半月


※四章後くらい〜ED後でクロックタウン剣道場の話。エピローグネタバレあり


『剣道場?』
「そんな場所に一体何の用があるんだ」
 ロクでもない話だったら叩き斬るぞ、とリンクは言外に告げていた。
 何度目かの「一日目」で昼過ぎに起きてきたゼロは、リンクと合流するなり「剣道場に行きたい」と言い出した。
 幾度も繰り返す三日間は、時間が無限にあるようでいて、そうではない。時を繰り返すたびに人々の心には疲労がたまり、それが思わぬ事態を招くことにもなりかねない。だから無駄に使える時間などない、とリンクは言いたいのだろう。
 ゼロは取りなすように笑った。
「時間はあまりかからないと思う。あのさ、オレって右利きでしょ? それで武器も片手剣なのに、いつも気づいたら両手で使ってるんだ。これって昔の記憶に関係があるんだと思う」
『体に染み付いた癖ってわけ?』チャットが問う。
「そうそう。だから、その道のプロなら何かヒントをくれるかもしれない」
 今まで彼らは剣道場に足を踏み入れたことはなかった。そもそも剣を練習する必要性が薄かったからだ。記憶がないとはいえゼロは体が剣の扱い方を覚えていたし、何よりも傍には年齢に見合わず剣術に習熟したリンクがいる。
 ゼロはちらりと年下の先輩を見る。
「だからちょっとだけ寄り道したいんだけど……」
「分かった。俺も行く」
 リンクは腕組みをほどいてうなずいた。
 こうして四人は剣道場を訪れた。表の看板には「来たれ門下生 親切ていねい就職OK 最強の道場」とある。うさんくさいわね、とチャットが呟いた。
 道場の中はがらんとしていて、ひとけはなかった。
「ごめんくださーい……」
 薄暗い室内を見回す。手前には剣を振り回すのに十分な広さと天井の高さを持つ土間があって、奥の一段上がった板の間に、ちんまりとした男が座っていた。
 男はちぢれた茶髪を頭頂部で結んでいる。大きなひげと豊かな髪のせいでほとんど顔が隠れているから、あれでは剣が扱いにくいのではとゼロは思った。
「こんにちは」
 ゼロが近寄ると、男はあぐらをかいたまま、声を上げた。
「入門希望かな。この道場は親切ていねい二十四時間マンツーマン指導で、みるみる剣の腕前が上達するぞ! 今ならカーニバルの日まで特別割引でお得じゃぞ」
「え」
 見た目の重々しさに反するセールストークを聞いてゼロは固まった。
「剣の技をきたえることは、おのずと精神もきたえられる。近ごろは月が近づくだけでおびえる軟弱なヤツラがふえているが、ワシのようなきたえぬかれた達人クラスになると怖いものなど何もない! この道場で習えば、そんな強い精神を持つことができるぞ」
「は、はあ。それで、えっと、オレの型を見て欲しいんですけど」
「初心者コースと上級者コースがあるぞ」
 ゼロは返答に詰まって仲間たちを見る。『こういう時は上から攻めるのよ!』とチャットが助言した。
「なら、上級者コースで……」
 彼はサイフから十ルピー支払った。
 よし、と道場主がうなずくと同時に、ゼロの背後で鈍い物音がする。
「わ、何!?」
 振り返れば、何本もの丸太が土間から生えて、直立している。
「上級者コースは、制限時間内に丸太を何本斬れるかを見る。はい、はじめ!」
「ええーっ」
 リンクは軽く肩をすくめ、妖精たちと一緒に壁の方へと後退した。
 ゼロは次々床から飛び出してくる(!)丸太を必死に斬った。斬撃が走るたびに丸太は面積の違う断面を見せた。だんだんテンポが掴めてきて、なんだか面白くなってきたところで時間切れとなった。
 剣を鞘におさめたゼロは、心地よい汗をかいていた。
「ど……どうでしょうか?」
「太刀筋は悪くない――が、もっと飛ぶんじゃ!」
「飛ぶ?」
「ジャンプ斬りしろってことだろ」
『最初からそう言えばいいのにね』
 近づいてきたリンクとチャットが不満げに指摘する。まあまあ、とアリスが声をかけていた。
 ここでゼロは道場主に軽く事情を語った。自分は失われた記憶の手がかりを探しており、剣術の型によるヒントを欲していると。
「それで、今のを見て何か思ったこととかありませんか?」
「むう……この道場の流派ではないが、どこかできちんと剣術をおさめたことは確かじゃな。それにおぬしは以前両手剣を使っていたのでは?」
 リンクはしかめっ面になった。「それくらいなら俺にも分かる」と顔に書いてある。
 ゼロだってそこまで剣道場をあてにしていたわけではない。「やっぱりプロが見ても同じなんだ」と納得しただけだ。
 道場主はそこで急に身を乗り出した。
「そういえば、おぬしらはこのまま町にとどまるつもりか?」
「あ、はい。この剣道場はまだ続けるんですか? 月が落ちてくるってウワサがありますけど」
 道場主はふんぞり返った。
「ふふん、ワシがこの町にいるかぎり安心しなさい。ワシが月をたたき斬ってくれるわ!」
「つ……月を?」
 ゼロは目を丸くする。
「そうじゃ! それぐらいの腕前がなければ人に剣など教えんよ」
 それは腕前云々でどうにかなるものなのだろうか? 困惑するゼロの衣の裾をリンクが引っ張った。あごを出口の方へ向けている。そろそろ時間だと言いたげだ。
 ゼロは道場主に礼を言って外に出た。
「余計な時間を食ったな」
 リンクは早足で石畳を歩いていく。ゼロはなんとなくその場から離れがたくて、もう一度剣道場の看板を見上げた。
「月って斬れるのかなあ」
『無理でしょ。少なくともあの月より大きな刃物が必要ってことよ。月を止めたいなら、大人しく巨人を解放すべきだわ』
 チャットの意見は容赦がない。
 大股でリンクを追いかけながら、ゼロは考えごとをしていた。その気持ちを代弁するようにアリスがささやく。
『さっきの方は、なぜあんなことを言ったのでしょうね』
「うん……ちょっと気になるよね」
 あのからりと乾いた奇妙な明るさは、今までゼロが何度も見てきたものとそっくりだった。
 あれは、月の重圧に押しつぶされそうな人たちの持つ明るさだ。



