※ツイッターの診断結果による進撃であって進撃でない話です。



それはある日、突然に起こった。
エレンの左頬に浮かんだ鱗のような痣。
視覚と触覚以外での違和感はなく、痛みも特に感じない。
何故か本人よりも狼狽えた周りの人間に連行されるように医師に掛かったが、原因も病名も何もかもが不明だということで、結果的に現状は変わらなかった。
場所が頬ということで悪目立ちはしてしまうが、何もわからないのでは治療のしようもなく、暫く様子をみることになった。

何分痛みがないため、日常生活の中でこれといって特に意識することもないのだが、報告に行った際、それを見て一瞬動きを止めたリヴァイにいきなり顎を掴まれ、無言で睨み付けられた時ばかりは正直生きた心地がしなかった。
あの時のリヴァイは怖かったと数日前の記憶を思い起こしていると、目の前に件の人物の姿を発見する。
慌てて思考を打ち消し、普段通りその人物に駆け寄りながら名を呼ぼうと口を開いたエレンは、頭からフッとそれが消えていくのを感じて動きを止めた。


不自然に立ち止ったエレンの、その様子がおかしいことに目敏く気付いたリヴァイは自ら近寄り、どうかしたかと尋ねた。
エレンは何か物言いたげに眉を寄せたが、口を開いては閉じを繰り返し、何をどう言っていいものか迷っているようだった。
強く促すことはせずジッと返答を待っていたリヴァイに、エレンは不明瞭な声音で何でもないと答えた。
明らかに動揺を示すエレンの様子に、力づくでも聞き出すべきかと考えたリヴァイは、しかし結局は追及することなく背を向けた。
ホッとしたような溜め息が背後から漏れたことに気付きながら。


翌日、どういうわけか右目に眼帯を装着したリヴァイの姿に、周りの誰もが目を疑った。
エレンも例外ではなく、理由を問いたかったが、どうしても自分から近寄ることは出来なかった。
他の人間が尋ねているのにそっと聞き耳をたて、どうやら"麦粒腫"らしいことを知る。
それはそれで大変だが、大きな怪我じゃなくてよかったと人知れず安堵の息を吐き出したエレンは、ふいに感じた視線にそちらを振り返る。
瞬間、そうしたことを後悔するほどに強い眼差しでこちらを睨み付けるリヴァイと目が合ってしまう。
その瞳は例え一つだけになっても変わらず鋭さを放っていて、エレンは咄嗟に顔を背ける。
反射的にとったその行動により余計居た堪れなくなってしまったエレンは、逃げるようにその場を後にした。


いつもならば自分を見ると嬉しそうに寄ってきていたエレンのその態度に、リヴァイは僅かに目を瞠る。
エレンに尋ねたいことがあったのだが、なんともいえない感情が湧き起こり、どうもそうする気が失せてしまった。何も今日でなくとも構わないだろうと自分を納得させ、その時は追うことをしなかったが、エレンはその後もリヴァイを避け続け、余りにも露骨なそれに、いい加減限界が迫っていた。

数日後、いい年をして本気の追いかけっこをした結果、リヴァイはエレンを捕捉することに成功する。
壁際に追い詰め腕の中に閉じ込めるようにして捕えたエレンは、先ほどから一向にリヴァイと目を合わせようとしない。
往生際の悪さに、ブチッと何かが切れる音が聞こえて、リヴァイはエレンの顔を乱暴に両手で挟み込むと、無理矢理に自分の方を向かせた。
やっと目を合わせたエレンの瞳が、本来あるはずのものがなく、あるはずのないものがあるリヴァイのそれを目にした途端、まざまざと驚きに彩られていく。

リヴァイの右目には、花開き始めの青い花が息づいていた。
"麦粒腫"なんていうのは周りの要らぬ詮索を避けるための嘘っぱちだ。
なにより、こんな姿を衆目に晒すなど矜持が許さない。

突如生じた青い花は、多少の違和感はあるが痛みはなく、取り除こうと試みたもののリヴァイの力をもってしてもそれは不可能だった。
一応秘密裏に医師にも掛かったが、予想通り原因も病名も不明だと診断された。
そして、症状は違えど同じような時期に発症したエレンに、何か変化はあったかと参考ばかりに尋ねようと思っていたのだ。
それだというのに、エレンには悉く避けられるは、なにを与えたわけでもないのに花は勝手に開き始めるはで、リヴァイの怒りはとうに沸点を通過していた。

話をスムーズに進めるために確保直後に外していた眼帯のあった先、最初よりもその存在を主張している青い花を凝視したまま固まってしまったエレンに声をかける。

「おい、どうして逃げた。何故、俺を避けた」
「すみません、でした…」

改めて腕の中に捕えた自分より高い位置にある瞳を睨み据えると、エレンは青い花を見つめたまま呆けたように溢した。
別に謝罪が欲しかったわけではない。理由を聞いているのだ。
これでは話にならないと煩わしげに舌打ちし、邪魔なものを排除するために再び眼帯を装着しようとしたリヴァイの手を、エレンが止める。

