今回の戦、武田軍の戦況は宜しくなかった。

(うちが押されるなんて……)

忍は武器を片手に大きな鳥に掴まり、敵を倒しながら空を翔る。
戦うことに必死でいつの間にか離れてしまった大切な人の元へと。

(旦那…)

気ばかりが急く佐助の元に、銃声が轟いた。
弾の一つは鳥の片羽を撃ち抜き、もう一つは佐助の頬を掠める。
安定性を欠いた鳥の体が傾ぎ、そのまま地上への距離が縮まっていく。

(やばい…)

このままではいけないと、なんとか飛び降りられそうな位置まで降下した時、佐助は躊躇なく鳥を解放した。重荷のなくなり軽くなった身で、黒い塊は再び宙へと舞い上がる。
一方、佐助が行き着いた先は当然ながら戦の真っ只中。
武器を構え身を捻りなんとか敵を薙ぎ払おうとするも、限界はある。
顔に、腕に、腹に、足に。
ぎりぎりで回避しようとしたものの、完全には避けきれない。どちらかを優先させれば、どちらかが犠牲になるのは必然で。足と腹の傷はそこそこ深いようで、多くの血が溢れ、止まることなく装束を染め上げる。
一番避けたかった頭への攻撃は位置をずらし瞼を掠めたようで、浅いながら驚くほどに血が流れだし、右目を濡らす。今や視界の半分が赤く染まっていた。

(しくじった……)

大切な人の元へと急ぐあまり、しかも押されていることへの動揺も相俟って、冷静さを欠いていた己を責める。
けれど、今はそんな時ではないと思い直し、しっかりと地面を踏みしめる。
自由の利き難くなった腕で武器を奮い、地を蹴る度痛みの走る足に、痛む身体に鞭打ちながら彼の人の元へと駆ける。


「うるあぁぁっ!!」

やがて、聞き馴染んだ威勢のいい声の届くところまで辿り着いた。
その頃には、既に自分の血と返り血が混じり合い全身がほぼ赤に染まっていた。

(あぁ、旦那だ)

血に染まっていない方の目が、戦場に凛と色付く赤を捉える。
いつもと変わらず槍を奮う勇ましいその姿に安堵の息が漏れた。

(よかった…無事みたいで)

そこまで心配しなくともよかったではないかと、そう思った矢先。傷を負った方の足から急に力が抜け、地面に音を立てて頽れる。

「え?」

突如視界から幸村の姿が消え失せ、疎らに赤く染まった地面に変わる。
周りには勿論敵がいるのだ。こんなところで悠長に寝ている場合ではない。
頭の中で警鐘音が鳴り響く中、どれだけ必死に身体を起こそうとしても、力が入らない。
少々血を流し過ぎてしまったらしい。

(まさか、このまま死んじゃうとか?)

ふと浮かんだ我ながら笑えない冗談に、相当滅入っているようだと実感させられた。

(あー…でも、どうせなら旦那を護って格好よく死にたかったな……)

「――っ」

半ば諦めに心が傾き、かなり弱気になっている佐助の元に声が届く。
この騒がしい戦場で、確かに佐助の元へと届く声。

「佐助ー!!」
「だん…な?」

倒れ伏す佐助の元に、目にも鮮やかな赤色が駆けてくる。

「大丈夫か!?」
「あははーちょっと失敗しちまった」
「何を笑っておるのだ!こんなに血塗れで…っ」

佐助の上体を抱き起した幸村が、ひどい剣幕でへらりと笑う佐助を咎めた。

(心配…かけちゃってるよねー)

「…旦那だってそうじゃない」
「これは…」
「わかってるって、俺様のこれだってほとんど返り血なんだから」
「――ならば何故倒れておったのだ」

味方が明らかに傷を負って倒れているのを、この人が心配しないわけがない。
せめて気持ちを軽くしようと言い訳を口にするけれど、いくら相手がこの人であってもそれくらいの嘘では見破られてしまう。

「ちょーっと疲れちゃって、そしたら石に躓いて転んじゃってさ。いやー、びっくりだわ。今ちょうど起き上がろうとしてたんだよ」
「……っ」

格好悪いとこ見られちまったなー、なんて。苦しいにもほどがある言い訳を笑顔で述べる佐助を、幸村は辛そうな顔でみていた。
佐助は内心苦笑を漏らす。

「ほら、そんな顔しないで」

幸村の頭を撫でてやろうと手を上げて、けれど真っ赤に染まっているそれをみて止めた。
とうに返り血だらけであるが、そこに更に汚れを上塗りすることは憚られた。

「真田幸村、覚悟!」

背後からなんとも無様な叫び声が上がる。
幸村が反応をみせるよりも先に、佐助の苦無が相手の喉元へと突き刺さった。
狙い通り命中してくれたことにより、まだ大丈夫だと己に言い聞かせることが出来た。

「いつまでもこんなことしてられないでしょ。油断なんて以ての外だって」
「あぁ、すまない」
「わかったら、さぁ、立った立った。また敵さんがくるよ」

支えられていた状態から立ち上がった佐助は、装束のまだ比較的きれいな部分で汚れを拭った手をまだ座り込んでいる幸村に差し出す。

(大丈夫。この身体はまだ動く)

血を大量に失い、立っているのもやっとだった身体。それはきっと、今も変わっていない。
けれど、不思議なことに先程よりも楽な気がしていた。感覚が麻痺したのかどうかさえ、どうでもよかった。

(これでまだ、旦那を護れる。旦那と共に戦える)

そんな佐助をみて、幸村は一瞬顔を歪めたが、差し出された手を取って立ち上がるといつもの笑顔で言った。

「行くぞ、佐助!一番駆けは渡さぬからな!!」
「はいはい。わぁかってるって」
「奮えよ、佐助!」
「はいよっ」

見破られている嘘。本当はぎりぎりの身体。

(それでも…旦那のためなら、俺は何度でも立ち上がれる。立ち上がってみせる)

(気付かないふりをしてくれた旦那。絶対に、俺が護るから)

(最期の時まで…貴方の傍に)

「人呼んで猿飛佐助、いざ忍び参る」

「真田源次郎幸村、いざ参る!!」




(だってこんなところで
終われないでしょう?)








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