輪廻転生の現代もの。







―――蒼い空の下、俺達は賭けをした。


『もし輪廻転生というものがあるのなら、また自分達がこうして巡り会うことができるかどうか』
柄でもない、縁起でもない、そんな賭けを。けれど、どうしようもないことに互いに同じ意見で賭けにはならなかったから。
気持ちは同じなのだと思うと嬉しくて、改めて問うまでもなく当然だと二人して笑った。
『もしそうなった場合、次の世で先に相手を見つけるのはどちらか』
代替え案としては妥当なところ。勿論、お互い自分に賭けたからこの賭けは成立。ついでに俺は、今度は俺の方が年上だといいな、なんて願望を上乗せした。
「拘るでござるな」と真田さんは笑っていたけれど。だってさ、悔しいじゃん。年上の余裕とか、そういうの。あんたを甘やかすことのできるそれが、羨ましくてもどかしい。
『賭けの勝者には敗者から接吻』
ほぼ独断で俺が決めた。「は、破廉恥!」って顔を真っ赤にしたいつも通りな真田さんに、なんだか安心したんだ。
こんな時だというのに、そんな風にいられる自分達が可笑しくて。




* * * *


「今年度の新入社員を紹介するぞ」

朝の活気に賑わっていた空気を震わせるように室内での最高権力者の声が響き渡り、新たな色が混じる。
気付けばあっという間に社会人。念願は、未だ果たされぬままだというのに。
慣れないスーツに身を包んだ俺は、少しばかりの緊張を孕んで同僚になるのであろう数人と共に足を踏み出した。
――平成の世は、信じられないほどに平和で、あの乱世が嘘のようだ。
けれど、あの時代が夢や幻なんかではないことは、歴史として遺されているものからして明らかだ。
俺はそうして全てを覚えていたけれど、普通の人間が前世の記憶なんてものを有していないことは、幼い頃に気付かされた。そのせいで色々と失敗してしまったこともあったくらい、根深く焼き付いて消えない。
こんな、血塗られたものはない方がよかったと、幼心に何度思ったか知れない。

それに――
「ち、遅刻して申し訳ないでござる!」

ふわりと鼻孔を擽った懐かしい香り。眼前に揺れた栗色の尻尾。
俺はあまりの衝撃に時が止まったような錯覚に囚われ、吸い寄せられるように目の前の光景に魅入っていた。
次の瞬間、何かに反応するようにこちらを向いた栗色の瞳がみるみる驚きに彩られて、相変わらず大きなそれが真ん丸に瞠られる。

「左近、どの…」

恐る恐る、確かめるようにその口が紡いだ己の名に、思わず体が震える。

『それに――もし相手が自分を覚えていなかったらどうしようって、不安だったんだ』

自分の独り善がりだったらどうしよう。もしかしたらこのまま逢えずに一生を終えるんじゃないか。逢えたとして覚えているのが自分だけだったら…そんな不安に押し潰されそうな日もあって。
けれど、信じていた。そうしたかったから。そう、誓ったから。
――諦めなくてよかった。全ては絵空事だと投げ出さなくて、良かった。

「真田さん…っ」




空は戦知らずに澄み渡るような青だった。

あの後、時を越えた再会に堪える間もなく溢れ出した涙に押されるようにして、真田さんを抱きしめた。そこがどこであるかなど、すっかり頭から飛んでしまっていた。
すぐに背に腕が回って、その感触にまた懐かしさやらなんやらが込み上げて、俺達は抱きしめ合ったまま人目も憚らず泣きじゃくった。
漸く一息吐いた時には場は騒然としていて、とりあえず頭を冷やしてこいと二人して放り出されてしまった。
目撃者は多数。これで暫くは社内の話題の的になるであろうことは必至だ。
話題の提供料を、なんて言える立場でもなければ、そんな気分でもない。ただ、真田さんは俺のものだって牽制になったなら、それはそれでいいかな、なんて。