「それ、どうされたんですか…?」
「…さあな」

それまで自分を避けていたとは思えないほど真っ直ぐな瞳が、困惑の色に揺れながらもリヴァイを捉える。

「こいつのことで、お前に話を聞こうと思っていたんだ。なのに…っと、それはまあいい。お前、その後何か変化はあったか?」

避けられたこと自体よりもそれが聞けなかったことが問題なのだとでもいうように少しキツめの口調で問えば、エレンの瞳が怯えたように揺れる。
何かあったのだと雄弁に語る瞳は、嘘のつけないエレンらしい。
言うことを躊躇うような素振りを見せるエレンに、わざとらしい溜め息を吐き出したリヴァイは、促すようにこれは命令だと告げる。
数秒後、エレンは諦めたように口を開いた。

「言葉を、忘れてしまうんです」
「あぁ?」
「始めは全然気付かなかったんです。けど、それがちょっとずつ増えてきて、気付いたんです。日に日に忘れる量が増えていって、それで…」
「おい、どういうことだ」

顔を覆い隠そうとするエレンの腕を掴み瞳を覗き込む。
ゆらゆらと揺れる瞳からは、今にも涙が溢れ出てしまいそうだ。

「俺は、あなたを、あなたの名前を忘れてしまったんです。あなたを呼ぶ言葉が、今の俺の中にはない…あなたに伝えたい言葉が、出てこないんです」
「な、に…」

リヴァイの服を強く握り締めたエレンの瞳からは、とうとうボロボロと大きな滴が溢れ出した。
その表情は、絶望に塗りつぶされているようだった。
リヴァイは正確に言葉の意味を汲み取り、目を見開いて自分に縋るエレンを見やる。

エレンがリヴァイを避けていたのは、近寄ろうとしなかったのは、その名を呼ぶことが出来なかったから。

では、自分もエレンの名を忘れてしまう可能性があるということだろうか。
その症状に類似性をもって考えるのは間違っているかもしれないが、可能性はゼロではないはずだ。
リヴァイは衝撃の中、不安そうなエレンの、その心の奥に隠されたそれに気が付いた。
怯えと不安に揺れるその姿は年相応に幼く見えて、エレンがまだほんの子供だということを改めて思い出す。

「エレン」

リヴァイがその名を口にすると、弾かれたようにエレンが伏せていた顔を上げる。
涙に濡れた瞳がリヴァイを捉えたかと思うと、エレンは口をぱくぱくと動かして、苦しげに眉を寄せた。
あぁ、本当に忘れてしまったのだと、痛ましくもあるその姿に心臓がギュッと締め付けられるようだった。

「エレン」

お前の代わりに、俺がお前を呼んでやる。
そう意思を込めてエレンの名を繰り返す。


エレンは堪らないというように背を丸めて自分よりも小さな、けれどずっと頼りがいのある体に抱き着いた。



頬の鱗のような痣は進行とともに言葉を忘れさせる。
では、青い花は…確かに何かから栄養を得て徐々に花開きつつあるそれは、いったい何を糧にしているというのだろうか――…。


深夜、ふいに目を覚ましたリヴァイは、ベッド脇に存在するそれに気が付いた。
ぼんやりと闇の中浮かんだのは、エレンの姿形をした"何か"だった。
それが本人でないと思ったのは直感だ。そして、こんな時間にエレンがこの場にいるはずはなく、笑みを浮かべたその口から、確かにリヴァイの名を吐き出したことで確信する。
よほど寝惚けているのだろうとゆっくり瞬きすれば、それは跡形もなく姿を消した。
一応翌朝本人にも確認してみたが、やはり返ってきたのは否定の言葉だった。

一度きりだろうと思っていたそれは、しかしその後も幾度とリヴァイの前に姿を現した。
その度に、そいつはもう本人から呼ばれることはなくなったリヴァイの名を呼ぶのだ。
まるで本人の代わりであるかのように。
しかもその響きはどうにも愛しい者を呼ぶように温かく、リヴァイを慕う気持ちが透けてみえるような、そんな呼び方だった。
そして、次第に昼夜問わず見るようになったそれに、それが幻覚というものであると早々に気が付いた。
ならば、これはリヴァイの中にあるものなのかもしれないと、その声で名を呼ばれる度に自己嫌悪とともに吐き気がした。


青い花の症状は、幻覚。
本人の望むもの、望まざるもの、ありとあらゆる幻覚を呼び起こす。
成長するにつれ症状はより強力なものとなり、宿主の心を蝕みながら美しく咲き誇る。

リヴァイの右目に息づく鮮やかな青は順調に成長を遂げ、今や五分咲きといった状態だ。
それでも、花のことも症状のことも、周りには決して悟られまいとリヴァイはあくまで平常を装い続けた。
一方、エレンの頬の痣は徐々に降下していて、首から胸へと広がっていた。幾つもの言葉を失ってしまって尚も明るく振る舞おうとするその姿は、なんとも痛ましい。

