※腐要素薄いです。
原作とは関係ありませんが、若干ネタバレ要素有?
あくまでifの世界。
高音(エネ)視点からの話。
という感じなので、何でも大丈夫な方のみどうぞ。





****


「またそんなこと言って、理事長に言いつけますよ」
「うっ…わかった、わかったよ!」

少しその名を出しただけなのに、この反応。まるで魔法の呪文か何かのようだ。
自分で言っておきながら、貴音は以前に一度だけ目にしたことのあるその人物の姿を思い出していた。

たまたまその場を歩いていた貴音は、ふいに耳に飛び込んできた聞き知った声に足を止めた。
それはどうも進行方向先にあった部屋から聞こえてくるようで。振り仰げば"応接室"と書かれたその部屋の扉は不用心にも少しだけ開いていた。
だから余計に声が聞こえたのだろうと思いつつ、貴音は光に吸い寄せられる虫宜しくついこっそりと扉に近付き中の様子を窺った。
そこには、予想通りの白衣の後ろ姿があったわけだが。

「ったく、お前さんにゃ敵わねーよ」
「当然だ。俺を誰だと思ってる」
「俺の愛しのつれない理事長様です」

凡そ自分の知っている担任である男の口から出たとは思えない言葉に、目を瞠る。
件の相手はその影に隠れてしまっているためちゃんとした姿は見えなかったのだが、ふいに担任がその人物に近付き、徐に身体を引き寄せた。
身長差があるのか担任は身を屈めて顔を寄せ、その唇が重なる瞬間、確かに貴音の目に飛び込んできたのは、自分よりも年が下でありそうな少年の姿だった。
真っ黒な髪に、真っ黒なパーカー。なんともやる気のなさそうな気怠げな眼差しをした…とそこまでじっくり観察してしまってから、これは非常にまずいのではないかと今更ながらに気付く。
理事長と呼ばれたその少年と、担任(男)のキス現場。
どこか他人事のように眺めていたそれらを、頭でそうなのだと理解した途端、貴音は居た堪れなくなって気付かれないように慎重に、けれど迅速に踵を返した。
何が起こったのか、担任の呻き声のようなものと、不満気な色を湛えた高めの子供のような笑い声が響いたのを聞くともなしに。

あの少年が果たして本当に理事長だったのか。担任とはいったいどういった関係であるのか。
あまりにも衝撃的過ぎて、恐らく決して見てはいけなかったであろうそれを、貴音はただ自分の心の奥底に仕舞い込むことにした。
きちんと扉を閉めておけとその迂闊さを恨めしく思いながら。
例え唯一のクラスメイトである彼にさえ、それを話すことは出来なかった。
何にせよ、その名を出すだけであからさまに変化する担任の態度には特別な何かを感じ得ないではなく、その度に否応なしにあの光景が思い出されることだけは、貴音の頭を悩ませた。


とある行事の中、目次にあった"理事長の挨拶"の文字。
直前になって気付いたそれに変に緊張感を抱いた貴音は、紹介され檀上に現れたその姿に目を丸くした。
それは、貴音が目にしたあの少年ではなく紛れもない大人で。この人が理事長だと紹介されれば疑いようもなく素直に納得出来るような容姿をしていた。
ならば、あの少年は……。
貴音は自分の見てしまったものが考えていたよりも余程まずいものだった気がして、ドクドクと不規則に騒ぐ鼓動は暫くの間、落ち着くことはなかった。


文化祭、もはや貴音の独断場と化していたシューティングゲームの出し物の挑戦者。
それまでも散々だったというのに、どこか気怠げな、それでいてすこぶる生意気な態度の、真っ黒なパーカー…ではなく真っ黒な学生服に身を包んだ少年を目にした時、貴音は確かに激しく動揺していた。
けれど、いざ画面の前に腰を据えた瞬間から気持ちは目の前のことに集中し、ゲーム自体は本気を出せていたはずだった。
それなのに、結果はまさかの敗北。あり得ないと思った。
たいして得意げにするでもなく、さも当然のように振る舞う少年の姿に、貴音は悔しさやら腹立たしさやらやるせなさやらが入り交じったような得も言われぬ感情に襲われた。
いったい、この少年は何者だというのか。
さして興味もなさそうに去っていく後ろ姿に、そういえばプログラミングをしていた担任が、シューティングゲームの得意な知り合いがいるのだと溢していたのを思い出す。
どうせ自分よりは劣るだろうと適当に聞き流していたので、すっかり忘れていた。
第一、あの担任の話など話半分にでも聞いていればいい方で、まさかそれがこんな伏線であったなどとは思いもしなかった。
少しは楽しんでくれるといいんだが、と独り言のように呟いていたその意味が、今ならわかる気がした。
呆然とする貴音に、自分が何かをしたわけではないのに申し訳なさそうに頭を下げた赤いマフラーをした少女があの担任の娘だと知ったのは、それからもう少し時間が経過した後のこと。
彼女も、少年の正体を知っているのだろうか。もしかしたら、父親から彼の面倒を任されているのかもしれない。そんなことを頭のどこかで考えた。


