人気のない路地に連れ込まれ、複数人の柄の悪い男達に囲まれた一人の少年。気弱そうで、いかにもそういう連中の標的になりそうな少年の顔に浮かぶのは、怯えではなく困惑だった。
こういう事態に最早慣れてしまっているからではなく、何故自分ばかりがこうも絡まれてしまうのかという疑問からでもない。
しかし、主な要因ではないにしろ、確かにそんな思いもあり、嘆息する気持ちは拭えない。

「おい、さっさと金出せや」

幸い今回の相手はすぐに殴りかかったり胸ぐらを掴み上げたりするような野蛮な輩ではないようだ。カツアゲをする時点で野蛮だという考えに至らないのは、こういう事態が日常茶飯事な少年の脳が既に麻痺してしまっているからかもしれない。
凄む男をジッと見つめながら、少年、竜ヶ峰帝人が相手にとるべき行動はただ1つだ。

「あの…これ以上は止めた方がいいと思います。あなた…いいえ、あなた達が殺されてしまうので」

ぐるりと自分を囲む数人の男達を見回しながらそう告げる。帝人がとる行動は一つ。ただ警告をする、それだけだ。
しかし、やはり相手には本気にされない。
こういう場面でこんなことを言えば、逃げるための嘘だの強がりだのと言われてしまうのは当然だろう。
帝人は腹を抱えて笑う男達を見ながら深い溜め息を吐いた。

「お前に俺らが殺せるわけねーだろ」
「いえ、僕じゃなく…」

男の言葉に、またか、と思う。自分は確かに虫も殺せないような外見をしているかもしれない。けれど、帝人は"殺されてしまう"と言ったのだ。自分が殺すとは一言も言っていない。正確に言葉の意味を汲み取れないこの手の輩は理解に苦しむ。
ふと、もう一人、話が通じず同じ人間かも疑わしいレベルで理解し難い相手が頭に浮かんだ。
思わず、ハァー、と先程より大きな溜め息が溢れてしまう。目の前の連中より、その一人の男の方が何倍も厄介だなんて。
しかも、いつも通りであればそろそろ…と思ったところで、視界を白黒の二つの物体が横切る。次いで聞こえた悲鳴に、帝人は本日一番盛大な溜め息を吐いた。

数分後、その場に立っているのは帝人を含め三人のみとなっていた。

「お待たせ、帝人君。君のヒーローが今日も颯爽と登場したよ!」
「大丈夫か、竜ヶ峰?怪我とかないか」

両側から同時に聞こえた声に、思わず耳を塞ぎたくなる。
いかにも頭のおかしな発言をし人を食ったような笑みを浮かべる折原臨也に、普段険しい顔を心配そうに歪めて帝人を見る平和島静雄。

「誰がヒーローですか誰が。…怪我はないです。ありがとうございました、静雄さん」

片方は聞き流してしまいたかったがそうすると後々面倒なので適当に返事をし、もう片方には深々と腰を曲げ礼を述べる。

「シズちゃんにだけお礼言うとか差別じゃない?あ、俺へのお礼はキスでいいよ」
「黙れ蚤虫!竜ヶ峰に近寄るんじゃねぇ!!」

距離を詰めようとした臨也との間を遮るように、帝人の目の前を左から右に自分より大きな塊、人間が飛んでいった。記憶が正しければ今回帝人をカツアゲしようとした連中のリーダー的な男だった気がする。
それを難なく避けた臨也が、いきなり何すんのさシズちゃん、と臨戦態勢に入る。
勢いよく宙を舞った男は、無惨にも頭から地面に墜落した。

帝人はその光景に思わず目を瞑りたくなったが、そこはぐっと堪える。
今この場で始まろうとしている戦争を止められるのは自分しかいないからだ。

助けてくれるのは有難いが、こう毎回毎回二人の間に挟まれる方の身にもなってもらいたいものだ。
戦争を回避するための一歩を踏み出しながら、帝人は今日何度目になるかわからない溜め息を吐いた。


池袋にいる一人の平凡な少年。
一見いいカモのように思えるその少年には、二匹の番犬がいる。
その番犬は、狂犬であり凶犬である。
その主人に手を出してしまったなら死を覚悟した方がいい。

そんな噂が広まるのも、きっとそう遠くはない未来。

一方で、その番犬二匹が有名であるが故にそこばかり取り立たされるが、実は陰で少年を支えるべく動いていて、常に番犬の座を虎視眈々と狙っている存在が多くあることを知るものは本人達を除いて他にいないだろう。




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