月と星






 翌朝、ミカウの姿をしたリンクはゾーラホールで大歓迎を受けた。声を取り戻したルルから事情を聞いたゾーラたちは、勇者の凱旋を今か今かと待っていたらしい。入り口付近にはわらわらとゾーラが集まって、とんでもない人口密度だ。

「おかえりミカウ、今日のヒレのしめり具合は最高だぜ」
「これでダル・ブルーが全員そろったな」
「さっそくカーニバルのリハーサルをしよう!」

 音楽好きのゾーラの血が騒ぐのか、さっそくステージの設置と楽器のチューニングが始まった。リンクはあっと言う間に人混みにさらわれてしまう。
 妖精二人とゼロはそろって取り残された。とにかく観衆の壁が分厚くて、近寄れそうにない。
 唯々諾々と従うリンクに対して、チャットは不満そうだ。

『世話になった奴のことになると、いつもこうなのよ。ちょっと付き合いが良すぎるというかさ』
『でも、リンクさんらしいですよね、そういうところ』
「そうそう。だからこそカッコいいんだよ!」

 ここぞとばかりにゼロは力説するが、チャットは『はいはい』と聞き流した。 

「リハーサルか、いいなあ。ルルさんの歌声も聞けるんだよね」ゼロは物欲しそうな目で、シャコ貝製のステージを見やる。
「聴きたいなら、聴いていけばいいんだな」

 口を挟んだのは、小太りのゾーラ――ダル・ブルーのディジョだった。ステージを遠巻きに見守る旅人風の男が気になったのだろう。

「え、いいんですか!」ゼロはその場で飛び上がらんばかりだ。
「何かの縁なんだな」

 分かりやすいリアクションときらきらした目線に気をよくしたのか、ディジョは太っ腹だった。

「まだ始まるまで時間がかかるから、ゆっくりしていけばいいんだな」
「そうなんですか……なら」

 ゼロはディジョに頭を下げてから、Uターンした。

『ちょっと、どこ行くのよっ』

 置いて行かれる形になったチャットとアリスには振り返らずに、

「リハーサル、一緒に聴いてもらいたい人がいるんだ」

 この地方での知り合いだろうか? チャットがとっさに思い当たる人物はいなかった。

『私もご一緒します!』
「すぐ帰ってくるから大丈夫だよ」

 アリスは『そうですか……』としょんぼりした。
 宣言通り、小一時間ほどでゼロは帰ってきた。隣に見知らぬ人物を引き連れて。白いローブで肌を隠しているが、体型からして女性だ。チャットはびっくりする。

『一体どこで引っかけてきたのかしら! 案外やるわね』
『ゼロさん、その方は――』

 注意深く辺りを見回してから、ゼロは唇に人差し指を当て、しいーっと声を潜めた。

「海賊の頭領の、アベールさん」
『げっ、なんでそんな奴を』

 チャットにとって、海賊という稼業は欲深いニンゲンの典型例だ。つまり嫌いなタイプである。リンクが協定を結ぶと決めた以上はそれに従うけれど、馴れ合うつもりはない。

 どういう口車に乗せられてきたのかは不明だが、アベールは期待に満ちた目で、敵地であるゾーラホールを見定めている。

「本当に竜神雲のお宝があるんだろうね」

 そういえば、そんな(都合の悪い)約束もしていた。一日音信不通でいるだけで「逃げきれる」というのに、こんな話を蒸し返して、ゼロはどういうつもりなのだろう。
 妖精二人から疑問に満ちた視線を投げかけられながら、ゼロはアベールとともに二階の席にあがった。ちょうどリハーサルが始まるところだ。リンクはミカウの姿をして、ギターを構えている。

「あれ、アイツは……!?」

 アベールは目を見開いた。驚くのも当然だ、重傷を負わせて海に落としたはずの相手が、けろっとしているのだから。前を見たままゼロが言う。

「いろいろとややこしい事情があるんですけど……今は黙って聴いてください」

 客席の照明が落ちる。ルルが一歩前にでる。このバンドの華であるメインボーカルの登場だ。高まる期待感。
「ワン、トゥー、スリー」ディジョのドラムに合わせ、ジャズ調の静かな前奏が始まった。数小節置いて、歌声が流れる。
 聴衆は、うっとりとして聞き入った。透明なルルの七色ボイス、ミカウの泣きのギター――これぞダル・ブルーの真骨頂と呼べる、本番に勝るとも劣らない出来のライブだった。つかの間自分がどこにいるのかも忘れて、ただただ音楽にどっぷり浸る。

『いい曲ですね……』

 傍らのアリスに、ゼロは心から同意した。

 二人は、今までの旅路を思い出していた。初めて海に来た時は、右往左往の果てになんとか大妖精を復活させることしかできず、今回のように災いを根本から解決してしまうなんて、夢のまた夢だった。

 あのとき、海の大妖精はルルに言った。無事に帰ってきたミカウも一緒に、ダル・ブルーは全員そろってのコンサートが開ける、と。それは半分本当で、半分嘘だったけれど――この日のため、そしていつか刻のカーニバルで本番の日を迎えるために、二人は力を尽くしてきたのだ。どんな行動も無駄ではなかったことが、ゼロを勇気づけてくれる。
 音楽の海に肩まで浸かるようなライブは終わりを告げ、満場の拍手が会場を埋め尽くした。

 アベールは背もたれに寄りかかったまま、静かにゼロを見つめる。

「それで、あんたはこれを聴かせてどうしたかったんだい」

 迎えうつのは、強かな紅茶色だ。

「お宝って言うのは、金品に限らないと思うんです」
「へえ」
「オレが竜神雲の中で見つけてきたお宝は、これです」

 彼は別段、アベールを面と向かって非難するつもりはない。海賊のアジトに単身で乗り込んだミカウにだって、非がなかったわけではないだろう。せめて仲間と相談するような冷静さがあれば、今回の悲劇は防げたのだ。
 アベールは唇の端をつり上げた。

「あんた、面白いね」
「えっ。そうですか?」きょとんとするゼロがおかしいらしく、彼女は笑いをかみ殺した。

「ああ……いいライブだった。感謝するよ」
「クロックタウンのカーニバルで、本番をやるんです。よかったら是非」
「いいねえ。子分どもをつれて聴きにいこうか」

 ローブの裾を翻し、女海賊は優雅に歩いていった。「入り口まで送ります!」とゼロがついていく。
 息を潜めていたチャットが、

『あーはらはらした。いきなりアイツがぶちキレて、切りかかってきたりしなくて良かったわよね、本当に』
『……はい。ほっとしました』

 アリスは本心から安堵した声を出した。アベールとのやりとりの間、彼女はずっと小刻みに震えていたのだ。これは一度ゼロをシメないといけないな、とチャットは思う。

「ごめん二人とも、お待たせ」

 のんきなゼロがやっと戻ってきた。ほっとした空気が流れる。

「あれ、リンクは?」

 いつの間にか、ステージ上からはルルとリンクの姿は消え失せていた。


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