その後。
赤いマフラーの少女は自殺を謀り、真っ黒な学生服を脱ぎ捨てた彼もまたぱったりと姿を消した。
そして、特別学級の二人は――…。


エネが嫌味でもなんでもなく"ご主人"と呼ぶその少年は、時折奇妙な行動をとる。
いや、挙動不審でおどおどとした常からのその姿も、十分奇妙ではあるのだが。
夜、寝ていたはずの少年はのそりと身を起こすと、その足で真っ直ぐにパソコンの前にやってきて腰を下ろす。
そして、どこからか引っ張り出してきた謎のプログラムを開き、ただ無表情にキーボードを操作する。
"その人"の雰囲気はエネの知っているいつもの彼ではないようで。その人がパソコンを操作している間、エネは息を殺すようにして身を潜めている。
それを知っているのか、どうでもいいと思っているのか。その人はただひたすらにキーボードに指を滑らせ、ある程度の作業を終えるとプログラムを閉じて、またそれまでのように布団に潜り込む。
するとすぐに規則正しい寝息が聞こえてきて、エネはらしくもなく詰めていた息を吐き出した。
その人がいったい何をやっているのか。普段電子内でやりたい放題しているエネですら、それを知ることは敵わなかった。
その人が使っていたプログラムは電子内の奥深いところに隠すように存在していて、場所はわかってはいても、エネでさえ解けないような複雑且つ特殊な仕掛けが施されていて、中をみることは不可能だった。
何だか嫌な感じのする黒いキューブのようなそれを、エネが知っている方の彼が開くことは一度もなく、以前彼に聞いてみたところ、そのプログラムを弄っていた時の記憶はないようだった。



「ねぇ、相手してってばー」
「煩い。今、お前の相手をする気分じゃねー」
「相変わらずつれないなぁ」

胡散臭さの漂う笑顔で少年に近付くのは、自分の方が年下であるはずなのに敬語なんて知らないとでもいうように馴れ馴れしく、そして距離感も異様に近い男。
最初から、彼はまるで少年との距離の取り方がわかってでもいるかのように上手く振る舞っていて、たまに踏み込み過ぎてウザがられているが、それは恐らくわざとだろう。
どこかで聞いたことのあるような声に既視感を覚えながら、エネは二人のやり取りを傍観していた。
勿論、いざとなれば自分もご主人である少年をいじる側として参加するためである。

ヒキニートである彼は、悲しいかな、何故か男からモテるようだった。引きこもっているとその内きのこが生えるなどとはよく言ったものだが、代わりに男を惹きつけるフェロモン的な何かが備わってでもしまったのか。
これでは女性陣の立場がないのでは、などとはそれこそ余計なお世話で、彼女達もなんだかんだと男連中に迫られる少年を見て楽しそうにしているのでいいのだと思う。
そんな彼が誰を見ているのか、常に行動を共にしているエネにはわかっていたのだけれど。


黒いパーカーに身を包んだ二人の少年と、白であったはずの姿を黒く変えた長身の少年の姿が、ザーザーと霞む視界に揺らめく。
ご主人と呼んでいたその人と、ぽけーっとした印象だった彼は、まるで中身が違うのではないかと感じるほどに、エネの知っている二人とは異なっていた。
けれど、もう一人の飄々と掴みどころのない笑みを浮かべる少年は、普段の彼と何の変わりようもなく、それ故に、彼が一番恐ろしいと感じたのが、最期だった。

無表情を決め込む少年の両脇に二人の男が立つ。

普段より嗜虐的に思える笑みを浮かべ愉しくて堪らないというように声を上げる。

金色に輝く瞳を細め愉快気に開かれた口からは蛇のように赤い舌がちろりと覗いた。


日常というものが果たしてどんなものなのかは今となってはわからないけれど、ただ一つ。
そこに彼らの姿がないことだけは確かだった――…。






continue?

NO  NO







* * *

すみませんでした。
皆様の有り余る想像力で補ってくださいお願いします。

最後に、実はこのページ内に一部の方には至極簡単な隠しページがあります。よければ探してみてください。




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