ソナチネ


※空剣カウントダウン:1。四章後だけどネタバレはほぼなし


 100点、100点、30点30点60点、そしてまた100点。

 増えるカウントとともに、あちこちから断末魔が上がる。打ち伏していくオコリナッツ、グエー、ウルフォスたち。もはや規定通りのルートでなく、逃げまどっているようすら見えるのは気のせいか。
 悪夢のような状況を引き起こしているのは、緑衣の少年・リンクだった。

「す、すごい……」

 ここは沼の射的場。特別に飼育された魔物たちを、矢で狙って遊ぶ場所だ。少し心は痛むけれど、本来ならもう少しコミカルで、ほのぼのした光景になるはずなのだが。
 子供のものとは思えない弓勢に、魔物が体につけている目印の、ど真ん中が貫かれる。また一匹倒れた。

 もはや「惨劇」としか形容のできない光景に、ゼロはひたすら圧倒されていた。
 チャットが点数を数え上げる。

『あと500点でパーフェクトよ。470、410――この調子ならいけるわ』
「パ、パーフェクトだって……!?」

 ロマニー牧場でのオバケ退治の時点でも、卓越した技能を思う存分見せつけていたのに。さらにリンクは腕に磨きをかけたようだ。
 チャットは笑いをかみ殺したように、

『あのオバケ退治の時、ずいぶん来るのが遅かったでしょ? アイツったらね、終業時間ぎりぎりまでここで射的の練習したあと、バッド・バットやタックリーを夢中になって狩ってたの。だからあんなに遅刻したのよ』

 くすくす漏れる息に、憮然とした声が被された。

「あれは、申し訳なかったと思っている」

 射的(という名の狩り)を終わらせたリンクは、パーフェクトの副賞である紙切れをゼロに見せた。

「それは?」

 紙には、派手な色のインクで「町の射的場・沼の射的場 パーフェクトキャンペーン実施中」と書かれていた。

「これを持って、町の射的場でパーフェクトをとれば、副賞がもらえるらしい。前の時には手に入れられなかったんだ」
「賞品ほしいの?」
「いや、別に」

 リンクは首を横に振る。ゼロはきょとんとした。

「じゃあ、なんでお金払ってまで射的したの?」
「……クリアしないと気が済まないんだ、こういうのは」

 なぜだか気恥ずかしくなって目をそらした。

「リンク。射的やって、楽しかった?」

 ゼロが詰め寄ってきた。リンクは気圧されたように仰け反る。

「楽しいとか楽しくないとか、そういうものじゃないだろ」

 彼にとってこういったゲームは、乗り越えなければならない山だ。そこに山があるから登る。それだけのことだった。

 一転してゼロは笑顔になり、リンクの手から紙切れを受け取った。

「ならさ。町の射的、オレにやらせてくれないかな」





「あ〜っ!」

 八回目の挑戦は、惜しくもパーフェクトまであと二点に終わった。

 町の射的場は沼とは違って、青と赤のオクタロックが的になる。水槽から顔を出すタコを、制限時間内でひたすら打ちまくるのだ。リンクが見たところ、こちらの方が難易度は高い。
 ゼロはがっくりと肩を落とした。

「青色のオクタロックを打ったら残り時間が減るんだよね。それは分かってるんだけど……難しいなあ」
『とても惜しかったですね』アリスが慰める。

 しかし。何度も失敗しているにも関わらず、ゼロは楽しそうだった。少なくともリンクにはそう見えた。「悔しい」と言いつつ、あの表情を浮かべられる理由が、彼にはわからない。

 また射的代20ルピーを払ってから、ゼロは頼もしい仲間に弓矢を託す。

「お願いします!」
「結局俺に頼るのかよ」リンクは苦い顔をしつつも、弓を手に取った。

 計八回の挑戦を観察して、彼はゲームの特性を理解していた。沼の射的場では動いている的を狙うので、ある程度精度は落ちても数に頼めばいい。一方こちら、町の射的場では、決まった位置とタイミングで的が出現する。記憶力と、狙いをつけるスピードと、間違いなく仕留められる正確さが必要となる。

 慎重に、しかし着実に、リンクはオクタロックを片づけていった。流鏑馬で鍛えた腕前は伊達じゃない。

「まあ、こんなものか」

 と息をついたときには、50匹すべてを倒してパーフェクトゲームを達成していた。
 歓声を上げ、ゼロが盛大な拍手を送る。

「おめでとう! やっぱりリンクはすごいや」
「観察する時間だけは、たくさんあったからな」当てつけのような言葉だが、口の端には笑みが滲んでいた。まんざらでもなさそうだ。

 チャットは、ずらりと棚に並んだ賞品を示す。

『さ、賞品は何を選ぶの?』

 棚の前で、リンクはしばらく悩んだ。

「これ、持ってろ」

 その末に、ゼロに向かって放り投げられたのは、矢立てだった。沼の大妖精から授かったものよりも、一回り大きい。

「オレが? 本当にいいの」

 ゼロの表情はパッと輝いた。

「二回も言わせるな」リンクは面倒くさそうだ。
「ありがとう」

 さっそく得物を背負ってみせる。『似合っていますよ』とアリスから賛辞をもらった。
 射的場から外に出ると、もう日の暮れだった。

「……お前こそ、どうだったんだよ」

 リンクはうつむき加減で、ぼそぼそと聞き取りにくい声を出す。

「ん、何が?」
「射的」

 幸いにも、ゼロは単語一つから話題を察することができた。

「楽しかったよ。リンクが遊んでるのを見てるだけでも、すごく楽しい」

 自然に口をついて出る、「楽しい」という言葉。彼と比較しながら、リンクは自問自答する。――自分は、楽しいと感じたのだろうか。わからない。

 ただ、ゼロが背負った矢立てを眺めれば、誇らしい気分が沸いてきた。

「リンクはどうだった?」
「……やっぱり、よくわからん」

 その声は、少しだけ笑っているようだった。

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