ザーザーザー―――…
雨はあまり好きではない。
暗いしじめじめしているし、何よりグラウンドで部活動が出来ない。
前に雨の中でしようとしたところ、どこからかすっ飛んできた佐助に止められたので尚更だ。
昇降口に一人佇む幸村は、途方に暮れた様子で絶えず雨を降らせ続けている暗い空を見ていた。
今朝、用があるからと先に家を出た佐助が用意しておいてくれた傘を忘れてしまったのだ。
ちゃんと持って行くんだよ、としっかり釘までさされていたのに。
(どうして某はこうなのか…)
待っていたところで、雨はまだまだ止む気配はない。
いつまでもこうしていたところでどうにもなりはしないのだし、仕方なく走って帰るかと逡巡すること数分。
濡れて帰ったりしては後からかなり叱られそうだが致し方ないと決意を固める。
(いざ……!!)
「わーっ!?ちょ、待って旦那ーっ!」
「佐助!?」
濡れ鼠になる一歩手前、歩みを止めるには十分な必死な声に振り返ると、ひどく慌てた様子の佐助がこちらに向かって駆け寄ってきていた。
飛び出そうとしたところを見られてしまったと、幸村はバツの悪い表情を浮かべる。
チラッ
横目に佐助の様子を窺いみて、どうやら怒ってはいないようで一先ず胸を撫で下ろす。
「良かった。間に合って」
「何故、佐助がここにおるのだ?」
確か今日は放課後に委員会があると言っていたはずだ。
「いやー、もしかしたらと思ってさ。でも正解だったみたいだね」
何やら安堵しているらしい佐助に、何のことだろうかと首を傾げる。
(……おぉ、そうか!)
幸村は一つの可能性に辿り着く。
制服が濡れることを防げたからだろう、と。
(うんうん)
「旦那、今考えてることはたぶん間違ってるから」
「!佐助は某の心が読めるのか!?」
「そういうわけじゃないけど…」
もろに顔に出てるし、と内心苦笑して佐助は片目を眇める。
ただの当てずっぽうということだろうかと訝りつつ、制服でないならいったい何なのかと再び思考を巡らせる。
「やっぱり、傘忘れたんでしょ」
「むっ!?やはり佐助はえすぱーなのか?」
「…違うってば。朝たまたま登校中の旦那を見かけたんだよ。その時、傘持ってなかったからそうだろうって…」
「佐助、覗きはよくないぞ」
純真なのかただの阿呆なのかと呆れながら説明する佐助に、いつどこで見られているともわからねば気が抜けないではないかと幸村は本筋とは別の部分に引っ掛かりを覚える。
だからたまたま見えたんだってば、とは面倒くさいのでこれ以上は言わず呑み込む佐助である。
「はいはい。どーもすみませんね」
殊勝にも詫びる佐助に、幸村はわかればいいのだとふんぞり返る。
「で、何をしに参ったのだ?」
「旦那と一緒に帰ろうと思って」
「…委員会ではなかったのか?」
まさかサボったのでは…と疑念を抱いたところへ、「そんなことしたら旦那の拳が飛ぶでしょーが」とすかさず言った佐助に、やはり心が読めるのではないかと更に疑念の色が濃くなる。
「委員長が急に体調崩しちゃって、延期になったんだ」
「そうだったのか。しかし委員長殿、体調不良とはお気の毒に…」
やはりこのじめじめとした気候が問題なのではないかと空に視線を投げる幸村を横目に、自分が一服盛ったなんて絶対秘密だけど、と佐助は笑みの裏でとんでもなく黒いことを考える。
「じゃあ、帰ろっか」
傘を差し、一歩前に出た佐助が手招きするのに従って、隣に並ぶ。
そのまま校門を出た辺りで、幸村はふと気が付いた。
(これは、もしや…相合傘というやつなのでは!?)
ピタリ
「ちょ、いきなり止まらないでよ」
「は、破廉恥でござるあぁぁぁ」
「はい?」
相合傘とは本来、恋人同士がするものではないのかと考える幸村は、途端に自分達のしていることが恥ずかしくなった。
(急に心臓が煩いでござる!!)
「どうしたのさ、旦那」
突然慌て始めた幸村を訝り、どうしたのかと顔を覗き込んでくる佐助に、それ以上顔を近付けるなと余計に狼狽える。
「あ、相合傘など…」
顔を薄っすら赤く染める幸村に、今頃気付いたのかとしれっと思う確信犯の佐助は、こちらも用意していた台詞を口にする。
「旦那、相合傘なんて今時友達同士でもなんでも、仲良けりゃするって」
「そ、うなのか?」
「そうそう。常識だよ」
「…そうか」
(これは遠回しに某に常識がないと言っておるのか?)
「家までまだ道のりは長いんだから、これ以上降ってくる前に急ごう」
疑問を浮かべる幸村の思考を遮るように急かされ、完全に納得はしないままに歩みを再開する。
佐助の少し後ろを、先ほどよりも間をとって。
しかし、すぐに「濡れるよ」と肩を引き寄せられ、逆に距離が縮まってしまう。
バクバク
(わかってはいても、ドキドキしてしまうものは仕方なかろう!)
佐助が何やら話しているが、雨音が煩くてよく聞こえない。というのは言い訳だ。
同じ傘の中。特別な空間。
車も人も滅多に通らないこの道で、聞こえるのは雨音のみ。
その雨音に遮断された空間が、まるで世界に二人しかいなくなったように錯覚させる。
それが何故か心地良いから、ずっと続けばいいのにと、幸村は不覚にも思ってしまった。
雨さえ止まなければずっとこうしていられるし、この煩い心臓の音も聞かれずに済むから。
暫し、降り続く雨に思いを馳せようぞ。
I don't like rain!!
(しかし、たまにならよいぞ!)
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