真田さんに連れられ屋上にやってきて外の空気を吸い込み、自然と隣り合う。
さっきから自分達の間に居座る沈黙は、年甲斐もなく泣いてしまったことへの照れと、未だ実感を噛み締めているからに他ならない。
ちらりと盗み見た真田さんの目元は、まだ薄っすらと赤い。たぶん、俺も。

「真田さん、今幾つ?」
「二十七にござる」
「うっそ…」
「…どうせ某は童顔にござる」

社会人としては先輩らしけれど、もしかしたら年は同じくらいかもしれないと、下手をすれば高校生に見えないでもない外見から淡い望みをもって尋ねたそれに、真田さんはふてくされたように言った。
これは俺のせいじゃなく、普段からそう言われ慣れているからの反応なのだろう。

「違うって、相変わらず可愛いなーって、そういうあれですって」
「……」

ちろりと抗議するような視線が向けられたものの、返ってくる言葉はなく。
変わらず頬を膨らませている真田さんの様子から、察しが付いてしまう。
それすらも言われ慣れている言葉なのだと。
そりゃ、これだけ可愛らしいんだから当然かもしれないけど。ただ、この反応からするに恐らく相手は特定の誰かで、真田さんに気があって、敢えてそういう物言いをする人…誰だ?
もとより前世でも同じことをしていた相手だろうと記憶を探るも、なにせ候補が多すぎる。
余計な記憶まで思い出してしまって、更には自分より先に真田さんに会っていた相手への妬みが沸々と湧き上がる。

「――どの…左近殿!」
「え…あ、なんすか?」
「…某の態度に気分を害されたのでは」
「いや、違います!ちょっと考え事を…すんません」

次第に険しい顔つきになっていたのだろう。案じるように上目にこちらをみる真田さんに、一旦思考を打ち切って笑顔で返す。
とりあえず、それは後で本人に確認すればいいことだと己に言い聞かせて。
それにしても、真田さんが二十七で俺が二十四。また俺の願いは叶えられなかったらしい。こうして巡り会えたのだから贅沢はいうなという天の声が聞こえてきそうだが、けちけちするなというこちらの言い分にも耳を傾けてほしいものだ。
いや、それよりも最優先事項があるではないかと、気を取り直して真田さんに向き合う。

「賭けのこと、覚えてます?」
「無論にござる。しかし、この場合はいったい…」
「俺が真田さんの会社を見つけたんだから、俺の勝ちっしょ」
「…まぁ、そういう見方もある…か」

――あれ、結構あっさり折れるもんだな。
勝負事だけにもう少し揉めるかと思っていたため、拍子抜けする。
この場合、最終的に引き分けになっても仕方ないとさえ考えていたのに。

「左近殿」
「はい…っ!」

いったいどういう腹積もりだろうかと頭を捻っていた俺のネクタイが、思わぬ力強さで引かれる。
次の瞬間、視界に広がった栗色と、唇に重なった温もりに目を見開く。
それはすぐに離れてしまって、呆気にとられた俺は、自分でやっておきながら真っ赤になってしまっている真田さんをみた。

「約束、だった故…」

そうして、ふわりと微笑んだ真田さんに、心臓がぎゅっと締め付けられるようで。堪らなくなった。

「真田さん、愛してる!」

思わず抱き着けば、さっきと同じように真田さんの腕が背に回る。
けど、さっきと違うのは、今は二人とも笑顔だってこと。涙腺が若干緩んでいるのは、ご愛嬌ってことで。

ぼそり、と消え入るような声で囁かれた愛の言葉は、俺だけのもの。

何百年経とうと衰えを知らないこの想いは、この先増していくばかりで。
声に出して伝えないと爆発してしまいそうだから、俺は何度だって囁く。

「愛してる」

ここからまた、二人で新しい物語を始めよう。

――隣に貴方がいることが当たり前な未来が、早く訪れますように。




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