症状に対する治療法は依然として謎のままで、その目途すら立たないという芳しくない状況だ。それでも決して諦めたわけではないが、先に対する恐怖は拭えるものではなく、不安は日増しにその存在を大きくしていった。

そんな二人の仮面が外れるのは、誰にも見咎められることのない空間に二人きりになった時だけだった。

リヴァイの部屋でベッドに隣り合って座る二人の間には、長い沈黙が居座っている。

ふいに、俯く自分の頬の痣に触れるように伸びてきたリヴァイの手に、びくりと無意識に肩が揺れ、思わず身を引きそうになったのを寸でのところで押しとどめる。
その反応に一瞬躊躇う素振りをみせつつも、そっと頬に触れたリヴァイの手に、重ねるように自分の手を添える。

エレンを見上げるリヴァイの、今は片方しか窺えない瞳が、なんともいえない色に揺れている。
何かを耐えているような苦しげな表情。
恐らくは、自分も同じ顔をしているのだろうとエレンは思った。

「お前は、確かにここにいるな」

その言葉は、エレンの胸の深いところに鋭く突き刺さった。

「はい」

重ねた手に力を込めて、ギュッと握り締める。
確かに自分はここにいると、そう思いを込めて。
リヴァイの名を呼べない、求められている言葉も返せない、今の自分に出来ることなどほんの僅かしかない。
決して弱みを見せないリヴァイがこんな顔をする理由を取り除く術を、自分は持ち合わせていないのだと思うと、歯痒くてどうしようもなく胸が苦しくなった。


幾度となく見る幻は、その度にリヴァイの名を呼んだ。
自分を呼ぶエレンの声。現実では聞くことのなくなったその声が、耳の奥に木霊する。
時々わからなくなることがある。
確かにエレンはここにいるのに。
これが現実なのか幻覚なのか、その境界が曖昧になる。


『好きです』『愛しています』

…『兵長』

……『リヴァイさん』

何を忘れてしまったのかもわからなくて、でも時々こんな風に言いたい言葉がどうしても出てこない時、まざまざと思い知らされる。
自分はその言葉を忘れてしまったのだと。

思考は真っ白に塗りつぶされて、こんな時に"あなた"に伝えるべき言葉が出てこない。
もどかしくて情けなくて、そんな自分が嫌で嫌でどうしようもなくて奥歯を噛み締める。

「エレン」

忘れてしまった言葉は、例え耳にしても一瞬で消えてしまう。

(あなたの名を呼べない俺は、けれどあなたに名を呼んでもらえないと、自分の存在を見失ってしまうんです)

なんて、自分勝手も甚だしい。
どうしてこんな風になってしまったのだろう。
どうして自分だけでなくこの人まで…そう、思わずにはいられなかった。

この世界は、美しくも残酷だ。

涙に揺らぎそうになっていると、突然ぐっと頭を引き寄せられ、伝えたい言葉も吐き出せない役立たずな唇に、噛みつくような熱が重なった。

言葉にせずとも伝わるものがある。そう、言っているようだと思った。
触れ合う箇所から流れ込むのは温かさだけではなくて、きっと二人して同じことを考えながら、互いに互いの温もりを求め合った。

何のためにこの口はあるのかと、そう問えば、きっとこうしてキスするためだなんて言葉が返ってくるのだろう…なんて、そんなことを考えてしまう自分はとっくにどうかしているのかもしれない…。


いつか全ての言葉を忘れてしまっても、
いつか幻と現実の区別が完全につかなくなってしまっても、

この温もりだけが、俺とあなた(お前)の確かなもの。




******

初進撃ということで、色々おかしな部分があるのは見逃してください…。
ツイッターの診断でとても素敵な結果が出たので、ついつい書いてしまいました。
診断URLはコチラ

エレン:顔に鱗のような痣ができる。進行するとひとつひとつ言葉を忘れていく。

リヴァイ:右目から真っ青な花が咲く。進行すると幻覚が見え始める。

もしエレンが言葉を忘れる基準が、自分にとっての大切な言葉だったとしたら、真っ先に兵長のことを忘れてしまうのではないかと思いました。
名前も呼べず、想いを伝えられないことに苦しみ、こんな自分なんていつ見放されてもおかしくはないと恐怖に駆られるエレン。
発症してから次第に笑顔の消えたエレンの姿に心を痛めつつ、その姿を幻覚で見る兵長。
本物のエレンならばしないような表情で辛辣な言葉を述べる幻覚、笑顔で自分の名を呼ぶ幻覚。だんだんと何が幻覚で何が現実なのかわからなくなっていく兵長とか。
救いがない話が大好きです。
治療法も一応診断結果にありましたが、完全無視ですすみません。





[*前] | [次#]






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -