放課後、担任に用事を頼まれた帝人は、いつもより深い夕焼け色に染まった人通りのない廊下を物珍しそうに歩いていた。いつもは人が溢れている廊下が、閑散としているのが不思議で少し愉快だった。

キョロキョロと辺りを見回していると、廊下の隅の方に飴が落ちているのを発見した。特に食べたいわけではなかったが、放っておくのも勿体ない気がして拾ったそれを無造作にポケットに放り込む。

ふいに後ろから聞こえてきた足音に無意識にそちらを振り返る。すると、見慣れた人物がこちらに歩いてくるのが見えた。帝人は振り返ったことを後悔しながらすかさず進行方向に向き直り歩き出そうとしたが、名前を呼ばれたことで律儀にも動きを止める。

「……何ですか」

嫌な人に会った、そう思っていることを隠そうともせずもう一度振り返る。相手はさも傷ついたというように大袈裟に振る舞った。

「何じゃないよ!ひどくない?今絶対俺だってわかってて無視しようとしたよね?」
「……遠かったので気付きませんでした」
「嘘だね」
「………」

改めて見たその姿に、帝人はハァーッと面倒臭さを全面に押し出したため息を吐く。

「…どうでもいいですけど、一つ聞いていいですか?」
「何々?一つと言わず何でも聞いて!」
「……どうしてうちの制服を着てるんですか?」

心底嫌なものを見る目で臨也の格好を上から下まで見る。似合っているかいないかと言われれば、全く似合っていない。これは帝人目線の意見であって、知らない人が見たらきっと違和感など感じないだろう。

「だって今日はハロウィンじゃない」
「は?」

意味がわからず素で聞き返してしまう。自信満々に答える姿に苛立ちを覚えないわけがない。

「だから、ハロウィンだから仮装したんだ。ついでだから学校に潜入しちゃった☆」
「"しちゃった☆"じゃないでしょう!それにそれは仮装じゃなくてコスプレっていうんですよ」
「というわけで、トリックオアトリート☆」
「何が"というわけで"なのか分かりませんが、急に言われてもお菓子なんて持ってるわけないでしょう」
「だよね!」
「……は?」

臨也は狙い澄ましたように嬉々として帝人に近付く。
帝人は、そんな臨也の態度に苛立ちを募らせる。

「イタズラしちゃうぞっ☆」
「………やめて下さい」

飛び付いてきた臨也を咄嗟にかわす。
これはまだ相手が本気じゃないから避けられるのであって、本気を出された時には抵抗なんて意味をなさない、お仕舞いだ。

「お菓子持ってないんだからおとなしくイタズラされなよっ」
「嫌です!だいたい、その年になってまで何子供っぽいことしてるんですか」
「えー、俺はまだピチピチだよー」
「…そうでしたね。臨也さんは精神年齢10歳以下ですもんね。あと、その喋り方イライラするんで止めて下さい」

臨也にはいくらキツく言っても効かないことくらいわかっているが、言わずにはいられない。まったくもって中身の残念な人だと改めて認識する。

「ムリムリ、これが俺だもん♪それよりほら、はやくお菓子ちょーだいっ」
「だから……」
「次は逃がさないよ?」

両腕を広げた臨也に、これは本気でヤバいと悟った帝人は、何かないかとポケットを漁る。
そこには、武器でもある携帯(この人には効かないが)と……丸い固い感触。
瞬間、先ほど廊下で飴を拾ったことを思い出す。ハロウィンだから配り歩いていた人が落としたのかもしれない、とどうでもいい分析をして臨也に視線を戻してにこりと笑う。
臨也は向けられた笑顔の意味がわからず不可解そうな顔をした。

「どうぞ」

そう言って一粒の飴を差し出す。受け取った臨也はきょとんと目を丸くした。

「これでもう用はないですよね?僕は帰りま…」
「帝人くん!」
「え」

背を向けてさっさと去ってしまおうとしたが、背後でガサガサッと紙の音がしたと思うと、腕を強くひかれ臨也の方に向き直らされた。その瞬間、自分の唇に温もりが触れる。更に驚きに開いてしまった口に舌が侵入してきて焦る。

「ん…いざ…さっ……」

段々呼吸が苦しくなってきて、臨也の胸をバシバシ叩くと、漸く解放される。

「何、考え…て…ですかっ」

まだ呼吸も整わない内から発した言葉は切れ切れで情けないものになってしまった。

「何って……お礼?」
「おれ、い……?」
「そう、飴をくれたお礼。この俺を飴一つで帰らせようとしてくれたお礼」
「それ…は…」

明らかに最後の言葉には嫌味が混じっている。キスがお礼なんてこの人の考えもおかしい。何故お菓子をあげたのにこんなことをされなくてはいけないのか…。
帝人の頭の中は不満だらけだ。

「苺味だったんだね、これ。どうだった?苺味のキスは」
「っ!!」

そう、臨也は帝人が渡した飴を即座に口に放り込みそのまま帝人にキスしたのだ。その間ずっと帝人を翻弄していた、今もまだ口の中に残る苺の味。
帝人は真っ赤な顔で口を押さえて一歩後退った。

「…臨也さんなんて、もう知りませんからっ!!」

今度こそ全力で逃走をはかった帝人を、臨也は止めも追いもしなかった。

「あーぁ、行っちゃった。でもこれ以上何かして嫌われちゃったら嫌だし」

「あ、せっかく来良の制服着てるんだからこのまま制服デートすれば良かった」

「……門で待ってればいっか」

あまりの矛盾に、最初の言葉は何だったのかと突っ込みたい所ではあるが、今それを出来る人間は幸か不幸か…その場には存在しなかった。




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