視界をちらちら掠める白は、獅子王がまっさらな白地を侵した時から止むことはなく、底を知らぬというように地面を埋めていく。
本来なら庭が広がっている辺り一面をすでに彩りつくし、それでも気がすまないとばかりに厚みを増していく白が、獅子王の体にもその彩りを添えていた。
自身の内側から吐き出されるものも外気に触れた途端白く染まり、あっという間に空気に溶ける。大きく息を吸い込めば、瞬く間に体の内側までも凍ってしまいそうだ。
もう、どれだけこうしていただろう。
ろくに身動きもしていない体はすでに凍ってしまっているようで、己のものだという実感が極めて薄い。
最初にあった違和感も痛みも消え、感覚すべてが凍りついてしまったようだ。
キンと冷え固まったこの身は、今は生身の人であるはずなのに、冴えた刃にも等しいと思った。
――ならば、今のこの身の切れ味は如何様だろう。
「獅子王くん!? そんなところで何やってるんだ!」
とうとう幻聴まで聞こえ始めた。そう思った次の瞬間、感覚を失くした肩を力強く引かれて白だけだった世界に別の色が飛び込んできた。
声は遠くから聞こえてきたと思ったが、なぜそんなことが起こったのか。
自身を見つけた先から、それほど慌てて駆けてきたのだろうか。
いや、きっと音を吸う白のせいか、聴覚すらも麻痺してしまっているのだ。
「獅子王くん?」
男らしい眉が心配そうに顰められている。
どこか色気を感じさせるその表情に、胸が微かな音を立てた。
――いっそ、この身が本当に刀なら。
「ぅわっ!?」
間近な燭台切の胸を貫く勢いで身を投じる。
けれどいくら冷え固まってはいても、所詮は人の身。急な動きについてこられなかった肌が引き攣れただけで、逞しい胸に抱き留められて終わり。
残念な気持ちになってしまっている自身はどこかがおかしい。
なんて、そんなのわかりきっていたことだ。抱いてはいけない、本来なら抱くはずのない想いをもってしまった自身が、おかしくないはずがない。
頭を冷やしていたはずなのに、冷えたのは体だけのような気がしていた。
けれど、そうではなかったのかもしれない。
先ほどまで室内にいたのだろう温かい体に包まれて、心はまた音を鳴らすが、それらは等しく高鳴りなどではなく、きっと凍った心にヒビが入った音だったのだ。
ならば、このあとはただそこから広がりヒビ入るままに砕けるのみだ。どうしようもないこの想いとともに砕けて散って、内側からこの身を切り裂いてくれればいい。
「こんなに冷えて…いったいどうしたっていうんだい?」
焦りの色が薄れた、幾分気遣わしげな声。
その問いに返せるものはない。すべてこの白に吸い込まれてしまったから。
だから、唇も喉も凍ってしまったのだと心の中で言い訳をする。声を発さない自身を、燭台切は不審に思っているはずなのに。それでもこの身を温めようとでもするかのように背に回された腕はただ優しい。
冷え切ったこの身には痛いくらいに。焼けるように熱い。
どうか、せっかく凍ったこの心を溶かさないでくれないか。
最初は冷たさに驚いたように跳ねてしばしばうるさく耳を叩いていた、自ずと胸に当てたそこから伝わる鼓動は徐々に落ち着きを取り戻し、今や穏やかに響いて。
どうすれば、彼の鼓動は早まるだろう。そんなことをまた考えてしまうから。
溶けた滴が頬から零れてしまうから。
このままそっと白の中に埋もれさせてくれないのなら。
もう少し、このままで。
自身の冷たさが彼の体を侵すのが先か。彼の温かさが自身を溶かすのが先か。
せめてその問いへの解が出るまでは、このままでいさせてほしい――。




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