 三日目になり、クロックタウンに帰ってきたゼロは、用事を済ませて時のオカリナを吹こうとするリンクに「もう少しだけ待ってくれないかな」と切り出した。
 薄々予想していたのだろう、吹き口から唇を離したリンクは、
「あまり時間はないからな」
 と付け足してわずかな自由時間をくれた。
 ゼロは身を翻し、剣道場を目指す。アリスも一緒だ。すでに夕方を回り、月が近づく。地響きが何度も町を揺らしていた。
 剣道場は二日前と変わらずポストハウスの隣にあった。閉まっている様子はない。
「ごめんください!」
 返事はなく、中は静かだった。入口に鍵がかかっていなかったのはどういうことだろう。首をかしげながら土間を突っ切る。
「誰もいないね」
 道場主が座っていた場所に、書き置きがあった。拾い上げる。
「しばらくの間休みます。さがさないでください……だって」
 彼は困ったように傍らのアリスを見つめた。青い妖精はふと、壁の向こうに視線を飛ばす。
『……奥に気配がします』
 ゼロは「失礼します」と板の間に上がる。すると、どこからかすすり泣くような声が聞こえた。『掛け軸の奥からですね』彼は妖精と顔を見合わせ、思い切って掛け軸をめくる。
 隠し部屋というべきか、奥には倉庫のような場所があった。また地響きがして、ゼロの踏みしめた板がギイギイ鳴る。明かりがないのでよく目を凝らした。倉庫の隅に大きな「何か」があって、ガタガタ揺れている。月の起こす振動のせいではない。
 その何かから、「死にたくない」とつぶやきが漏れた。
 ゼロは静かに後ずさる。
 ショックよりも、やはりという気持ちが大きい。そうだ、これが普通の人の反応なのだ。
(斬るのは無理かもしれないけど、早く月をなんとかします。だから今は――ごめんなさいっ)
 ゼロは背を向けて駆け出した。アリスは黙ってその後に続く。
 沈んだ様子の仲間たちが戻ってきても、リンクは何も追及しなかった。「用は済んだな」とオカリナを構える。
「リンク」
「なんだ」
「リンクは、もし自分に月をなんとかできる力がなかったら、今頃どうしてた?」
 少年は軽く目を見開く。そして即答した。
「それはもう俺ではないだろう。無意味な仮定だ」
『確かにそうねえ』とチャットが羽を震わせた。
 ここでゼロは珍しく食い下がる。
「ごめん、あとひとつだけ。リンクはどうしてタルミナのために戦ってくれるの」
 リンクは不意をつかれたようだ。しばし時のオカリナに目線を落として考え込む。
 顔を上げた彼は、青く澄んだ瞳でゼロを見つめた。
「俺が、そういう性分だからだ」
 オカリナから時の歌が静かに流れ出す。
(そうだよね、リンクは強いのが当たり前で……人助けするのが、好きなんだよね)
 リンクは積極的に他人と関わりを持ちたがるタイプではない。しかし、だからといって他人に全く情がわかないわけではない。顔も知らない人々も含めてタルミナに住まう者たち全てを救おうとしているし、リンクにはそれができるのだ。
 あの剣道場の主のことを知らなくても、月をたたき斬ってのけるのがリンクという人だ。
 視界が白の洪水に飲み込まれる。時の逆流に身を任せながら、ゼロは不思議な安堵感に満たされていた。



