*教師小十郎×学生幸村





とある曜日のとある時間。廊下を歩いていると、その曲がり角の向こうから聞こえてくる足音がある。

それが聞こえてくると、俺は曲がり角の手前で足を止める。
まるで足音の主を待つように。

「ぬおぁっ!?」

すると、間もなくそいつが胸に飛び込んでくる。
その衝撃で、頭に巻かれた赤い鉢巻が華麗に宙を舞う。

「おっと」
「ももも申し訳ござらん!!」

ぶつかってきた相手は、勢いがよかったために強かに打った鼻を押さえ慌てて顔を上げた。
大きな栗色の瞳が、近距離から俺を見上げる。

「真田、廊下を走るなとあれほど言っただろうが」
「申し訳ありませぬっ次からは気を付けます故!」

真田は途端に顔を真っ赤にして、凭れ掛かっていた俺から素早く離れてしまう。
毎回こうなのだが、俺はその林檎のように赤くなった顔が可愛いなどと密かに思っていた。

「その言葉、何度も聞いた気がするがな」

心の内は隠して呆れ気味に軽く溜め息を吐けば、真田は返す言葉もないと視線を床に落として口を噤む。
あからさまに項垂れるその様に少々胸は痛くなるが、教師として生徒に注意するのは当然だ。

「まぁ、次からは気ぃ付けろよ」
「はい」

落ち込んだ様子ですごすごとその場を去ろうとする真田に、少しキツく言い過ぎたかと思い立ち、結局は放っておけずにその腕を引いた。

「うぇ?」
「俺は別に、怒ってるわけじゃねぇぞ。ただ…心配なだけだ」
「心配…?」

真田の誤解を解くためとはいえ、何故か気恥ずかしくなって視線を逸らす。
ちらりとだけ窺い見た真田は、予想通りキョトンとした表情を浮かべていた。
勿論、こんなことで意味が伝わるとは思っていない。なにせ、相手があの真田なのだから尚更だ。
(俺以外の野郎にぶつからないか…なんて、言えねぇしな)
俺は言葉を探すようにきちんとセットされた頭をぽりぽりと掻いた。

「…俺じゃなかったら、怪我するかもしれねぇだろ」
「成る程!」

我ながら上出来じゃないか、と密かに自分を褒めてやる。
(まぁ、あながち嘘でもねぇしな)

「ご心配、感謝致します」

言葉をまんま信じたらしい真田は、礼を言うとともに頭を下げた。
その顔が、少し赤かった気がするのは俺の気のせいだろうか。

「あの、片倉先生」
「あぁ?」
「その、手を…」

真田が言い辛そうに俺を見上げてきて、何のことかと言われたまま視線を落とす。
そこで漸く、自分がまだ真田の腕を掴んだままだったことに気が付いた。

「お、すまねぇな」
「いえ、…では、某は此れにて」
「…おい、真田」

それきり顔を俯けたまま、去って行こうとする真田を再び呼び止める。
性懲りもなく駆け出そうとしていた真田は、その勢いのままに振り返った。

「今度、時間がある時にでも準備室に来い」

その言葉が予想外だったのだろう。真田は説教でもされると思ったのか、思い切り肩を跳ねさせた。
(やれやれ…ほんとにわかりやすい野郎だ)

「美味い茶と菓子を用意してやるよ」

と、真田は途端にパッと顔を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。
真田が甘味好きなのは周知の事実で、食い物で釣ろうとしている自分に多少あった呆れも、その笑顔で帳消しになる。

「では、近いうちにお邪魔いたします!」
「おう」

今度こそ、真田はこちらに背を向けて駆け出した。

「だから走るなって言ってんのに…」

さっきの今でまったく学習していない真田の背を見送りながらぼやきつつも、最後にきちんと笑顔がみれてよかったと、自分も密かに頬を緩めた。

* * * *

(片倉先生が、某を心配してくれた…)

顔に熱が集まるのを感じながら、にやけそうになる顔を隠すように下を向き、ひたすら走った。しかし、曲がり角が見えた時点でふと足が止まる。
(しまった…また廊下を走ってしまったでござる)
学習能力のない自分に呆れてしまっただろうかと背後を振り返るが、そこに片倉先生の姿はなかった。
いつの間にやらかなりの距離を来てしまったらしい。
(まったく気付かなかったでござる…)
それほどまでに自分は浮かれていたのかと思うと恥ずかしくなる。
(しかし…どうしたものか)
片倉先生の最後の言葉を思い出し、また顔が熱をもつ。
某にとって茶や菓子は確かに魅力的な上、片倉先生からの誘いとあらば無下に断るわけにもいかない。
胸に満ちるのは確かに喜びで、けれど同時に困惑でもある。
(今でもこれほど鼓動が早いというのに)
そっと服の上から激しく脈打つ心臓に手を当てる。
決して走ってきたせいではない鼓動が、手の平にじんわりと伝わった。
(それなのに、密室に二人きりになどなったら…)

(この心臓は、加速し過ぎて止まってしまうやもしれない)


* * * *

初めてぶつかったのは偶然で。
二度目にぶつかったのは予感だった。
三度目は確信に変わり。
では四度目以降は……勿論、必然。



(だがそれももう終わりだ)


−−−−−−−−−
そんなわけで勢いで書いてしまった小十幸。
お前らいつの時代の少女漫画だよ。
初々しい小十幸好きです。




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