始末だ。今日は町に戻ることはかなわないだろう。

 時計の町につかの間思いを馳せ、彼は眉を曇らせた。

「アンジュさん、今頃どうしてるだろうね」
『今日で”三日目”ですからね』
「また、恋人さんのことを待ってるのかな……」

 気がかりだが、あの痛々しい姿は思い出すだけでも辛かった。今日会えないことが、吉と出るか凶と出るか。
 感傷に耽りながらとぼとぼ歩いていると、

「おおーい」

 突然、空から声が降ってきた。ぎょっとして声の主を探す。

『あの方ではありませんか?』

 アリスの示す方向には、背中にくくりつけた赤い風船によって、プカプカと空に浮かんでいる人物がいた。乾いた音とともに風船が割れ、地面に降りてくる。
 それは、つま先から頭のてっぺんまで緑の服に身を包んだ小男だった。大きな赤い鼻はなかなか愛嬌があるが、身の丈はゼロの半分少しくらいしかない。

 彼はトコトコという効果音付きでこちらに近寄ってきた。

「そこのキミ。妖精さんを知らない?」

 ゼロはきょとんとした。

「妖精さんって、オレの隣の――アリスのこと?」
「ううん、違うのだ。白い妖精をつれた、緑の服の妖精さんなのだ」

 緑の服、と言われて小男を見る。もしかしたら同類を捜しているのかもしれない。

「いえ、知りません。一体どうしたんですか?」

 相手はぴしっとかしこまった。妙に芝居がかった動きだ。

「申し遅れたけど、ボクはチンクル。タルミナのマップを描いて売ってるんだ。
 でも、一昨日クロックタウンでマップを売ったら、お金を貰わないまま持ち逃げされちゃったんだ!」
『まあ、それは酷いですね』

 真面目なアリスは憤りを隠せない。ゼロはチンクルを不憫に思って提案した。

「良ければ、オレが代金を取り返してきましょうか?」
「ほ、本当なのだ? チンクル嬉しい〜!
 ウサギくんを祝福するのだ、チンクル〜チンクル〜、クルリンパっ!」

 かけ声とともに勢いよく広げられた手のひらから、ぱっと紙吹雪が風に舞う。これが祝福の証だろう。まるで手品師みたいだ、と苦笑する。

「持ち逃げ犯の買った地図――スノーヘッドの地図の代金は、二十ルピーなのだ。頼んだよウサギくん!」
「任せてください」

 手を振って送り出されながら、ゼロは方向転換して来た道を戻り始めた。アリスが耳打ちする。

『月が落ちるまで、あと数時間しかありませんが……請け合っても大丈夫なんですか?』

 彼は笑って「心配いらないよ」と言った。

「こういう時こそ、大妖精様の出番だよ。絶対に見つけてくれるでしょ。時がそっくり繰り返すなら、『次』に持ち越してでも代金を取り返せる。
 あ、ついでに観光ガイドで写し絵も現像してもらおうかな。一枚しか撮ってないけど」

 なるほど、彼なりの考えがあって再び妖精の泉へ針路を取ったのだ。アリスが後ろに従ってしばらく歩いてから、

「ところでさ。ウサギくんって誰のことだろ?」
『それは……ゼロさん意外には、いないのでは』

 妖精はどこか言いづらそうだった。

「え、オレ? どこが」
『髪の色と瞳が……』

 ゼロは首を傾げながら、見事な白銀色の自身の髪をいじった。そんな彼の瞳は紅茶色である。

「そうかな。オレは絶対違うと思う」
『……』

 ちなみに。泉にとんぼ返りする前に寄った観光ガイドにて、「ガイドのおじさんがチンクルの父親」という衝撃の事実を聞くことになるとは、この時点で知る由もない。


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