 ――長い長い三日間に別れを告げ、刻のカーニバルが終わってからというもの、クロックタウンは綺麗な晴天続きである。
 ゼロはいつもの旅装をまとい、大妖精の剣を背負った。
 ナベかま亭ナイフの間から見える街並みは朝の日差しで輝いている。
「いよいよ、だね」
『はい』
 傍にいたアリスにほほえみかけた。新たな旅立ちの日にふさわしい天気だと思った。
 その時、ノック音とともに扉が開いた。カーニバルの日にカーフェイと契りを結んだ、ナベかま亭看板娘のアンジュだった。
 今彼女は夫とともに宿を切り盛りしている。将来的にはカーフェイも町長になるのだろうが、今は二人仲良く閑散期の宿にいる。
 心なしか顔つきが丸みを帯びたアンジュは、手に持ったものを差し出した。
「おはようございます。これ、ゼロさんにお手紙ですって」
「オレにですか?」
 ゼロは驚くのと同時に「このタイミングで良かったな」と思う。ちょうど今日、彼らは新たな旅に出るところだった。すなわち、一ヶ月以上も借りっぱなしだったナベかま亭の部屋を引き払う日である。
 基本的に旅人という立場である彼は、タルミナに居場所を持たない。おそらくイカーナに戻れば歓待されるだろうが、ゼロとしてはそれは避けたかった。眠りについたはずの死者たちをそっとしておきたい気持ちが半分と、やたらと好意的な幽霊四姉妹につかまりたくない気持ちが半分だ。
 カーニバルが終わってから、鬼神としての役目を無事に果たしたことを報告するため一度イカーナに行った時も、少し話をするだけのはずが散々引きとめられてしまった。あの場にアリスがいなかったら、無事に帰ってこられたかどうか――
 ゼロは余計な思考を一時追い出し、背負った荷物をおろして手紙を受け取る。
「手紙もらうのって初めてだなあ」
 ポストマンのふりをしたことは多々あれど、受け取る側に立ったことはなかった。つい最近までまわりに知り合いなど皆無だったのだから仕方ない。
『一体誰からでしょうね?』
 封筒を裏返して差出人を確認するが、知らない名前だった。ゼロは首をひねりながら開封する。
 ワシは修行の旅に出る。だから、剣道場は月をたたき斬った者へと譲りわたす。
「これ、もしかして」『剣道場の主さんからですね……』
 時の繰り返しは完璧ではない。まわる渦をすり抜けて、わずかに記憶や事実のかけらが残ることもある。あの道場主の心に、ゼロが関わったことで何かが生まれたということだろうか。月を斬ったわけではないけれど、それに近いことはしているゼロへ、道場主は遠回しに感謝の気持ちを述べていた。
 そのこと自体はとても喜ばしい。だが、手紙の後半が問題だった。
「これ、もしかしてあの剣道場をオレが管理しろってことなの……?」
 折しも旅立ちの日に、こんな依頼を受けるなんて。そもそも自分が施設経営なんてできるのだろうか? 全く自信がないし、想像もつかない。
 唐突すぎる話に呆然とする彼へ、横からアンジュが助言する。
「ゼロさんたちが帰ってくるまで、剣道場は私たちが戸締まりしますよ。それで、帰ってきたら道場を開けばいいじゃないですか。先生に認められるほどの実力なんでしょう? きっと子供たちや、もしかすると町兵たちも通いにくるかもしれません」
 ゼロは何度も瞬きする。今、彼の前には考えもしなかった未来が開けていた。
 もし、そういう形で自分がクロックタウンに関われるとしたら――この町の一員になれるとしたら、それはなんて素敵な未来図なのだろう。
『私もお手伝いします。それに、道場の主さんが帰ってきた時も、にぎやかな方が喜ばれると思います』
 アリスは優しい声でその背を押した。
 じわりと胸に広がっていく熱を、高鳴る鼓動をゼロは感じた。
(これも、リンクが贈ってくれたものなのかな?)
 間接的にはそうと言えるだろう。リンクはタルミナの人々に、目には見えない大切なものをたくさんくれた。きっと、それを誰の目にも見えるようにして町の人々に還元するのが自分の役割であり、やりたいことなのだ。
 窓の向こうに、昼間に浮かぶ真っ白い半月が見えた。ゼロはそれに手を伸ばし――手刀で斬るような仕草をして、ほほえんだ。

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