※破壊表現有。



時間の感覚がわからない。そんなものを気にする余裕を、今の獅子王は持ち合わせてはいなかった。
光の届かない部屋の隅。丸く丸く体を縮こめる。
きっと外はいい天気だ。それなのに、この部屋だけが今にも雨が降り出しそうな暗さで、陰鬱とした空気が満ちている。
いつもはきっちり纏めている髪は無造作で、こんな姿を彼に見られればきっと怒られてしまう。
けれど、彼はもういないのだ。どこにも、いない。
それを聞かされたのは、獅子王が遠征から帰還してすぐのことだった。その間にあった出陣の際に、彼の刀が、燭台切光忠が折れてしまったのだと。いつもは笑顔で迎えてくれる彼の姿がなく、周りの空気も暗いことから、嫌な予感はしていた。
涙は出なかった。心のどこかがすぅっと寒くなったような気はしたけれど、自分たちは所詮ものなのだから。いつかはそういうこともあるだろうと覚悟もあった。
いつもと変わらない日々。ただそこに一振りの刀が欠けただけの日常。
強がりがなかったとは言わない。それでもこのまま普通にやっていけると思っていた――あることに気が付くまでは。
部屋の隅で膝に顔を埋め、両手で耳を塞ぐ獅子王のそばには、黙して寄り添う黒い塊だけ。
他のものとの接触を拒んで部屋に引き籠もってからどれだけが経ったかはわからない。
ぎゅっと瞑った瞼の裏に、端正な顔を思い浮かべることはできるのに。自身を呼ぶその声が、何度も愛を囁いてくれたその響きが、徐々に不明瞭になりつつある。
少し前までははっきりと思い出せたのに。まるで耳から零れてしまうように、ぽろぽろと、薄れてゆく。
光忠のすべてを覚えている。だから平気だと、安易ではあるけれど自身の中に彼はまだいるのだと思えた。
それなのに、反芻していた声が失われてしまう。
その恐怖に、獅子王はやっと光忠はもうどこにもいないのだと実感した。
心のたがが外れてしまったように涙が止まらなかった。こんな姿を誰にみせることもできない。
今一度、燭台切光忠がこの本丸に顕現したとしても、それはもう別の刀。
顔も声も同じだろうと、自身を愛してくれた彼ではない。自身にだけ向けられるあの表情をみることも、自身を甘やかすあの声を聞くことも、叶わない。
ならばこれ以上忘れてしまわないように。壊れた音楽機器のように彼の声を頭の中で繰り返して、それ以外が入ってこないように、これ以上彼の声が零れてしまわないように耳を塞ぐ。
残された獅子王にできることは、それだけしかなかった――…。




人は声から忘れてしまうという旨のツイートより妄想。




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