「はぁ……」

今日何度目かわからないため息を吐き出した僕は、実際には全く頭に入ってこない数字の羅列をぼんやり眺めながら手にしていたペンをくるくる回した。

その様子を一瞬の隙もなく見つめてくる臨也さん。
穴をあけるつもりかと思うほどずっとその目は僕を捉え続けている。
二時間前にこの部屋に勝手に入ってきて勝手に僕の隣に座って勝手に喋り出してずっと……。

そのため、それまではかどっていたはずの宿題が一向に進まなくなってしまった。こんな状況下におかれて変わらず取り組める人間がいるなら是非お目にかかりたいものだ。人間好きなこの人のことだから、余計興味を持ち出すことだろう。

「……確かに静かにして下さいとは言いましたけど、無言で見つめるのはやめてくれませんか?」
「………」

べらべら喋り続けられるのも問題だが、無言なのもまた不気味で気が散ってしまう。
臨也さんはニヤッと口元を歪めるだけで目は僕をしっかり捉えたままだ。
その顔を見ていると余計苛立ちが募りそうで視線を逸らせば、それまで無言だった臨也さんが急に声高らかに笑い始めた。
……気持ち悪い。

「…………はぁ」

まだ笑いが止まらない臨也さんには視線を向ける気にもなれず、適当に視線を彷徨わせていると部屋の隅にある物を発見して、いい考えが浮かんだ。

「そうだ、臨也さん」
「ははは…、何?」

それまで笑い続けていた臨也さんはやっとそれを止めて再び僕と視線をあわせる。何がしたいんだろうこの人は。しかし、聞いたところでどうにかなるわけでもないし特別興味もないので構わず話を切り出す。

「そういえば僕、ゴミを出しに行こうと思ってたんですよ」
「うん」
「だから、ちょっと出てくるんで、臨也さんもお帰り願えますか?」
「………えー」

臨也さんは口を尖らせて不満そうにぶーぶー言っている。
うざいなーほんとに。
…失敗したかな?
そう思って横目に様子を窺うと、臨也さんがわかったと口を開いた。

「じゃあ、俺がゴミを捨ててきてあげるよ」
「え……」

表では驚きを装いつつ、心の中でガッツポーズをしてしまった。いや、ここからが肝心なのだが…。

「いえ、そんなの悪いですよ……」
「何言ってるの、俺と君の仲じゃないか」

…どんな仲だ。

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「勿論!!」
「ちゃんと捨ててきて下さいね?」
「?当たり前でしょ」

念を押し、その返事をしかと聞いたという合図に、思い切り笑顔を向ける。
そして、部屋の隅にあったゴミ袋を手にとり、素早く臨也さんに被せる。

「っ…帝人くん?」
「はい」
「これは何のマネ?」
「ゴミですよゴミ。人間って燃えるゴミでしたっけ?埋め立てゴミでしたっけ?まぁ、とにかく引き受けたからにはちゃんと捨ててきて下さいね」
「………」

黒いごみ袋のせいで表情は窺えないが、驚いていることはなんとなく予想ができた。

「…人間は埋め立てじゃない?」
「そうですっけ?どっちでもいいんでとりあえず捨てといて下さい」
「それで俺が動くとでも?」

ゴミ袋を被ったままそう問われても滑稽なだけだ。

「男に二言はないでしょう」

そう言って僕は玄関の扉を開け、臨也さんの背中を扉の外へ押し出しながら見えてないと分かった上で勝利の笑みを浮かべて一言。

「それじゃあ、お願いしますね」

すると臨也さんは、意外にもあっさりと扉の外へと出て行った。もっと抵抗されるかと思ってたんだけど。

「今日のところはこれで帰ってあげるよ。十分に帝人くん観察もできたことだし」
「はぁ…」

"帝人くん観察"って何だよ…という突っ込みはやはり聞いたら不快になる予感しかしないので心の中だけにとどめた。

「けど、次はもうこんな手は通用しないからね」

そう言って、臨也さんは被ったままだったゴミ袋を突き破り顔だけを出すと、そのまま歩き出した。まるで黒いポンチョのように…見えないこともないけれどゴミ袋はゴミ袋だ。

「またね、帝人くん」

振り返り格好つけるようにしたウィンクはゴミ袋のせいで台無しだ。

嵐が過ぎ去ったあとの部屋は実に穏やかだった。
これでやっと宿題に取り組める…そう思ったが、机の前に座りノートに視線を落とした瞬間、先ほどのゴミ袋から顔だけを出した臨也さんの姿が頭に浮かんで、自然と顔が歪む。
更にウィンクする姿まで浮かんでは、笑いがとまらなくなってしまった。
改めて思えばなんて滑稽なのだろう。本当にあの格好のまま帰ったのだとすれば、行き交う人々はその姿を見てどう思っただろうか…。静雄さんなんかに会っていればもう色々お仕舞いだ。
一通り笑い終わった頃には、集中力などとっくに消え失せていた。
そして、居ても居なくても人の邪魔をする人だ(3分の1は自分のせいであるような気もするが)…と床に横になりながら思うのだった。




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